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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第五話
110/411

賭け試合

 フレイラ達が辿り着いたのは街の東門。そこからは馬車ではなく徒歩で移動することになった。

 理由としては、人の往来が激しいため。行商の貨物などを除き極力馬車を制限しているらしい。そして馬車自体は城門周辺にある停泊所に留めておくか、夜停泊所の人間により城まで馬車を移動させるか――


 停泊すること自体は城からの書状を見せれば一発で解決するが、ここで協議。結果、馬車をここに停泊させておくことにした。


「人が多いわね」


 ロゼルストの都で慣れたはずのフレイラですら、そんな呟きを行う。なんとなく手を置く腰の剣の柄には赤い紐で厳重に封が施されており、もし開ければ役人に捕まる形となる。

 石畳の大通りは相当幅が広く、なおかつ左右には様々な店が立ち並ぶ光景。そしてその全ての店に、客がついていた。


「さて、これだけ混雑しているとはぐれる心配もあると思う。気を付けて」


 フレイラは先頭で歩き始める。ユティスはそれに追随。一度振り向くと彼の右隣にイリア。そして左にティアナという形で歩みを進める。


「大会も間近ですし、いつも以上に人の往来があるのでしょうね」


 ティアナが言う。それに前を歩くフレイラは頷き、


「それに、今回は特別だと思う……異能者の噂が普通の人々にも入っている……それ見たさに集まっているのかも」


 ――ネイレスファルトの闘技大会は、例年初夏と初冬の二回行われている。どちらがメインなどというわけではないが、初冬の方は卒業間近の宮廷魔術師などが参戦することが多く、初夏は戦士がメインであるケースが多い。


 闘技大会自体、ネイレスファルトが観光の目玉としているものである。またこの大会はそれなりの権威づけがあった。優勝者を含めた上位の者達はそれこそ様々な国へかなりの待遇で士官していく。昨年であればロゼルストも一人登用しており、魔物討伐に中々の戦果を発揮していると、フレイラも耳にしたことがある。


 しかし、今回はそれにもまして趣が違う。異能者の存在――そして、異能者が引き起こした戦争――それにより各国も、大小あれど警戒と興味を示している。


 だからこそ、今回の闘技大会はかなり人が多いはずだった。


「闘技大会観戦、というのは新婚旅行の定番みたいな風に言われているよね」


 ふいに、フレイラが言う。それに反応したのはイリア。


「新婚旅行、ですか?」

「ネイレスファルトは色々な物もあるし、娯楽施設もたくさんあるからね……ロゼルスト国内の人間だけの定番かもと思っていたんだけど、そういうわけではないみたいね」


 フレイラは言いつつ周囲に目を向ける。自身の言葉通り、カップルと思しき上流階級の人間が通りを歩く姿が見える。


「私も、もし騎士をやっていなかったら今頃ここをああやって歩いていたかもね」


 さらにフレイラは言う――それにまたもイリアは反応。


「ああやって……ということは、既に結婚していたと?」

「貴族とか領主というのは色々しがらみがあって、生まれた時から婚約者を決められているなんてケースもあるからね」


 言葉にイリアは言葉を失くす――貴族の一端を知り驚いている様子。

 フレイラ自身、常識ではあったので取り立てて語ることでもないのだが――そこで今度はユティスが問い掛ける。


「で、フレイラの場合は婚約者はいたの?」

「話に上ったことはなかったかな。ま、体に紋章刻みこんでいる人間は、両親も嫁に出すことを躊躇ったんじゃないかな――」


 そこでフレイラは、言葉を止める。自身の言葉に少し、疑問を感じた。

 なぜそう思ったのか自分でもよくわからなかった。けれど、例えば婚約は幼少から行われるケースもある。自分も剣を握る前に決まっていてもおかしくなかったが、そういう記憶は一切ない。


