7話 空狐-グラン・フォックス-
ユウは宋狐、天狐を倒し確実に九尾へと近づいていた。たった一人で、一歩一歩前に進んでいた。しかし、ユウは少し物寂しく思っていたのだ。そんなところに、アイツらが現れた。
「幽真様、遅れて申しわけありません」
「ユウ、力を貸すわ」
現れたのは水呂狗とサユリだった。二人とも、隣極寺の一件でいろいろ手助けしてくれた優しい心の持ち主である。とくに、サユリはイベントまでやってのけサービス精神旺盛だ。
「成程、宋狐と天狐が立ちはだかったという事は次は恐らく・・・」
「空狐だろ、順番的に考えて」
空狐は三千歳を超える、年老いたというレベルを明らかに飛び越えているくらい長生きした狐の事である。基本は大人しいそうだが、九尾復活で過激化する恐れがあった。
しかし、三千歳を超える狐など現代にはいない。明治に流行った狐狩りで狐達は、多くの命を散らせたのだ。
「おやおや、空狐がこの世にいないとほざくか・・・。我が居るぞえ、この『蝦夷のお心』がなぁ」
「どこから・・・?」
その声が終わると同時に、四方から禍々しい邪気が噴き出す。三人はバラバラに分かれて、この攻撃をかわした。
「妖術『鬼枝乱れ』、妖術『黒円陣』」
周りの木々が枝を伸ばし、三人に襲い掛かった。更に地面には黒い円陣が輝き、その円から黒い炎が発射される。
「くそったれ!」
ユウは銃を撃ち、その炎を消滅させた。しかし、サユリは蠢く木の枝の一本に足をとられてしまう。
水呂狗は一目散にサユリの元へ向かい、右手から出した水の刃で枝を叩ききった。
「空狐のヤツ、千里眼と順風耳を使って見えねぇ所から攻撃してやがる・・・」
「でも変だわ。狐なら狐妖術を最初に出すのが、一般的で確実に仕留められるのに」
「恐らく妖術の使用代償でしょう、前の妖術はどれも第一級の妖術です。膨大な力の代償で、狐妖術が一切使えないのだと思います」
話し終えると次の攻撃が、再び三人を襲った。今度は土石流のような、巨大な土の波が押し寄せてくるのだった。
「二人とも、下がってろ。そんでもって、準備を頼む」
土の波は三人にどんどん近づき、遂に距離は一メートルをきった。しかし、ユウはまだ撃たない。真下の地面が抉り出そうとも、ユウは構えたまま動かなかった。そして。
「今です、準備できました!!」
「よしっ!二人とも伏せてろ、いくぜ!!」
銃声が二回聞こえた後、土の波は跡形も無く消え去った。サユリはユウの指示で準備した、ある妖術を使用した。
「天の神の眼を、我の左目に。全ての大地を見透かし、想い人を見つけさせ給え」
「『下見眼の術』か、第二級の探索系妖術じゃねーか」
ユウはサユリの秘めた力を見て、感心した。サユリはすぐに、空狐の居場所を発見できた。
「いたわよ、西の方角で距離およそ十二キロの場所!」
「では私の術で、射抜いて見せましょう」
水呂狗は持っていた弓を横に持ち、構える。すると弓の前に丸い水の塊が浮かび上がった。
「妖術『水尖波』!」
水の妖怪河童である水呂狗の水の妖術は、西に向かって一直線に放たれた。しかし、ココで問題が起こってしまった。放った妖術の行き先が、人間たちの住む街なのだ。気付いたのはその一撃が、街に到達してしまった後のことだった。
「ど、どうしましょう・・・」
「気にしたら負けだ、責任なんかとれねーんだから」
三人はなかった事にして、戦闘を続行する事を決めた。
「クハハ、我はソナタらの後ろに居る。振り向けば死ぬぞえ~」
三人の背後に、とてつもない狂気が立ち込める。後ろの声の主は冗談でも何でもなく、三人の首を狙っている。
「そんじゃ拝むぜ、その空狐さんのお顔」
ユウはノールックで背後の敵を撃った。敵はヒラリとかわし、三人の目の前に姿を見せた。
「な・・・」
「クハハ、驚きじゃろうな~。我は三千歳の割りにあまりに若すぎる、彼是二千年以上はこの姿ぞえ」
そこに立っていたのは、十二単を着ている十八くらいの女性だった。変化の術だろう、三人はそう確信した。
「ほう、ソナタら変化の術かと思っておるのか・・・。我はそんなちゃちな術なんぞ使わん、これでも禁術を多少使える身じゃからの。クハハ、あの時『人食らいの術』で体を盗んでよかったぞえ」
『人食らいの術』とは、妖怪の妖術の中では忌むべき術である禁術の一つだ。人間にしか効果が無いのだが、成功すれば体だけでなくその人間の人生やその人間が得るはずのもの全てを独占できる。当然ながら、術の犠牲になった人間は死ぬ。この術を受ければ、どのような善人でも地獄に落ちてしまうといわれている。
「他人の体で自慢なんて・・・、ふざけてるにも程があるわ」
サユリは空狐を罵倒し、攻撃をしかけた。サユリは水の妖怪、水の妖術を得意としている。
「妖術『爆裂泡の術』!」
サユリの口から、小さな泡が断続的に発射される。その泡は物体に触れると次々に爆発していった。
「まだまだ!妖術『痺れ霧の術』!」
サユリの攻撃は終わりを見せない。妖術に次ぐ妖術で、空狐を追い詰めていく。
