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掌編集(四千字内作品)

赤ちゃんと僕

作者: 汁茶

 公園の林の中で赤ちゃんを見つけた。

 そう言うと犯罪の臭いを感じる人がいるかもしれない。誘拐とか育児放棄を思い浮かべ不安な気持ちになる人がいるだろう。

 でも、人間の赤ちゃんではないと知れば、ホッと胸を撫で下ろすに違いない。たとえ誘拐とか育児放棄が係わっていたとしてもだ。

 人間とそうでないものに対して人間の反応は異なる。

 子どもが犬や猫の赤ちゃんを家に持ち帰った時に示す世の親たちの反応は『まあ、可愛い。でも、世話が大変だし、部屋の中で飼えば汚れるし、泣き声だって近所迷惑だし飼うわけにはいかないわ。残念だけど元の場所に戻してきなさい』といったところだろう。同情と非情がせめぎ合い、多くの場合、非情が勝つ。戻した後のことなどあえて考えない。

 僕も同情と非情の葛藤の末――決断まで三秒もかからなかったが――赤ちゃんを家に連れて行かないことにした。

 なんせその赤ちゃんは人間ではないし、犬猫でもない。だいたい地球上の生き物かどうかも分からないのだ。家に連れ帰ってもどのような扱いを受けるか想像しかねた。

 赤ちゃんは緑色の肌をしている。まあ、その程度なら爬虫類にも似たようなのがいる。

 赤ちゃんは四十センチくらいの卵のような丸っこい身体をしている。まあ、ミジンコとか微生物にはよくある体型だ。

 赤ちゃんは身体の真ん中辺りから三本の手、いや人間の腕のようなものを生やしている。まあ、奇形児ならば三本の手足ということも有り得る。

 赤ちゃんは身体の上のほうに大きな口らしきものを持ち、下のほうに眼らしきものを四つ持っている。身体の上下がよく分からないが口がある方を上、眼がある方を下とする。眼を持つ生物で口との距離がこんなに離れている生き物はちょっと記憶にない。

 図鑑を調べても赤ちゃんに該当する、近い生き物は見つからなかった。

 では、僕は何を持ってこの生き物かどうかも分からない物体を赤ちゃんと呼んでいるのか? 答えは簡単でそいつは、

『アババー、アバババー、アババー』

 としゃがれた声で鳴くからだ。なんとも愛嬌のある鳴き声ではないか。

 僕はこの奇妙な赤ちゃんが気に入って、林の中でこっそり飼うことにした。



 ○月○日 晴れ 一日目


 赤ちゃんの観察記録をつけるべく日記帳を買う。

 この奇妙な生き物は非常に興味深い。何故ここにいるのだろう? 何を食べるのだろう? どのような構造になっているのだろう? 様々な疑問が湧いてくる。

 解剖してみたいところだが、それは死んでからでも遅くない。生態を観察するには生かしておいた方が得策だ。

 さしあたっては食べ物だ。そもそも食べ物は必要なのかという疑問もあるが、猫缶と牛乳を用意した。

 猫缶と牛乳を皿に空ける。

 赤ちゃんは下部にある四つの眼でジロジロと皿を見る。僕の方をちらっと向いたので僕が頷いてみせる。すると真ん中から生えている三つの腕の二つを地面につき、残る一つの手で皿を上部の口に運び、皿ごと呑み込んだ。咀嚼運動も無く丸呑みだ。

 ジロッと四つの眼で僕を見上げると「アババー、アバババー」とどこか嬉しそうに鳴いた。

 赤ちゃんは雑食のようだ。



 ○月△日 曇り 四日目


 赤ちゃんを飼い始めて四日目。

 猫缶、犬缶、消費期限切れの食パン、腐りかけの野菜類、赤ちゃんは何でも食べた。生物も無生物もお構いなし。生きたままの昆虫、そこら辺から引き千切ってきた草花、石ころ、プラスチック、僕が差し出したものは拒絶することなく食べた。「食べた」よりは「呑んだ」の方が適切か。

 見たところ健康状態に異常は無い。まあ正常な状態がどういうものかも知らないが。

 腕を動かし動き回れるにも係わらず赤ちゃんはここから移動しようとはしない。自分から餌を取りに行く捕食行動は今のところ見られない。僕が来るのをずっと待っているようだ。なんて可愛いやつだろう。