 例えば姉であれば子供の頃より婚約が決まっていたはず。となれば自分だって決まっていておかしくないのだが――話にすら上がった記憶がないのは、何か理由があるのか。


「どうしました?」


 急に言葉を止めたためか、訝しげにティアナが問う。それにフレイラは我に返り、誤魔化すように彼女へ言う。


「何でもない。ちなみにティアナは?」

「いましたが……諸所理由がありまして」

「聖騎士候補と関係している?」

「そんなところです」


 微笑を伴い返答するティアナ。その顔はどこか晴々としており、フレイラとしては嫌だったんだろうなと予想はついた。


 恋愛結婚というケースも少なからずあるのは事実だが、陰謀渦巻く政治の世界に関わった場合、婚姻というのは重要なファクターとなっている。当然貴族の家系として生まれた子息子女は、衣食住不自由ない暮らしを受ける代わりに、そうした制約を抱える必要がある。


 フレイラはそこまで考え――これ以上話しても無意味だろうと感じ、話を本題に戻した。


「城に入ったら、まずは異能者と会いましょう。そこから団員候補を探し始めるわけだけど……問題は、どこまで手を広げるか」

「城以外にも目を向けた方がいいよね」


 ユティスの意見。フレイラもここに来る前はそう思っていたのだが――うんざりする程の人の多さを見て、考えを少し変える。

 街を適当に散策して見つかるようなレベルではない。一定の指標や目的地などを決めないことには、とても滞在期間で見つからないだろう。


 その中で、鍵となるのはやはりイリアだ。


「イリア」


 フレイラが声をかける。すると彼女は少しばかり背筋を伸ばした。


「魔力で……というのは、これだけ人がいる以上難しいとは思うけれど……もしそういう人が見つかったのなら、いつでも言って」

「は、はい」


 緊張を伴った声で返事をする彼女。大役を任されたという感情が心の中に満ちているのかもしれない。

 フレイラは少しばかりそれをほぐした方が良いのかと思いつつ――ひとまず城へ進もうと思い、前を向いた。


 その時、前方にかなりの人混み――これは大変だと思いながら、フレイラは通過しようと少し足に力を入れた。

 次の瞬間、フレイラ達は人混みに突入する。すると完全に人の流れに逆らえないようになり、フレイラは内心危惧した。


(これ、下手をするとはぐれるんじゃ……)


 フレイラは思わず振り向こうとしたのだが、人に押し退けられて上手く体を反転させることができない。

 これは――フレイラはひとまず抜け出そうと意を決し前へと進み出す。どこからか喚声めいた声も聞こえ、フレイラとしては端の方を歩けば良かったかなどと考え――


 どうにか、ピークの場所を抜け出した。そこでフレイラは自身の持ち物を確認する。スリなどにあっていないか不安になったためだ。


「財布とかも……大丈夫か」


 中身を直接見て確認したわけではないが、感触からそう推察するとほっと息をついた。

 だが、先ほどのような人混み――下手をするとユティスなどに負担になる可能性もあるため、今後は気を付けようと思う。


 そこで振り返る。周囲に他三人はいなかったのだが、やがて人混みも少なくなり始めたので、まあ大丈夫だろうと思いその場で待つことにする。

 どうやらここでイベントか何かあったらしい。通りの中央でやるのかなどと心の中で文句も言ったりするのだが、顔には出さず、フレイラは黙ったまま待ち――


 やがて、人の塊がなくなり――他三名の姿が、完全に消えていた。


「……え?」


 フレイラは思わず呻き、慌てて左右を見回す。それらしい人はいない。

 女性で騎士服という姿はそれなりに珍しいらしく、立っていて人々が視線を投げるのがフレイラにもわかる。


 ならば当然、他の面々が気付く可能性が高く、フレイラが立っている事も理解できるはずで――

 フレイラはさらに視線を周囲に向ける。誰もいない。さっきの人混みに飲み込まれ、地上から消えてしまったかのよう。


 そんな風に思った時、フレイラは立ち尽くし呆然と呟いた。


「……う、嘘でしょ……?」


 ネイレスファルトを訪れまだ一時間も経過していない中で、早くも問題が発生してしまったようだった。



 * * *



 闘技大会に出場するためには、いくつか手段がある。ネイレスファルトで一定の訓練経験を持つか、他国からの推薦状を持参する。

 ただしこれらは国に仕える騎士や魔術師に対する処置であり、多くの参加者は別の二つ――闘技に出場し一定の成績をあげるか、闘技大会予選に参加し出場資格を得るかのどちらかを使う。


