追討指示
発掘品の破壊、イリアとアリスの人格入れ替わり。さらに聖騎士候補だったティアナの存在など、色んな情報が出てきてユティス自体頭を抱えそうになったし、少しくらい考える時間が欲しかった。
けれど、状況がそれを許さなかった。ユティスやフレイラ。さらにサフィやロランなども合流し、外で話し合いをすることになった。その会話の口火を切ったのは、ヨルク。
「賊の追討を行おう」
提案に、ユティス達は一度押し黙る。彼らを野放しにしておくのはまずいと誰もがわかっている。しかし――
「とはいえ、ここに賊が再襲来しないとも限らない。さらに言えば魔物だって出現する可能性はある……追討の前に、できる限りの策は施しておくつもりだが」
ヨルクはチラリと遺跡入口を見る。そこには、イリアの指摘により捕らえた調査員の一人が魔法の縄で拘束され、座らせられていた。
「発掘品を破壊した人間はどうやら捕まえたようだが……彼もただ指示を受けただけとしか言わない。しかもその相手はあの賊……つまり、襲撃した賊の首領を捕まえなければ事件は終わらない。だから多少のリスクはあっても、追うべきだ……それでいいか?」
ヨルクの問い掛けに、少しして全員が頷いた。すると彼は「よし」と呟き、別所に目を向ける。
そこには、増援に駆け付けた近隣の騎士。賊が動いているのを察したため、自発的に騎士がやって来た。人数は倒した賊達を捕らえ連行してもなお十分なくらい。
人選はどうするのか――ユティスが考える間に、ヨルクはエドルに目をやった。
「魔物についてはエドル、君に任せる」
「俺に……ですか」
「これだけの騎士がいれば、賊に後れを取ることもないだろう……先ほどの魔具を持った人間は例外だ。ああした力を持つ人物が襲ってくる可能性も低いだろうし、大丈夫だろう」
「例外、ですか」
「ああ。奴はおそらく、誰かに強力な魔具を渡され、それを使っていた」
一体誰が――この場にいる誰もがそう訊きたそうな顔をした時、ヨルクは厳しい表情で続ける。
「その辺りのことを解明するために、追討する……うかうかしていたら逃げられる。だから少数精鋭で行こうと思う」
「それは、誰に?」
騎士の一人が問う。そこでヨルクは――
「ティアナ」
ユティスの隣に立つティアナへ呼び掛けた。
「剣を握る気はあるか?」
「私、ですか?」
問い返す彼女。だがその瞳はどこか予期していた風でもあった。
「俺としてはティアナがいてくれれば一番心強い」
「けれど……私自身、ブランクが」
「それについては心配しなくていいだろう」
次に声を発したのは、シャナエルだった。
「先ほどの攻防を見ればこちらにも理解できる……おそらくこの場でヨルク殿の次に強いのは、貴女だろう」
「と、いうわけだ。もし剣を握る気があるのなら――」
「わかりました」
承諾する彼女。露見した以上躊躇していても仕方がない。そういう態度だった。
ユティスは彼女の横顔を見ながら考える。自分が聖騎士候補だったという事を明かし、その上でユティスが問う前にスランゼルのことについて言及した。
彼女はこう言った――馬車で案内役をしたこと自体は自ら申し出た。けれど、その後関わりのある人物から指示を受けた、と。
ユティス自身その言葉はとてもじゃないが信じられなかった。おそらく案内役自体も指示を受けた――そう問い掛けようとしたが、ティアナの針でも飲み込んだかのような苦悶の表情を見て、言葉を止めた。
そこでユティスも事情がわからない中で一つ理解する。彼女もまた、ロゼルストの中に存在する政争という化け物に飲み込まれた人物なのだと。聖騎士候補だったにも関わらずそれを降りたのも何か理由があってのことだろう。でなければ、王女や聖賢者という人物達と共にいた事実を手放すはずがない。
そして彼女の表情を見て、ここで問い質しても無駄なのはユティスにも理解できた。結局現状はティアナの言葉を「わかった」と答え聞くしかできず――けれどその中でも、ティアナは確固たる意志を持ちユティスに言った。
「決して……ユティス様を裏切るような真似はしません」
なぜか――問い掛けたがそれも答えなかった。苦しい表情も相変わらずだったが、それまでの事情説明と顔つきが違うような気もした。
聖騎士の件については罪悪感に苛まれた苦いもの。反面、裏切らないと表明した後の表情は、同じ嘘でも胸に剣でも突き刺さったような、鋭い痛みを伴っているような――なぜそんな風に思ったのか。ユティスは自問してみた時、ふとアージェが言っていたことを思い出す。
気があるのではないか。
(……まさか、なあ)
なぜ自分に対して、と思ったこともあるし、経緯もわからない。ただ少なからず彼女はユティス――いや、彩破騎士団と関わらなければならない立ち位置なのだろうとは理解した。
「それで、砦には誰を?」
