10話 紅き招待状ーブラッドフィンガーー
受験勉強の合間にちょいちょい出してこうと思います。
九尾を倒して以来、妖怪関連のニュースが日本中に飛び交い始めた。国や政府が今まで隠してきた不可解な事件が一斉に公に出たのだ。
そしてそれは、兄妹にとって最大の死活問題となる。本来邪悪狩り-ブラックハント-というのは、秘密裏に動き誰にも実態を知られることなく、無法者や人と妖怪のバランスを崩す者を消すのが主だ。兄妹以外にも、日本や世界に邪悪狩りは沢山いる。この日本の変化は世界中の邪悪狩りを脅かすものなのである。
「ったく、極東のガキが・・・。オレをホームレスに戻すんじゃねーよ」
インドの繁華街で一人寂しく佇んでいる青年はぼやいた。そして邪悪狩りは人間特有の仕事ではない。妖怪にも、邪悪狩りを行なっている者はいる。
「は~あ、面白くな~い・・・。人間斬りた~~~い」
極寒シベリアの奥地に住む人格破綻超絶美女妖怪は、家の床をゴロゴロしていた。
「どうやって仕事を増やそうか・・・?恐らく真当な方法じゃどこぞの同業者達に、仕事を取られる」
今の時代にはインターネットというものが在るおかげで、邪悪狩りの者達は直接現地に向かわなくても仕事をこなす事ができるようになっている。その中で最も稼いでいるのが、極東の若き英雄冬宮幽真である。
「仕方ないね、ルーマニアのボンボンに頭下げよう」
妖怪は侍女を呼び出し、この手紙をルーマニアの邪悪狩りに届けるよう命じた。
平成二十五年八月二十六日、ユウ達の死闘が繰り広げられて一週間経つ。仕事は世界中から舞い込み兄妹はてんてこ舞いだった。依頼の大半は人間からだが、およそ三割は妖怪から来ている。人間からの依頼は私利私欲のものが数多く、受けて気持ちいいものではない。そこでユウ達は、妖怪からの依頼を優先して受ける事にした。
「もしもし~、え?お断りします」
「またクソ依頼かよ、これじゃ同族嫌悪もいいトコだな」
ユウは怪訝な顔をして、ミキに言う。ミキもその意見に同感なようだ。
そこに、再び電話がかかってきた。
プルルルル・・・プルルルル・・・
その相手は、妖怪野づちだった。野づちは蛇のような妖怪で、妖怪の中ではかなり強い部類である。
その声はガタガタ震えており、ただ事でない事が感じられる。
「お、お助けください・・・。時間が、無いんです。手短に、説明しますと、山にいる仲間がボク以外全員凶暴化してるんです。今、逃げてる最中です。・・・あっ!や、やめろ・・・。ぐあっ、ううっ、がっ、あああぁ・・・アアア・・・」
電話は依頼主の断末魔が終わったと同時に切れた。
「お兄ちゃん、場所解る?」
「多分だが、長野辺りじゃねーかと思う。野づちの伝承が一番多いのはそこだ」
ミキは笛を使って、京都にいる雷獣達を呼んだ。
京都から音速で飛んできた(実際にはその三倍以上)雷獣達は、ユウとミキを乗せて目的地へと飛んでいった。そこには、得体の知れない化け物から逃げ惑う人間の姿があった。
「・・・ダメだ、完全に理性が飛んでる・・・」
その化け物は凶暴化した野づちだった。ユウの言うとおり、彼らには理性の欠片も無い。中には互いを食っている者までいる。
隣にいたミキは、もう一つの異変に気付いた。
「お兄ちゃん、なんか甘ったるい臭いがするよ・・・」
「何言ってんだ、この状況で甘い臭いなんか・・・。確かに・・・、しているな」
ユウの脳裏に、ある可能性が浮かぶ。日本にも『におい』が特徴な妖怪はいるが、外国の妖怪より遥かにマイナーである。そもそも日本妖怪の仕業なら、人間の事を僅かながらでも配慮している。しかしこの光景を見る限り、そんな配慮など微塵も無いのだ。
「コイツは多分、吸血鬼だ」
吸血鬼とは、と言っても殆どの人間なら概要程度は知っているだろう。中世ヨーロッパで黒死病が蔓延した時に広まった妖怪で、ルーマニアが発祥の地と言われている。吸血鬼は不死身で日光を浴びると消滅する等と言う俗説があるが、実際は違う。
吸血鬼は日光を浴びても死なない、どころか平然と人間に成りすまして行動できるのだ。その事実は日中にも関わらず暴れ回っている化け物共が証明している。
ユウは徐に携帯電話を取り出し、地図のアプリを開いた。
「幸いだぜ、ホームセンターが近い。いくぞミキ、このまま真っ直ぐ百メートル全力疾走だ!!」
「ちょっと、どういう・・・あっ!」
ミキは腕を掴まれ、吸血鬼が蔓延る幹線道路を走らされる。ユウは襲ってくる吸血鬼達を銃で頭を打ち抜いて、地道に倒していった。(無論、死んでいない。)
