力の源泉
馬車に戻りフレイラ自身、なぜこうまでしてユティスに肩入れするのか疑問に思わないでもなかったが、少しして計画に協力してくれた恩義的なものだろうと適当に考える。
加え少しばかり思考してみると――実の所『創生』の力を持つユティス自身を多少なりとも評価している、ということに気付き、
(おそらく、ああした能力を持っている人物を私自身が見つけ出したため、当人を侮蔑されるのが嫌なんだろう)
などと思い始めた。それは自慢の家臣を馬鹿にされた時のような感情に近く――同時に、フレイラはユティスを家臣と同じような考えで見ていることに気付き、反省する。
(ま、どちらにせよ……式典に出席するために出てくる障害はできるだけ排除しておくべき)
フレイラは気を取り直し胸中で断じた時、城門前に辿り着いた。
街と城の間には深く長い堀が存在し、城には正門へと通じる幅広の跳ね橋が唯一の道となっている。現在橋は下ろされ、城門付近では油断なく周囲を監視する見張りの兵士がいる。
「……しかし、本当に良かったのですか?」
ふいに、ユティスの横にいるセルナが声を上げた。
「ベルガ様に干渉されること自体、リスクがあると思うのですが」
「あの門前に来てしまったのが運の尽きね。私達の関係を知ってしまった以上、下手をすると式典の妨害をしてくるかもしれないし、ここは一定の決着をつけておいた方が良いはず」
「……大丈夫、なんだよね?」
ユティスが確認。それにフレイラは首を傾げ、
「私が勝てるのかという問い掛け? それとも、今回の件を無難に収めることができるのかという質問?」
「両方」
即答したユティスは、難しい顔をした。
「ベルガは結構執念深いし……もてはやされて自信が肥大しているのはあると思うけど……そうであっても、実力はかなりのものだよ」
「問題ないよ」
不安を払しょくするようにフレイラは語る。一方のユティスは不安な表情を見せたままであったが、それ以上口を挟む気はなくなったのか無言となった。
(ま……この辺りで実力を示しておいて損はないか)
そうフレイラが考えた時――馬車は門を超え、城内へと入る。真正面には玉座へと到達する大きい門があったが、現在は固く閉ざされ、ラシェンの誘導に従い左方向へ進む。
そこからさらに道なりに馬車を進め――やがて、訓練場に辿り着いた。現在は閑散としており人の姿は見えない。
「到着だ」
外からラシェンの声が聞こえる。直後、前を走っていた馬車からベルガが颯爽と降り、次いでフレイラが馬車から降りる。
ユティスを含めた他の面々が続いた時、ラシェンはフレイラとベルガを見回し、まずは空を指差した。茜色に染まろうとしている。
「それほど時間もないようだから、一本勝負としよう」
「構いませんよ」
ベルガは承諾した後、足を動かす。フレイラもまた彼に従うように訓練場へ移動し、その後方をユティス達が追随。
やがてフレイラ達が向かい合った時、ラシェンは審判を請け負うのか二人の左側中央に立ち、両腕を左右に広げた。
「私としては、こういう形で勝負を決め、明日の式典に禍根を残さないようにしてもらいたい……では、双方」
呼び掛けた瞬間、フレイラとベルガは同時に腰の剣を抜く。
「……他に装備は必要ないの?」
フレイラが確認のために問うと、ベルガは嘲笑に近い声を上げた。
「はっ……そんなもの、必要ない」
「……そう」
フレイラはそこで不敵な笑みを浮かべる。次いでラシェンは体勢が整ったと判断したか、
「――始め!」
声が訓練場に響き、決闘が始まった。
刹那、先手を打ったのはフレイラ。疾風の如き速さで間合いを詰めると同時に、横薙ぎ。それをベルガは真正面から剣で受ける。
間近で観察してみれば、彼の握る刀身には複雑かつ精巧な青い不可思議な紋様が刻まれている――これは『武装式』の特徴とも呼べるもの。装備する武具に力を付与し、さらに自身の魔力を込めることで威力を増強する、というものだ。
費用はかかるが現状騎士達が使用する魔法技術として最も一般的なもの。そして刀身に存在する紋様は、あるひと手間を加えるさらに効力が上がる。
「その紋様、あなたが彫ったものでよいの?」
鍔迫り合いをしながらフレイラは尋ねる。対するベルガは眉をひそめ――おそらく押し返そうとしてもできないことを訝しみ――返答した。
「当然だろう?」
「なるほど……噂通り技術はそれなりで、腕も立つと」
「ふん……」
フレイラの言動にベルガはどこか苛立った様子を見せつつも、押し返した。数歩後退したフレイラに対し、彼はすぐさま攻勢をかける。
鋭い剣戟だったが、フレイラは難なく対応し受け流す。続けざまに放たれた彼の剣もその全てが同じ結末を辿り――ベルガは、僅かながら警戒を抱いた様子。
「なるほど、貴様も口だけではないようだ」
同時に放たれた言葉と共に、ベルガはさらに攻勢に出る。けれどフレイラは動じなかった。刺突を体を捻って避け、横薙ぎを弾き、さらに振り下ろしを勢いよく防いで逆に押し返す。
「くうっ!?」
そこでとうとうベルガが声を上げた。立て続けに放った剣を全て防がれるだけでなく、逆に押されたためか顔を軋ませる。
加え瞳には、明らかな疑義が宿る――フレイラは即座に、その意図を察した。
(こっちの能力が気になっているようね……手の内を明かすつもりはないけれど)
フレイラは胸中で断じつつ反撃に出た。ベルガはそれを上手く捌いて見せるのだが、先ほど押し返されたことを危惧してか、後退を始める。