サフィがヨルクに問い掛ける。すると彼はあごに手をやり、
「そうだな……まず、勇者オックスと勇者シャナエル」
「俺達が、か?」
オックスが訊くと、ヨルクは即頷いた。
「少数精鋭である以上、単独で十分に戦える人物が欲しい……後は、ロラン」
「はい」
「宮廷魔術師を数人見繕ってくれないか?」
「人数は何人までですか?」
「二人か三人でいい。俺は高速移動系の魔法を所持しているが、その定員が十名程度だから、それに収まるようにしたい……が」
と、ヨルクはティアナを見やる。
「戦力もある。それほど人数が必要というわけではないかもしれないが」
「……わかりました」
ロランは承諾し、魔術師達を呼ぶべく行動を開始。その間にヨルクはユティスへ視線を向けた。
「ユティス君、体調の方はどうだ?」
「特に問題はありません……けれど、魔力の回復はまだ……」
「そうか。なら君には待機をお願いしよう。もし何かあれば、エドルと共に対応してくれ」
「わかりました」
「――あの」
承諾した後、次に声を上げたのはフレイラ。小さく手を上げながら、ヨルクへ言う。
「もし、なのですが……」
「同行を?」
「……正直、実力不足なのはわかっています」
「いや、俺としても君に同行を願いたかった。頼む」
あっさりと了承。ユティスは大丈夫かと不安に思ったが、フレイラは視線を感じ取ったかユティスを一瞥する。
その視線はユティスだけでなく、隣にいるティアナに対しても向けられていた。監視、とは少し違うかもしれないが、この戦いで彼女の心情などを少しでも掴もうと考えているのかもしれない。
「後の面々……サフィ王女はこの場の統制をお願いします。魔物が出現した際対応したようですし、特に問題はないでしょう?」
「ええ、そうね」
「なら、それでお願いします。ちなみに護衛は?」
「イリアさんと共に行動させてもらおうかな」
サフィはどうもイリアのことを気に入ったらしい――名指しされてちょっとばかり緊張した表情を浮かべたイリア。そこでユティスは彼女と目が合い、頑張れという意味合いで微笑を投げてみた。
イリアはコクコクと頷く。意図を理解したらしい。
そこからヨルクはサフィと会話を始める。内容は遺跡側の騎士達の動きについて。それを耳にしつつ、ユティスはティアナに呼び掛けた。
「……ティアナ」
「は、はい」
幾分驚いた声。
「一つ、訊かせて欲しい。できれば……嘘は言わないで欲しいけど」
「言ってください」
ユティスを見返し、彼女は言う。
「どのような経緯であれ……今、僕らと共に戦う意志は、あるの?」
「はい」
確固たる声。複雑な事情を抱えている以上、いつ何時敵に回ってもおかしくないが――ユティスはそれでも、リーグネストからの事件で関わった彼女のことを思い、少なからず信用した上で、告げる。
「賊を片付け……情報を持ち帰ってくれ」
「はい」
ティアナは首肯。そこでヨルク達の話し合いが終わる。
ひとまず、これからどう動くべきかについての話し合いは終了。そこで、ティアナがヨルクへと尋ねる。
「ヨルク様、私の装備ですが……」
「ああ、それについてはサフィ王女が所持している……鎧だけだが」
「こうなることを予測していたのですか?」
ティアナはサフィに問い掛ける。すると王女は肩をすくめ、
「もし、聖騎士候補として復帰する気があるのなら――そういうつもりで用意していただけ。今回同行したのにはいくつも理由があるのだけれど……あなたのことも、その理由の一つだったの」
「そう、ですか」
「その表情だと、私の望んだ解答は得られそうにないかな……ま、いいわ。ひとまずこの話は置いておく。それで装備についてだけど、剣だけはティアナが所持していたはず。だからここには――」
「武器はどのようなものでも構いません。騎士団が使っている物ならば私も使用経験があるので、できればそれで――」
ティアナ達の会話が始まる。そうした中、フレイラがユティスに近寄る。
「ユティス、ちょっといい?」
「どうした?」
「懸念を、一つ」
そこでフレイラは小声となる。
「正直、彼女が裏切ったらどうにもできないと思う……悔しいけど、実力は彼女の方が上みたいだし」
苦笑交じりに彼女は言う。
「けど、何か変な行動をするかどうかを見張るくらいのことはしないと」
「そのために?」
「もちろん情報を手に入れるのが第一だよ……ユティス」
フレイラはユティスに視線を送り、告げる。
「首謀者はなんとなく想像つくけれど、彼らがここでボロを出すとは思えない……でも、こうして事件を仕組んで彼らは何をしたかったのかについては、解明できるようにする」
「わかった……フレイラ、頼む」
「任せて」
フレイラが言い――やがてヨルクが動くよう指示を出す。それと共に、騎士や勇者。さらにユティス達も行動を開始した。