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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第五話

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生じる違和感

 ユティスの目の前で、戦いが終わった――が、男性の方は肩を押さえつつ、叫んだ。


「て、めえ……!」


 その瞳は明らかに敵意が宿り、今にも女性の首へ食らいつこうとする雰囲気が窺える。

 だが、先ほどの動きを見ればユティスにも男性に勝ち目がないのは一目瞭然な上、負傷していてはなおさら――けれど男性は、敵意をむき出しにして戦う意志を見せている。


 立ち上がって男性は一歩踏み出す。それに、女性は小さく息をついた後告げた。


「やめておいた方がいいわよ?」


 言葉と同時に女性は男性に向き直り、仰々しく両手を左右に広げる。


「勝ち目がないのは、そちらも理解しているでしょう? まあ良かったじゃない。こうしてあなた自身、身の程を知ることができた……あなたのような人間は闘技大会の資格を得た時点で自分が特別な人間だと思うようになって、増長する。実際、あなたはそんな風に思っていたんでしょう? けどそんな人間こそ闘技大会では命を落とす筆頭なわけで――身の程を知れた以上、あなただって無理はしないでしょ? だったら今回のことは幸運だと――」


 男性が走る。木剣を振り上げ渾身の一撃。痛みを完全に無視するかのようで、ユティスの目にも先ほど以上に鋭い斬撃だとわかる。

 しかし、女性には一切通用しなかった。剣風すらまとう斬撃をひょいと避ける――そして拳で一度だけ彼が握る剣の腹を叩く。


 衝撃で男性の木剣が横に逸れた。体重を乗せた一撃を放った男性はその衝撃により体勢を崩し、


「面倒だからこれで終わりね」


 言うと女性は――あろうことか、隙が生じた男性の股間を蹴り上げた。


 咆哮。それが叫び声なのだとユティスは理解すると共に、身震いする。この場にいた他の男性達も同じなのか、股間を蹴り上げられた男性を見て顔を引きつらせた。


「が、あ……!」


 崩れ落ちる男性。その間に女性は歎息し、


「ま、これに懲りてもうここには来ないことね……加減はしておいたから数時間くらいすれば動けるようになるわよ」

「き、さ、ま……」


 うずくまってもなお憎しみに満ちた声を男性は上げる。それに女性は肩をすくめ、


「あのね、ここは闘技場じゃないのよ? ルールなんて皆無で、何でもあり……真剣使うのだけはご法度だけど、それでも不用意な事故で死んだっておかしくない場なの。そういう所に踏み込んだのだから、こういう結末くらい覚悟しておきなさいよ」


 一方的に言うと、女性は周囲にいる男性達を見回した。


「これで勝負は終わりよ。ああ、賭け金は全て回収しておきなさい。はした金でしょうけど、後で分配するわ」


 男性達は指示に従う――闘士は一匹狼で、己が最強であることを自負し他の闘士と敵対している――などとユティスは思っていたのだが、今の彼らは女性の指示に従っている。それは女王と騎士の関係を想起させる。

 この場合、本来御すことのできないような闘士を、彼女が支配しているとでも言うべきか――ともかく、この場において女性が支配者なのは明確にわかった。


「さて、残るはこちらね」


 言うと彼女は視線をユティス達に向ける。それにユティスとイリアは同時にビクリとなる。

 途端、女性は苦笑した。


「予想通りの反応をしてくれてありがとう……食べようなんて思わないから安心して。えっと、それでお二人は……兄妹、には見えないわね」


 ユティスはこの時点で自身の姿について大いに後悔する。黒いローブ姿は魔術師であることを印象付け――さらに言えば、腰に差してある剣が何よりまずい。


「変わっているわね。魔術師っぽい服装に剣か……ま、いいわ。それで、ここには挑戦しに来たの?」


 ユティスとイリアは同時に首を左右にブンブンと振る。所作を見た女性は再度苦笑。


「そう怯えなくてもいいじゃない……ま、いいわ。移動しましょ」


 女性はチラリとうずくまったままの男性に目を送り、ユティス達に提案する。

 既に他の男達は引き上げようとしていた。そしてユティスの返答を聞かないまま歩き始める。


 ユティスは躊躇し――このまま大通りに戻った方がいいのかと思ったのだが、


「あ、それと」


 彼女はユティス達を一瞥した後、告げる。


「実はちょっとばかり……大通りに影響ないけれど、私達のいる周辺で騒動があってね……ここを訪れた人達に、ほんの少しだけど話を聞くことにしているの。だからちょっとだけ話を聞かせて?」


 言葉と共に無言の圧力がユティスを襲う。下手に逃げれば――先ほどうずくまった男性を思い出す。

 だからユティスは首を縦に振る。同時に自身にこういう場を切り抜ける実力がないことに苛立ちを覚えた。


(何か……例えば、強者に対抗できる武器がいる。でも僕の異能は物質の構造なんかを把握しないと物質を生み出すことができないから、剣とか弓とかくらいしか現時点では作れない)


 たとえば前世で見たことのある銃などはこの世界で武器になりそうな気はするが、構造を把握していないため作成できない。この世界で似たような物があれば魔法で構造を調べ作成することも可能だが――


 そこまで考えた時だった。

 ユティスはどこか頭の片隅で、対処できると思った。


(え……?)