 ○月□日 曇り 六日目


 発見したときよりも身体が一回りほど大きくなっている。現在の体高は六十センチぐらいだろうか。成長速度が早い生き物のようだ。

 そう言えば排泄しているところを見たことが無い。すべて消化しきっているのだろうか。

 食事に関してコミュニケーションが取れているように思う。芸を仕込む事も可能なのではないかと思い、ボールとフリスビーを用意する。

 誰もいない時を見計らって広場に連れて行き、赤ちゃんに向かってボールを投げる。

「アババー」と言ってボールをキャッチしたかと思うと呑んでしまった。フリスビーも同様だ。

 赤ちゃんは食べる事以外への興味は無さそうだ。遊びをするには知性が足らないのだろうか。



 ○月■日 雨 八日目


 雨の中、赤ちゃんの観察に行った。

 赤ちゃんは空に向かって口をいっぱいに広げ、雨を呑み続けていた。何時間もずっとだ。

 僕は少々どころではなく退屈になってきた。

 無駄だと思いつつも赤ちゃんに話しかけてみた。

「なあ」

「アババ?」

 返事……なのか? やや語尾が上がったように感じた。

「お前ってずっとそうやってて退屈じゃないのか?」

「アバババ」

「食事をする以外には何かないのか?」

「アバババーアババ」

「お前って眠らないのか?」

「アバババ」

「なあ、ここに来る前はどうしていたんだ?」

「アバーババ」

 何を言っているのかさっぱり分からない。そもそも会話が成り立っているのかどうか。

「……バーカ」

「アバババ……」

 ちょっと悲しげ?

「お前って結構個性的だよな」

「アババ!」

 どういう意味に取ったのだろう。なんだか嬉しそうだ。

「明日も雨かなあ」

「アバババ……?」

「明日は何を食べたい?」

「アババ! アバババ!」

「鶏肉? 生きた兎? それより壊れた電化製品とかの方がいいか?」

「アバババババ!!」

 うん、やっぱり何言っているかさっぱり分からない。

 こうやって人は意味の無いことにも意味を見出すのだ。



 △月☆日 晴れ 十二日目


 赤ちゃんはこの数日で大きく成長し、二メートルほどになっている。この前の雨で水ぶくれでもしたのだろうか。食べれば食べるほど乗数的に大きくなる。いったいどこまで大きくなるのだろう。

 さし当たっての問題はこの林の中で飼い続けるのはそろそろ難しくなってきたことだ。

 食事の量も増えている。鳴き声も周囲に聞こえるくらいに大きくなりつつある。

 僕よりも大きくなってしまった以上、『赤ちゃん』という呼称は相応しいものではないかもしれない。いつまでも赤ちゃんというわけではないのだ。

 僕は別れの時が近づいていることを感じていた。



 △月?日


 その日、僕はいつもと同じ様に赤ちゃんを見舞いに行った。

「アババーバ! アババーッ!」

 赤ちゃんは五メートルを大きく超え、手当たり次第に物を掴み口に放り込んでいた。

 それまで周囲から赤ちゃんの姿を隠していた木々も引っこ抜かれ、土までも喰らっていた。

 赤ちゃんは子犬(近所から攫ってきた)を持つ僕の姿を見つけて、器用に腕を動かし近づいて来るやいなや、子犬を差し出した僕ごと掴んで口の中に放り込んだ。

 僕は赤ちゃんの体内の中へと落ちていった。

 不思議と赤ちゃんを恨む気持ちは起こらなかった。

 もしかしてこれが親の愛というものなのだろうか?

 いや……たぶん恨みよりももっと……。

「ああ、そう言えば別の生物に育てさせる生物がいたなあ。カッコウがそうだっけ? でも育ての親まで食べる生物はいたようないなかったような。この体の中って一遍調べてみたかったんだよなあ。消化器官はどうなっているのだろう?」なんて好奇心が勝っていたんだと思う。







 気がつくと僕は自分の部屋の机の上に突っ伏していた。

 あれは夢だったのだろうか? 頭を振って考える。

 そんな僕の疑問に答えるように、机の上に一冊のノートがあった。『赤ちゃんと僕』と題されたあの育児日記だ。

 日付は、あの食べられた日の前日で終わっていた。


 赤ちゃんと出会う前と何一つ変わらない世界がある。けれど、猫缶やら石ころやらボール、フリスビーといった赤ちゃんと出会わなければ持っていなかったはずのものもあった。

 もし、あれがが夢ではないとしたら――

 この世界はあの赤ちゃんの腹の中なのだ。

 世界は赤ちゃんに呑み込まれてしまったのだ。生きたまま、あるべき姿のまま、そっくりそのままに。

 宇宙が膨張しているのだって、あいつがまだまだ元の世界を呑み込み続けているからじゃないだろうか。

 だが人に話したところで信じてもらえないだろう。面白いお話ね、といった反応しか返ってこないに違いない。

 それならば、と僕はその育児日記を基に小説を書くことにした。僕自身あの赤ちゃんとの思い出を忘れないためにも。

 書きかけの最後の日を書き入れる。

 そうだ。まだ赤ちゃんに名前を付けていなかったっけ。小説のタイトルに使ってみよう。


 僕はその小説のタイトルを『アバどんと僕』と名づけた。



 ※作者註 「アバドン」なんて知らねえよという方に。


 アバドン(Abaddon)とは、『ヨハネの黙示録』に登場する奈落の王で、ヘブライ語で「破壊の場」「滅ぼす者」「奈落の底」を意味する。日本語では「アバドーン」とも表記される。一般的には悪魔としてのイメージが強くサタン、サマエルと同一視されることもある。また悪魔の支配階級としてではなく、底無しの穴、深淵などの同義語として使用されることもある。(ウィキペディアより)


 オチは単なるだじゃれです。容姿の描写はテキトーです。やっといて何ですが、ごめんなさい。

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