第三幕(4)
施設を脱出して一週間。だるさも取れ、記憶障害の心配もほぼなくなった。遅れてはいるものの、ジルも俺の後を追うように回復してきている。
「体調がいいようでしたら、私の仕事を手伝ってください」
クラウスに呼ばれた。二階の廊下の突き当たり、未だ入ったことのないドアの先に誘われる。
「うわぁ」
そこは図書室……いや、図書館と言ってもいい規模だ。蔵書を傷めないためか、ほとんど窓のない薄暗い空間に、大きな本棚が何処までも並んでいる。
「元々この屋敷は、大変な本の収集家だった先代が、増え過ぎた本を収容するためだけに建てたのだそうです。フレッドは屋敷のシンプルな造りを気に入って、すっかり住み着いていますが」
クラウスが一冊を手に取って、息を吹きかける。ぶわっと大量のホコリが舞った。
「本当は蔵書の目録を作るのも私の仕事なのです。しかし、他に次々と仕事が降ってくるもので、中々手をつけられなくて。ロイ、あなたは読み書きができるのでしょう? 今朝も新聞を読んでいましたし」
言われてみれば、そうだ。いつ習ったか分からないが、読み書きで困ることはない。
「ぜひ目録作成の手伝いをお願いします。ここの掃除をしたり本棚の整理をしたりすれば、運動不足も少しは解消できますからね」
まずは掃除から、と様々な掃除道具を押しつけて、クラウスはその他もろもろの仕事に戻って行った。
「……よし!」
ハンカチで口元を覆って、手近な本棚からはたきがけを始めた。始めは張り切ってパタパタやっていたけれど--。
「はぁ……」
すぐに失速。この図書室、広過ぎる。
ふと、本棚にあるひときわ分厚い本のタイトルに目を引かれた。
「悪魔大全?」
ジルの背中にあるのは、悪魔召喚の儀式に使う印だとクラウスが言っていた。もしかしたら、この本に載っているのではないだろうか。
窓際に陣取って本を開いた。恐ろしい悪魔の姿や妖しげな紋様の挿絵があちこちに配置され、隙間に小さな文字がぎっしり詰め込まれている。
「えっと」
紋様に焦点を絞ってページを繰る。本の中盤に差し掛かったところで、ようやくその紋様にたどり着いた。
「ナザ……ラ、エル?」
飾り文字で綴られた悪魔の名前を指でなぞる。
「調子はいかがですか?」
「わぁあ!?」
急に後ろから声をかけられて飛び上がった。近づくクラウスの気配にも気づかないほど、本に集中していたらしい。
「何を読んでいるんです?」
「あ、悪魔大全です。ジルの背中の刺青が載ってないかと思って」
クラウスは身をかがめて、俺の手元を覗き込んだ。
「確かにこの紋様でしたね。ナザラエル……聞いたことがないな」
「……あ!?」
クラウスはヒョイと本を取り上げて小脇に抱えた。
「とにかく食事の時間です。食事の後は、掃除も頑張ってくださいよ」
……食事の後も手伝いは続くのか。はぁ。




