力を手にした理由
ユティスにあてがわれた部屋は、以前城を訪れた時と比べて倍以上の広さがあった。客室の中でも上等な部類なのか、調度類も置かれ柄物がないにしろ高級感が相当漂っている。
「……えっと」
そうした部屋の中で、ユティスは呆然と立ち尽くしていた。理由は――
「どうしたの?」
同じ部屋で寝泊まりすることになった、フレイラが聞き返した。彼女は既に鎧を外し、黒の騎士服姿となっている――本人によると、普段はこの姿らしい。
「いや……いきなりこんな展開は予想していなかったから」
「ラシェン公爵もせっかちよね」
苦笑するフレイラ――そう、これはラシェンの差し金だった。
決闘が終わり、ユティスはラシェンの案内に従い城内へと入った。内心兄弟に合わないかと怯えつつ、ラシェンに急かされフレイラは出会った経緯などを話した。
嘘によって塗り固められた内容だったが、フレイラもそれなりに筋の通ったことを話し、認めてもらうためにここへ来たと彼女がはっきり主張した結果――この現状がある。
「まあ、ラシェン公爵からしてみれば既成事実を作ってしまえばとうとでもなる、という風に思っているのかもね」
「既成事実……」
頭を抱えユティスは呻くが、対するフレイラは平然としている。
「そもそもこうした口実で来たのだから、こういう状況になるのは覚悟していたけど」
返答は明快なものだったが、ユティスの反応を見てか、少しばかり申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめんなさい、協力してもらった中で、こうして尾を引くかもしれない形になってしまって」
「いや……まあ……仕方、ないかな?」
「体の方は大丈夫?」
「今のところは……ただ、今日は明日に備えてゆっくり休むよ」
「それがいいよ」
微笑むフレイラ。その姿はユティスにとっても魅力的に映ったのだが――ふいにフレイラは真剣な眼差しとなり、口を開く。
「……もし迷惑だと思ったなら、式典が終わった後混乱がないよう配慮はするし、場合によってはあなたに従うから」
「それは、全部終わった後に考えようよ。そもそも襲撃があることすら確定というわけじゃないんだろ?」
「……そうだね」
頷いたフレイラは、部屋の中央付近にある椅子に座った。
「そういえば……一つ気に掛かることがあるのだけど」
「何?」
「ユティスが持つ『彩眼』の話……こうした異能が世に出てきたというのは、何かしら理由があると思うのだけれど、その力を手に入れた経緯とか、何か心当たりがある?」
――ここで、ユティスは安直ながら自分が転生者だからという理由を思いつく。というより、人と違うことと言えばそれしかないように思えた。
だがなぜ転生してきた結果、こうした能力が手に入ったのか理由を説明することなどできない。そもそもなぜこうして転生してこんな人生を歩んでいるのかもわかっていないので、答えようがなかった。
加え、ユティスには気になることがある。彼女の話によると『彩眼』を持つ人物は他にもいるらしい上、今回の襲撃に関係している可能性がある――となれば、同じように転生してきた存在がいるという話ではないだろうか。
(……考え過ぎか?)
胸中呟きつつ、ユティスはひとまず首を左右に振った。
「別に、心当たりはないけど……」
「そう。もし何か思いついたことがあれば言って」
言えるわけがないし、信じてもらえるはずがない――とユティスは心の中で言いながら首肯した。
それで話は一区切となり、これからどうするか考える。ふと視線を転じたベッドは二つあるため、さすがに一緒に寝るという可能性はなさそうだが――
「一緒に寝る?」
そんな意見がフレイラからやって来る。途端、ユティスは首を左右に振った。
「遠慮しておくよ」
「そう。ま、仕方ないわね」
苦笑するフレイラは、おもむろに右腕の袖をまくる。そこには複雑な紋様が。
それを見たユティスは、一つ言葉を述べる。
「あのさ、別に紋様が刻まれているから拒否しているわけじゃないよ?」
同時、彼女に声が掛からない理由を悟る。間違いなくこれが原因だ。
けどユティス自身はさして思うこともない。だが意見に対し、フレイラは肩をすくめた。
「そう? でも、こんな変な物を持った女性は魅力的じゃないと思うけど」
自分でそんな風に言うと、彼女は続いて右足のズボンをまくった。すると、そこにも似たような紋様が。
「……足にも?」
「膝から下までだけどね。四肢を強化して……体の末端から強化することで、全体に行き渡る魔力を均一化し、制御しやすくしているの」
語ると彼女は服を正す。その時、ユティスは一つ気付いた。
