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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第五話
122/411

戦いと異変

 ティアナの動きは先ほどと比較しても速く――ユティスにとって、知覚できる範囲ギリギリであった。

 いや、より正確に言えば以前のユティスならば間違いなく追えていなかった。だが、現在は何が関係しているのか認識できている――ユティスは心の中で違和感を覚えつつも、観戦し続ける。


 気付けばティアナは木剣をリザの肩口に向けて振り下ろしていた。リザはそれを何もせず受けた――もしかすると避けられなかったのかもしれない。

 速度や斬撃の鋭さを見れば、骨が砕けてもおかしくない。けれどリザは超然としたまま、拳をかざす。


「さすが」


 感嘆の声。伸ばされた拳に、ティアナは素早く引き戻した木剣でガードする。

 それはティアナにとって予想外の一撃だったらしい。踏ん張っていたはずの彼女の体は後退し、僅かながら距離を置く。


「今のはちょっと効いたわ」


 リザは左手で右肩を抑えつつ呟く。対するティアナは木剣を構え直した――が、その表情は恐ろしい程硬い。


「ちょっとばかり魔力を変えて打ち込んでみたんだけど、よくその木剣折れなかったわね。刀身に魔力を加えたのは幸運? それとも必然?」

「――今の魔力収束。それが、あなた本来の力ですか」


 ティアナは冷厳と語る。一方のリザは、やっとわかったかという表情。


「私がやっていることはとにかくシンプル……極限まで研ぎ澄まされた一撃を相手に叩き込むだけ。普段は全力を出すような必要もないのだけれど……あなたなら、話は別ね」


 ――そう述べた瞬間、ユティスはこの勝負がそれほど長くかからないことを悟る。


 リザは一撃必殺の攻撃手段を持っている。ティアナもそれを認識し、全力で向かわなければ危ないと認識した可能性が高い。

 もしリザが仕掛ければ、決めにかかるつもりだろう。なおかつティアナとしても、小手先の一撃は通用しないと確信したはず。ならば次に放つのは、全身全霊の一撃。


「確かにあなたは強いわ……技量的に言えば、そちらの方が上回っているかもしれない」


 リザは語る――周囲の観客達は、その言葉を無言で聞き入れる。


「でも、はっきり言っておくけど、強さと勝ちは必ずしも結びつかない……あなたがどれほど力を持っていようとも、それを覆すやり方なんていくらでもある」


 言葉で揺さぶるつもりなのか――ユティスは思いつつ、リザの言葉を聞き続ける。


「あなたの斬撃はひどくまっすぐで、読み易い。もっとも、私じゃなければ避けることなんてできないだろうけどね」

「何が言いたいのですか?」


 ティアナは問い掛ける。それにリザは肩をすくめ、


「そうね……わかりやすく言えば」


 一拍間をおいて、彼女は告げる。


「次の一撃で、勝負を決めようじゃないということ」

「――いいでしょう」


 ティアナは腰を落とす。烈気が全身にみなぎり、これまで以上に魔力が研ぎ澄まされていく。

 まだ上があるのか――内心の驚愕と共に、リザがどう動くのか視線を移す。彼女は相変わらず斜に構えていたが――その表情から、笑みは消えていた。


「久しぶりに全力でやれる相手だったわね。感謝するわ」


 リザが言った直後、ティアナは走った。そして、


 一瞬だった。彼女の木剣が肩に当たり、同時にリザの拳がティアナの首筋に到達しようとする。

 リザは右腕を捨てて、攻撃を行った――そうユティスは認識したが、ティアナは即座に身を翻した。その動作は恐ろしい程速く、リザの拳が届く寸前に逃れる。


「――残念でしたね」


 ティアナの冷酷な声が響く。対するリザは右腕を回す。


「そう効いてはいないのだけれど?」

「……やはり、木剣では思ったより威力が出ないようですね。しかし、違和感はあるはずです」

「まあ、確かに」


 リザは感触を確かめるように右手を開いたり閉じたりする。


「魔力を浴びせ、多少腕の動きを鈍らせたようね。ほんの一時的だけど、二割減といったところかしら」

「その二割が勝敗を分けるのは、これまでの戦いでご認識されているでしょう?」


 決然とした問い掛け。ティアナの方が技量が上。さらに右腕の力が減退となれば――そうユティスが思った時、


 突如、リザが左腕を掲げた。

 そこには――破れた白い衣類が握られていた。それはティアナが穿いていた、スカートの中を見せないようにするためのもの。


「……は?」


 呆然とした声が、アシラから漏れる。ユティスも声には出さなかったが、内心は彼と同じだった。


「失敗したわ」


 一方のリザは、手に持っていた物を横に投げ捨てつつ告げる。


「上手くいけばこの下にあったショーツも引き裂けたのに」

「あ、あなた……」


 さすがの事態にティアナもワナワナと震え出す。


「な、何を――」

「そっちは真剣勝負やっていたのかもしれないけど、私はちょっとばかり違うのよ。えっと、こっちは二割減よね? けどそっちは、五割減といったところかな?」


(……無茶苦茶だ)