 考えてから不思議に思ったが、さらに頭の中に言葉が浮かび上がる。

 自分は目の前の女性に立ち向かえる力を持っている――ユティスにとってはそれは根拠なき主張だったが、それでも妙に納得している自分もいる。


(これは……)


 なぜそう感じたのか――ユティスとしては理解の範疇を超えていたのだが、少しすると何か、頭の奥からじわりと染み出すように推測が浮かぶ。

 記憶――自分は何かを忘れていて、本来持っていた何かしらの力も置き去りにしているのではという、感覚。


 ついさっきまでのユティスならば、一笑に付すような内容だった。だが、今のユティスにとっては無下にできないものへと変じていた。


(何だ、これ……?)


 なぜ自分がそう確信し、なおかつ力を持っているなどと考えたのか――もし持っていたとしたら、なぜその記憶が封じられているのか。

 形容しがたい感覚の中で、ユティスは無意識の内に左手を見る。その左手をかざせば、力が――そんな風にユティスは心の中で思った時、


「どうしたの?」


 女性からの問い掛け。さらに横でイリアが顔を覗き込んでいる。立ち止まっていたらしい。


「あ、えっと、何でもないです」


 ユティスは慌てて彼女に告げる。すると女性にはそれが自身の機嫌を損ねないように配慮したものだと思ったようで、またも苦笑した。


「そう改まらなくてもいいのに」

「いえ、えっと……」

「何か考え事?」

「いえ、気にしないでください……先に進みましょう」


 違和感が生じたのは事実だが、これ以上はこの場で検証しようがなかった。だからひとまず先ほどの考えは隅に追いやり、歩き出した。

 その途上で、女性はユティスに何度か視線を送った後、一方的に話し始めた。


「さあて、それじゃあ何から始めようかな……そうね、まずは自己紹介から始めましょうか。私の名はリザ=オベウス。リザでいいわよ。あなたは?」


 言葉に、ユティスは名を口にしそうになったが――寸前で、止めた。

 所作を見て彼女――リザは、首を傾げる。


「どうしたの? 何かある?」

「……いえ、名を明かしても構いませんが、口外しないでもらえませんか?」

「口外ねえ……後ろめたいことをやっている風には見えないけど」


 そう言ってリザはユティスを見据え、


「何か事情あり?」

「はい」

「ふーん……それについて話すこととかは、できる?」

「さすがに、遠慮して頂きたいんですけど」

「うーん、それもそうか……」


 リザはユティスをジロジロと眺める。そして、


「その事情だけれど」


 彼女は口を開く。


「あなたはどこかの国の貴族さんで、国内でちょっとしたゴタゴタがあるといった感じかな?」

「……え?」


 驚くユティス。具体的な名称が出てくるようなことはなかったが、それでも大筋の境遇を当てられてしまった。

 そもそも黒ローブに少女という組み合わせから、貴族という言葉が口をついて出るとは思えなかった。推測するにしても精々魔導学院に所属する人間で、剣はあくまで護身。そして少女は付き添い――容姿から推測できるのはそのくらいだろう。


 以前顔立ちで商人に身分を推測されたことはあるが――するとリザはにっこりと笑みを浮かべつつ、ユティスの疑問に答えた。


「簡単な話よ。私はこう見ても服を作ったりするのが趣味でね。で、あなた達二人の衣服……地味だけど生地が相当高価なのよね。私が記憶する上で、その生地が安く手に入るような場所はなかったはず……だから、貴族の人なんだろうと思ったわけ」


 服の生地から――ユティスが驚いているとリザは笑い、


「学生か何かだと一瞬思ったけれど、それにしては上等な衣服だし……貴族の息子で学生をやっているなんて可能性もあるけど、そうだとしたら私の質問には正直に話すわよね? あなた達二人が私に対しちょっと怯えている所を見ると」

「まあ……そうですね」

「でしょう? だから事情ありの貴族だと思ったわけ……ま、その辺りは聞かないことにするわ。きっと私達の騒動とは関係ないと思うし。けど、一応質問はさせて。それと絶対に口外しないことだけは約束するわ。ま、第一あなたの知り合いがこんな所に来るとは思えないけどね」


 流れるようにリザは語る――彼女の言葉を信用して話してもいいのかという懸念はもちろんある。けれど――これはあくまで直感だったが、ユティスは心の中で彼女に嘘が通用しないと思った。

 もし嘘をつけばどうなるか――さすがに、試す気にはなれなかった。


(……名は仕方ないとして、当たり障りのない部分に留めておこう)


 そう頭の中で決議したユティスは、いまだ残る違和感を抑えつつ口を開いた。


「名前は、ユティス=ファーディルといいます……そして、彼女の名前はイリア=リドール――」


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