紋様を見せる彼女の顔が、どこか憂いを帯びたものになっている。
「……一つ、訊いてもいい?」
「なぜこんな馬鹿な真似をしたのか?」
「馬鹿な真似とは思っていないけど……さっきラシェン公爵に言ったのは、はぐらかしたんだよね?」
「……そうね、確かに」
認めるフレイラ。同時に天井を見上げ、何かを思い出すように目を細めた。
「私には、討つべき存在がいた……だから、この力を手にした」
「討つべき存在……?」
「聞かせてあげてもいいけど、面白くは無いよ?」
確認を取るフレイラだったが、ユティスとしては興味津々だった。
「聞かせて……あ、これは命令じゃないから、嫌なら拒否してもらって――」
「……昔々、とある大国の小さな領地に、騎士を夢見る女の子がいました」
突如、フレイラは物語調で喋り始める。
「その女の子はお人形さんやドレスに興味がなく、騎士の物語や剣に強い憧れを抱き……両親を含めた人々に、変人扱いされていました」
「のっけから……嫌な予感しかしないんだけど」
「そんな女の子が八歳の誕生日を迎えた時、一人の剣士が城にやってきました。その人物はそれはそれは美しい女性剣士で、女の子に剣の指導をするよう依頼されやってきたのでした」
女性剣士――それがどうやらフレイラの師であるらしい。
「女の子は小さいながら女性剣士の指導を受け、腕をメキメキと上達させていきました。そうして十四歳を迎えた時、女性剣士は領地にいる魔物退治の要請を受け、一人旅立ちました」
と、フレイラは突如暗い表情を見せる。
「そして女の子は自分の力を確かめたいと思い、隠れて女性剣士の後をつけました……それはすぐにバレてしまいましたが、女性剣士は女の子の要求を拒否することができず同行させ、とうとう目的の魔物と遭遇しました」
戦いの結末がわかった――ユティスは思いながらも口は挟まず聞き続ける。
「二人は共に戦い、そして――女性剣士は負傷した女の子を庇って、魔物に殺されてしまいました。女の子はその後必死に逃げ、城に辿り着きました。そして女の子は魔物を恨み、死に物狂いで訓練を重ね、とうとうその魔物を退治したのでした……おしまい」
フレイラは言葉を切り、自嘲的な笑みを浮かべた。
「私が師匠を殺したのも同然……私が最初から同行しなければ、死ぬことはなかったはず。結局、私は自分の非を魔物に押し付けていただけ。きっと天国で、師匠は恨んでいるんじゃないかな」
「……フレイラ」
「魔物を倒すためにこの技法を選んだのは、自戒のため……そして、圧倒的な力で復讐を果たした時、私には何も残らなかった。最後にあったのは、こんな紋様を刻み貰い手の無くなった騎士を真似た女の子だけ」
自虐的な笑みは消えない――ユティスの目は、罪の意識を心の内に抱える彼女の姿を捉える。
「……ごめんなさい、やっぱり暗い話になった」
フレイラは頬をかきながら苦笑し、仕切り直そうと何か言い出しそうになる。それを、
「一つ、いいかな」
ユティスは遮った。
「僕は……その、偉そうに言える立場じゃないけど……」
「構わないよ。感想を聞かせて」
「わかった。まず、罪の意識が消えないというのは理解できる」
ユティスは無い頭を振り絞って、なんとか言葉を紡ぐ――転生前を含めた人生の中で、こんなことを喋った経験は当然ない。
けれど、暗い笑みが消えて欲しいと衝動的に思い――必死に言葉を紡ぐ。
「だけど、一つだけ勘違いしているんじゃないかな」
「……勘違い?」
「そう、なんというか――」
ユティスは僅かながら緊張しつつ、述べた。
「お師匠さんはきっと……フレイラのことを恨んではいないと思うよ」
その言葉に――フレイラは、驚いたのか目を少し見開いた。
「フレイラはお師匠さんを見殺しにしてしまい、罪の意識に苛まれているのがわかる……けど、フレイラを大切にしていたお師匠さんが、魔物に殺されかけたフレイラを助け……自分が死ぬ時に恨み言を呟いたというのは、違うんじゃないかな」
「……けど、そうかもしれないよ?」
「うん、確かに……でも、僕はそう思わない」
根拠なき確信ではあったが――フレイラは、その言葉で目が覚めたように表情を戻した。
「なるほど……確かに、私は師匠に恨まれていると思っているのかもしれない。でも、あの師匠が恨み言を言うような人でもない、か……」
同時にフレイラは苦笑した――師の顔を思い出したのか、小さくため息をつく。
「……そうね、ユティスの言う通りかもしれない」
「うん」
「むしろ、こんな紋章を刻んだことを怒るかもしれないね」
語った彼女は自身の袖をまくる。腕には、白い肌と赤き紋様があった。