だが、追い詰めていると思いきや追い詰められていたのは彼女のほうだった。
「クハハ。女よ、ソナタ生まれたばかりじゃろ?生まれたてとはいえココまでの実力を誇るとは女の妖怪として感心する。しかし場数が足らんな。ただ術を相手に撃てば勝てるなんて思うとる時点で、ソナタは死んだも同然じゃ」
空狐はサユリの攻撃を、実に鮮やかにかわしていた。サユリの術が杜撰だったからではない。単に実力が違っていただけだ。サユリはその事を、心の底から痛感した。
「まずは一人、潰しておこうかえ」
「あっ・・・」
サユリはその場を動けない。空狐の右手が、少女の首を掴んで締め上げた。
ギリギリ、ギリギリ、ギリギリと、命が壊れる音が全体に響き渡る。サユリも最初は抵抗したが、完全に力負けし両手がだらりと下がった。
「クハハ、薄情者共め。女子の死を前に、奮起せずに逃げよったか」
空狐は千里眼を使って、二人を追跡した。
二人はとにかく駆け回っていた。サユリを見捨てたわけではない。実はサユリの命は費えていなかったのだ。それが解ったのは、サユリが合図を送ったからだった。
サユリは空狐に首を絞められ両手をだらりと下げる直前に、ピースしたのだ。自分は無事だと、思いっきり闘えと男二人に告げたのだった。
「ユウ様、前のサユリ様の合図を受け取ってこのような行動をとっているのでしょう?」
「さ~て、どうだかね~。あの空狐は今までの狐より、もしかしたら九尾以上の敵かもしんないぜ」
二人は作戦が思いつかずじまい、オマケにユウは人間で妖術のよの字も使えない。ユウは人間である事を、これ程まで後悔した事はないだろう。
「お、そうだそうだ。この手があるじゃねぇかよ、耳貸してくれ」
「な、何ですか?」
ユウはふとある事を思いついた。水呂狗はその内容を聞いて、「おお!」と納得したがすぐにそれが後悔と無念に変わってしまう。
「クハハ、覚悟を決め戻ってきたか。よかろう、我が跡形も無く殺してくれる!」
ユウは空狐の前に立ち、挑発する。案の定、空狐は妖術を放ってきた。
「うおおっ!」
ユウは完全にかわしたが、妖術の衝撃を体に受けてしまった。ユウはそのまま、地面を転がっていく。しかし、空狐の妖術はまだ発動し続けている。
「かわせねぇか、後五発!」
ユウは妖術を銃弾で打ち消した。そのまま地面を転がって、物陰に身を潜めた。
空狐は見失い、次の標的を見つけた。
「今度は貴様じゃ!」
「おお、来たな・・・」
水呂狗は攻撃をよけ、ユウと同様に物陰に身を隠す。
空狐は痺れをきらして、大技を周囲に放つ。妖術の中でもトップレベルの破壊力をもつ、雷の妖術『豪光斬』である。半径5キロに存在する全てを、雷撃と電熱で容赦なく葬る。
二人は出るに出られず、作戦を進める事ができずにいる。その意味は死以外にない。
「ぐあああああああっっ!!」「ぬおおおお・・・!」
残酷で血も涙も無い光が、二人を死に追い込んだ。雷撃で宙に舞い、電熱の圧力で叩きつける。
「ぐ、くっ・・・」「うおおおおっ・・・!」
しかし、二人は死なない。この事実は、二人もすぐには受け止められなかった。
そして今度は空狐が、悲鳴をあげる。
「うあああああっ!!女、いつの間にぃい・・・!」
空狐は思わずよろけ、片膝をつく。その後ろには、肩で息をしているサユリの姿があった。
サユリは空狐が離れたと同時に、妖術の印を結び術を使う準備を整えていたのだ。
「水呂狗さん、実戦で初めて決めたよ・・・。・・・うっ、『水尖波』」
空狐はサユリの突然の復帰を予想していなかった。右腕を水の波動で、粉々に砕かれていた。
「馬鹿野郎が・・・」
「ココはどう見ても、ぼやく場面じゃないでしょう」
ユウはサユリの行動に、内心とても深い感謝を持っていた。死にかけの体で動き、妖術を放ち敵を無力化してくれたのだから。
これで空狐は印を結べず、抵抗する事も儘ならない。空狐の最期は近かった。
「これで終わりだ、空狐!」
「ひいいっ!」
空狐は叫んだ直後、三人の前から姿を消した。
「終わったわね・・・」
「コンディションを万全にしよう。何か薬買ってくるから、オマエら大人しくしてろ」
ユウは街の薬局へ走る。サユリは横になり、眠ることにした。
しかし、その眠りは妨げられてしまう。
ドオオゥン・・・!
何かが空から落ちた。人間のような、にしてはあまりにも形が整っていない。それにこの顔はどこかで見たような、サユリはそんな風に思いその落ちたものに近づき確信した。
「ああ・・・、そん・・・な・・・」
「どうしました・・・?まさか・・・」
水呂狗も異常に気付き、絶句する。そこにユウが、買い物から戻ってきた。
「な・・・!九尾のヤツ、先手を打ってきたワケか・・・」
そう、そこにいたのは九尾を唯一殺す力を持った希望の存在、シンだったのだ。
どこでどうやって殺したのか、三人には見当もつかない。
御水様のアイテムも、こうなってしまうと何の役にも立たない。
「何かも終わった、でも行くしかねぇ。二人とも、来るなら死ぬって前提で来い」
二人は無言で肯き、今、三人の戦士が歩き出す。