そこに至り、顔には焦りさえ見え始めた。なぜ倒れない――そういう言葉が出そうな顔つき。
(今まで『武装式』の能力に任せていれば勝てていたということかな)
フレイラはベルガの心境を読むように心の中で呟いた。
彼の持つ『武装式』の威力は確かに中々のものであり、だからこそ一目置かれもてはやされてきた。剣術的な技量的で同クラスの使い手だったとしても、武具の力により押し切ることができたのだろう。
しかし、今回は違う。
さらに攻勢を加えると、ベルガの視線が揺らぐ。攻めあぐねている様子なのだとフレイラは理解すると共に――大振りの一撃を仕掛けた。
勢いよく放たれた斬撃に、ベルガはすぐさま応じる。けれどそれはあくまで刃を防いだだけであって、反動を殺すことはできなかった。
次の瞬間、ベルガの体が僅かに浮く。
「ぐっ!?」
「何――!?」
ベルガは呻き、ラシェンが驚嘆の声を上げ――その間にフレイラが振り抜く。剣閃が彼の体を弾き飛ばし、ユティスからも驚きの声が生じた。
しかしベルガは転倒などせずに地面に足が接地した――が、衝撃が残り僅かによろけた。
そこを、フレイラは見逃さなかった。
「――はあっ!」
フレイラは再度間合いを詰め、一撃を放つ。狙いは胸部だったが、決まる寸前にベルガは体勢を立て直し防いだ。先ほどのように体が浮くような結果にはならず、今度は耐え切る。
ベルガの顔にも余裕が生まれた。どうにか耐え切れたという喜悦に近い表情も生じ、反撃に移ろうとした。
それこそ、フレイラが望むことだった。全身に――特に『目』に力を入れ、
「――やっ!」
フレイラは動いた。剣をかざし攻撃しようとしたその瞬間を狙い、これまでとは異なる速度の剣戟を、ベルガに見舞った。
彼が気付いたのは、剣が間近にやって来た時。慌てて防御に移ろうとしたが、力を入れる前にフレイラの剣が、ベルガの握る剣の根元へ正確に衝突。そして、
彼の剣が、宙を舞った。
「っ――!!」
驚愕するベルガ。次いでフレイラが彼の首筋に剣をかざし、
「私の勝ちね」
端的な物言いと共に、剣が地面へと落ちた。当の相手は剣を眺め、そしてフレイラへと目を向け、
「約束通り、ユティスを邪険に扱わないように」
フレイラの言葉。声音がひどく淡々としたものであったためなのか、ベルガは多少ながら身震いし――慌てて首筋の剣から離れると、落ちた武器を手早く広う。
「ふ、ふんっ! これで終わりだと思うなよ!」
なおかつ捨て台詞さえ残し、彼は自身の馬車へと向かった。
それを見送るフレイラを含めた一同。そして車輪の音が周囲に響き始めた時、
「……とりあえず、こんなところですか」
小さく息をつき、フレイラは剣を鞘にしまった。
「ただまあ、本当に約束を果たすかどうかは別問題――」
「そこは私が保証しよう」
ラシェンが述べる。フレイラが視線を移すと、嬉々とした表情を浮かべた彼がいた。
「いやはや、どの程度戦えるのか少し不安だったのだが……噂通りの実力者だったというわけか」
「その口上だと、剣を振り回す暴れ者と認知されているご様子ですね」
「暴れ者、か……確かに素人目から見れば、剣を握る輩なんて全部同じに見えるかもしれないな。しかし――」
と、ラシェンは口元に手を当て、優しい目をフレイラに送る。
「中々どうして良い『目』を持っている……加え、強力な術式を組んでいるな」
(今の攻防で、わかったのか……)
フレイラは内心舌を巻く。手の内を見せるつもりは無かったのだが、目の前にいる相手は、公爵でありながら相当な実力者だということか。
能力は大筋で二つ。一つは魔力の感知能力。特に『目』を重点的に訓練した結果、彼女は目で相手の魔力の多寡をある程度判別できるようになった。手練れであれば魔力を隠し判別することなどできなくなるわけだが、ベルガくらいの力量であれば通用する。
それらを用いてフレイラはベルガの体に眠る魔力に加え、抜剣した瞬間彼の握る剣の魔力量を把握した。それを見て十分勝てると思ったため、冷静に勝負することができた。
「そして、ベルガを押し返した力……もし良ければ、その能力の源泉を見せてもらえないか?」
問うラシェン。それにフレイラはユティス達を一瞥。
「……構いません」
(まあ、いずれわかることか)
どこかあきらめたかような声音と共に、フレイラは左腕で右の袖をまくった。そこには、
「――っ!」
セルナが驚く姿を、フレイラは見逃さなかった。
「ほう、やはりか」
対するラシェンは理解していたのかそんな風に呟く――フレイラの右腕には、ベルガが持っていた剣のような紋様が、赤色で刻まれていた。
これが、二つ目の能力。
「君は『強化式』の使い手というわけだ……昨今身体的なリスクを考えそれを採用する者は少なくなったが……これを選んだ理由はあるのか?」
「身体強化を優先させた結果です……特段理由はありません」
そう語り笑みを見せたフレイラ。だがラシェンは何かしら思うことがあるのか、小さく含みを持たせた笑みを浮かべ、
「そうか」
とだけ呟き、引き下がった。
「解説してもらってすまないな……では解決もしたことだし、城の中に入ろう」
「ありがとうございます」
「それとユティス君の件については、私も多少ながら協力しよう」
――フレイラは一瞬、そこまでする必要は、と応じようとした。けれど同時に、下手に断っても怪しまれるのでは――そんな風に思い、
「はい、お願いします」
微笑を浮かべ、フレイラはそう回答した。