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門出

 3月下旬の札幌はまだ寒く、しかも新しく買ったBBクリームが合わず肌が爛れてしまった。そんな新しい門出の日はひどく憂鬱だった。

後期の大学試験になんとか合格し、あれよあれよといううちに選んだ学生会館はひどくぼろ臭く、入る前からカビ臭い気がしてならなかった。私はひどく憂鬱だった。

「お母さん、肌が痒い。痛い」

爛れた肌を見られるのが恥ずかしいためにしたマスクの上から肌をさする。母はこちらを見ることもなく「しょうがないでしょ」と言いながら、会館の受付書にサインをしている。

「テスター試さなかったの?いつもは試すじゃないの」

「いいと思ったんだもん。泡で出てくるっていうのが気になったの」

「あそこのは強いからね……」

まあ、しかたがないといった表情で母は館内へと入っていった。両手に抱える荷物が重くて、私の肌のことなど構ってはいられないようだ。若干の不満を抱えながらも、私も館内へと入っていった。外はひどく寒いのだ。


「いらっしゃい。初めまして、職員の牧野といいます。これから快適な生活のために出来る限りのサポートをさせていただきます。よろしくね」

なんとも古臭い館内には似つかわしくない綺麗な女性だった。華奢な体に小さい顔。その顔の中で主張する大きな目。優しそうな雰囲気にほっとしたが、年季の入った壁に囲まれた室内ではやはり浮いていた。

「後程館内の決まり等、詳細を説明させていただきます。ですが、まずは片付けもあるでしょうから、お部屋に案内しますね。都合のいいときにでも一階のロビーにお越しください。その時にご説明しますね」

パンフレット等はお部屋にある机の引き出しに入っていますと言いながら、入り口近くのエレベーターのボタンを押してくれた。

実を言うと、慌ただしく田舎から札幌に行き私も母もへとへとだったので、その申し出をありがたく受けた。早く一端腰を落ち着かせて、来る途中にコンビニで買った缶コーヒーを飲みたかった。



 私の新しい部屋はエレベーターのすぐ右隣にあった。斜め前が共同のトイレで、エレベーターを挟んだ左側がこれまた共同の洗面台だった。

「ここの部屋は西日が入りやすいですから、日中は気持ちのいい日差しが入ると思いますよ。3階は結構人気なんですが、今年は入館者が少なくて空いていたんです」

ベージュ色の扉を前に、牧野さんが言った。すると母が「電子レンジは2階にしか無いのですか?」と聞いたら、そうなんですと少し残念そうに答えた。

「全階に置きたいのですが、今は1階の食堂と2階のキッチンの分しかないんです。でも、コンロとオーブントースターは全階に置いてあります。ヤカンや鍋などの最低限の調理器具はあるので、お昼ご飯を自分で作る学生さんも多いんです」

そうなんですかと、少し驚いたように母が答える。というのもここに来る前の母は、会館の施設に関して大して期待していなかったからだ。それは私も同じで、牧野さんの話を聞き、少し関心してしまった。

「ここが三島さんのお部屋です。5畳の部屋二つ付きのDタイプの部屋でしたね。荷物は奥の部屋に置いてあります。一応掃除はしてありますが、片付けのときにゴミは出るでしょう。一階のロビーの横に貸し出し用の掃除機がありますから、一声かけてからご自由に使用してください」

それでは失礼しますと言いながらゆっくりと扉を閉め、牧野さんは出て行った。ようやっとという思いで少し息を吐く。

「優しそうな人でよかったね」

両手に抱えた荷物を降ろしながら、母も息を吐いた。相当荷物が重かったらしい。私も荷物をに降ろし、床に腰を下ろした。

「うん、美人だった」

「そう、美人だった。あんなお人形さんみたいな人もいるものね」

うちにないない顔だわと言いながら、部屋をきょろきょろと見渡している。

5畳の部屋二つ付きとあって思ったよりも大分広かった。最初は一番安い5畳一部屋の予定だったが、父に土下座して変えて貰ったのだ。今いる部屋には勉強机が一つ、奥の部屋にはベッドとクローゼットが置いてあった。備え付の家具だ。

「海、ほらコーヒー飲みなさい。のど乾いたでしょう?」

周りを見渡していたら、母が缶コーヒーを差し出してくれた。そうだ、早くこれが飲みたかったのだ。大好きなカフェラテだ。

「ありがとう。片づけはこれ飲んでからゆっくりしようね」

「そうね。取りあえず、お母さんの布団をひけるくらいには片付けましょう」

まずは休息をと缶コーヒーを開ける。母が乾杯と、私にコーヒーを差し出してきたので自分のコーヒーの缶を軽くぶつけた。コンッという音が私の新しい生活の合図のようだった。

 







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