 ユティスは思わず頭を抱えた。間違いなくティアナに全力の一撃を打たせ、その隙に下着を狙いにいったに違いなかった。


「あなたは騎士をやっていた以上、羞恥心だって普通の女性と比べて薄いかもしれないけど……さすがに知り合いがいるような場所で、本来見せてはならない下着一枚の状態でスカートを振り上げるなんて真似はしたくないわよね?」


 ティアナはリザから指摘され、ユティス達に視線を送る。若干ながら顔がひきつっているようにも見え、なおかつ顔が多少赤くなっているようにも――


「あ、それと足元を庇って戦うつもりなら、今度は胸のあたり引き裂くから。ずいぶんと主張しているし、狙い目よね?」


 ユティスはがっくりと肩を落とした。これが彼女の戦い方――なのかもしれないが、ずいぶんと無茶苦茶なやり方だった。


「で、どうする? 続ける?」


 一転して余裕の笑みを向け、リザは問う。それにティアナは動揺を見せ――やがて、


「く、来るならどうぞ」


 狼狽えつつも木剣を構えた。風が多少吹くとスカートを押さえる。その姿を見て、ユティスはこれはまずいのではと思う。

 さすがに止めるべきだ――そうユティスは思い、口を開いた。


「待った待った!」


 そう言ってリザに呼び掛けた。


「……ん?」


 すると、リザは首を傾げる。


「何? ここでやめろって?」


 ユティスを一瞥した視線は、明らかに烈気が存在していた。首辺りがゾワリとなりつつ、ユティスは続ける。


「こんな状況となった以上、さすがに勝敗は決したんじゃないか?」

「んー、そうかな? ティアナさんはどう思う?」


 話を向けられたティアナは、スカートを押さえつつユティスとリザを交互に見た後、


「……当然、私の負けだと言いたいんですよね?」

「そのスカート押さえている手を離して戦う気が大いにあるなら、引き分けでもいいけど」


 そこでリザはユティスを見据える。


「ま、ユティスさんが言うのなら私はそれでもいいけど……私の勝ちでいいのよね?」

「わ、私はまだ負けていません」


 決然と告げるティアナ。するとリザは小さくため息を一つ。


「……だ、そうだけど」

「ティアナ、ここは――」

「ユティス様は黙っていてください。とにかく、私はまだ負けていません」


 告げると、リザに鋭い視線を向ける。


「仕切り直しです」

「いいけど、この会話の間に私の右腕はほとんど元通りになったわよ?」


 問い掛けに、ティアナは無言で剣を構える。


「……やるしかなさそうね」

「いや、でも」

「ユティスさん、本人が劣勢の中やる気みたいだからやらせてあげなよ」


 そう述べると、リザは含みのある笑みを浮かべた。


「大丈夫。さすがに下着全部引き裂くなんて悪逆非道なことはしないから。あの状態なら、今の私が本気を出せばあっさりと決着つくわ」

「言いましたね」


 視線を送りつつティアナが告げる。


「ならば……そうさせないよう私も全力で応じるまでです」

「……ま、視界に私しか入らなくなれば、下着のことは忘れるわよね」


 どう足掻いても戦う気のようだ――ユティスはなおも口を開こうとしたが、両者は構え、そして――


 その時、広場に、新たな人影が出現した。

 視線を移すと、リザの腹心であるデュオウだった。


 その気配を、リザも見えないながら感じ取ったらしい。ティアナに視線を送りつつも、彼女はデュオウに問い掛ける。


「決闘の途中なのだけれど、何か用?」

「申し訳ありません。多少ながら緊急の用でして」

「魔具を持つ人間が見つかった?」

「はい」


 言いつつ、デュオウはリザに近づく。ティアナとしてもその件については興味があるのか、スカートを押さえつつ見守る構えを見せる。

「わかったわ……この状態で聞くから、説明して」


 戦うつもりではあるらしい。ユティスとしてはもういいんじゃないかと思うし、デュオウとの話が終わったら再度呼び掛けようと決心。二人の動向を観察し、


「あ……」


 イリアが呟く。何事かと思いユティスが彼女に首を向けようとした。刹那、


「リザさ――」


 アシラが声を上げる。しかし言い終えぬ前に、

 突如デュオウが腕を振り――リザが、吹き飛んだ。


「――な」


 誰かが呻く。リザはそのまま地面に叩きつけられ、動かなくなった。


「あなたはもう、用済みです」


 冷酷な声音――観客が喚き始めた直後、その中からも悲鳴が上がり始めた。


「始めるぞ」


 さらに告げる――わけのわからぬままユティスは周囲を見回す。

 観客のおよそ三分の一が、魔具を手にし攻撃を開始していた。この場を蹂躙する気なのは明白だった。


「あなたは……」


 ティアナがデュオウに声を上げる。一方の彼は無表情のまま彼女を見返し、


「このまま逃げるのであれば、追うつもりはない。だがその剣を差し向けたのならば、容赦はしない」


 声音と共に、ユティスは理解する――この街の騒動が、とうとう間近にまで迫って来たのだと。


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