 ネイレスファルトでは、規模の大きい初夏と初冬の大会以外でも日常闘技が行われている。この街は二つの川によって東部、中央部、西部という三つの区域に分かれているが、闘技場についてはどの区域にも存在し、その頂点に存在するのが中央部――城の近くに存在する闘技場で、闘士達の憧れの場所ともなっている。


 闘技を行う者は『闘士』と呼ばれ、日夜剣を突き合わせ二回の大規模な闘技大会に出場するべく奮闘している――のだが、闘士だけで食える人間は半分にも満たない。さらに真剣で行われる以上かなりのリスクも付きまとい、街の中には怪我をして剣を触れなくなり、ボロ屋のどこかで安い酒を飲みながら日々暮らしている者も多い。


 また予選についてだが――こちらは外部にいる勇者や傭兵が理由することが多い。三国クラスの勇者となれば国から容易く推薦を受けられるが、そうした勇者は闘技など参加するケースも少なく、予選に出場するのはもっぱら勇者としてそれほど名が売れていない者達――言わば『成り上がる』ために訪れた面々となる。


 予選を勝ち抜いた者は年二回の闘技大会出場者ということでそれなりに箔がつき、なおかつ滞在費なども国が持つ。よって大会が始まるまでは都で羽を伸ばすか、それとも大会に向け準備をするか――ともかく、暇な時間が生じる。


 だからこそ、彼のような人物が現れる。


「おらっ! どうした!」


 声と共にカン――という木剣同士が激突する乾いた音が響く。その人物の風体は鉄製の無骨な胸当てに、腰に封が成された長剣。年齢はおそらく三十手前で、ボサボサの黒髪と目つきの悪さが、印象を悪い方向へと導いている。

 彼と相対する人物は体格も彼と比べれば大きいのだが、それでもあっさりと吹き飛ばされた。


 周囲からは歓声。だがそれは彼に向けられたものではなく、吹き飛ばされた相手に発破をかけるような声だ。


「おい! 大会出場者に一発かましてやれ!」


 怒号のようなものが響く中――彼は息をつきつつ、軽く木剣を素振りする。街中では真剣がご法度であるため、こうして野良試合ではもっぱら木剣など木製の武具が使われている。


 ネイレスファルトは大通りだけを見れば観光都市として華やかだが、路地を数本曲がるとあっという間に雰囲気が変わる。闘士などと聞こえはいいが、根はそこいらのあらくれ者と何ら変わらず、そうした人間が集まれば当然、それに準じた空気が満ちる。


 役人などは、この事実を快くは思っていない。とはいえ闘技で栄える都である以上こうした負の側面が生じるのも仕方がなく、半ば放任されているのも事実。大きな問題を起こさなければ、人を呼び寄せる道化になっていてもらおう――そう考えているに違いなかった。


 ただネイレスファルトの物事を決めるのは中央部の人間――橋を渡れば理路整然かつ清潔な空間が広がっており、そうした人間達はどうせ無法者は大河を渡ることはできないと考えているに決まっていて――だからこそ、放任しているという面もある。


 よって彼らが行っている賭け試合についても、さほど目を向けられてはいない。


「うおおおっ!」


 吹き飛ばされた男が雄叫びと共に突撃する。策など何一つない、ただただ愚直なまでの突進。それに対し彼は、嘆息をしつつ呟いた。


「ふん、この程度か」


 闘士くずれと言っても過言ではない目の前の相手に対し彼は半ば興味を失くし――突撃を横にあっさりと回避した直後、木剣を彼の左足に当てた。


「ぐっ!?」


 呻く男性。同時、彼は少しばかり木剣に力を込め――足を持ち上げるように、すくい上げるような斬撃を見舞った。

 目論見通り足が持ち上がり、彼よりも体格のいい男性は――あろうことか斬撃の勢いによる半回転した。


「う、お……!」


 呻く間に男は背中から地面に倒れ込む。激突音が周囲に響き――決着がついた。


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