「おっ、あったあった。・・・よし、誰もいないな?ココにある『杭』、持てるだけ持ってくぞ!」
「わわわ、こんなに持てないって・・・」
ミキは杭を三つ持たされ、足がフラフラした。ユウはその倍の六個を両手で抱えた。
吸血鬼にはもう一つあまり知られていない事実がある。彼らに十字架で多少のダメージを与える事は可能だが、相当の魔力を持った聖職者でないとできない芸当である。しかし、聖職者でなくとも一般人でも吸血鬼を殺す方法は存在する。『杭』を心臓に打ち込む事、たった一つの方法だが一番確実なものだ。十八世紀初頭、イギリスで吸血鬼の大量発生という事件が起こった時には国民全員に『杭』が無償で手渡された。妖怪全般に詳しいユウには、当たり前の知識だろう。
「とりあえず、これの騒ぎの吸血鬼を探すしかねぇ。道のヤツらは全部無視だ」
「何か、意図的に囲まれてるよ・・・」
「へ・・・?」
二人の会話が終わった時には、吸血鬼達は輪を作って包囲網を完成させていた。基本彼らには意思が存在せず、集団行動などが取れるハズはない。元凶の吸血鬼が、魔術を使い操っているのだろう。
魔術と妖術は一般的に、混同される事が多い。しかしその力の源の作り方は全く違っている。妖術は自分の生まれながらに持つ『覇気』という力を、自然物(空気が一番多い)と混ぜ合わせてつくる妖気を使う事で成立するのに対し、魔術は自分で呼吸法などを変えて体のリズムを人為的に崩す事でできる魔力を
精製して使う。この二つは人間、妖怪の両種族が使う事ができる。大まかな分け方をすれば、『人間は魔術』、『妖怪は妖術』という感じになる。
「ライちゃん、ピカちゃん!」
ミキに呼ばれた雷獣達は、主の命令に忠実に従い行動を取る。ただ、『ライちゃん』と『ピカちゃん』は勘弁願いたいようだ。
「お兄ちゃんはピカちゃんに乗ってね。さぁ、走れ~~~!」
「ガオオッ!」
人間二人を乗せた二匹の光る野獣は、血を好む化け物の巣窟から一瞬で脱出した。
二人は一緒に行動した。ミキは分かれた方がいいと言ったが、この状況だ。下手に分かれて戦力を徒に減らすより、固まって動いた方が得策なのは明白だった。
そして、二人の目当てはすぐ見つかった。
「は~~~い♪マイネームイズ、『ノエル・アーバンライズ』♪ルーマニア四豪の一つ、アーバンライズの次期頭首で~~~す♪」
「アーバンライズっつったら、軍事産業でトップ独走してる会社じゃねーか・・・」
そこにいたのは、日本では確実に逮捕されるであろう官能的なファッションをしている美少女。しかし明らかに人間ではない。その少女から放たれているのは、自分達に対する異常な殺意とこの場全てを呑み込まんとする狂気だった。
「今日はね、話があってきたの♪ワタシの母国でバトルロワイヤルする事になったの、世界中にいる邪悪狩り-ブラックハント-のみんなでね♪」
ユウはその言葉をうまく呑み込めず、怪訝な顔をする。
ドスッ・・・
「うぐ・・・、この女ァ・・・」
「反射神経はそれなり♪他のヤツよりかは、楽しめそう♪」
ユウの脇腹には、ナイフが刺さっていた。ノエルはユウの一瞬見せたスキを突き、彼を戦闘不能にしてしまった。
ミキはすぐさま応急処置を施す。が、傷は深く回復は望めない。ミキは極端な妖術体質で特に回復系の妖術が得意なのだが、全て応急処置レベルである。(体が発達していないため、妖術を多く覚えることができない)
「さてと♪次は可愛いキミを試してみよう♪」
「ひっ・・・!」
ノエルは左の袖から、もう一本のナイフを取り出す。その刃は、八歳の少女に向いて鈍い光を放った。
吸血鬼が少女に刃を刺そうとしたその時、その場に甲高い音がカァンと響き渡った。
「ううっ、・・・?あれ?」
「えっ、そんな・・・。イヤイヤ、たまたま服の金属部分に当たっただけ♪今度はド真ん中に♪」
再びミキを刺そうとしたノエルのナイフは、二度目の甲高い音と共に刃が砕けた。
「妖気の暴走・・・か・・・?今回はいい意味で、働いてくれたな・・・」
「冬宮幽真」
言葉が終わらないうちにユウは、ノエルの左腕を銃で吹っ飛ばした。デスレイズの破壊力は対戦車砲の5割増しだ。
「うああっ・・・!・・・いいわよいいわよ・・・。アンタ達、これから話すルールをよく聞きなさい♪制限時間五分のスピードバトル、アンタ達が立っていられたらアンタ達の勝ちよ♪でも五分以内に決着が着いたら・・・解るよね?」
左腕を取られ、苦悶の表情をしていたノエルが口元に笑みを浮かべる。二人はすぐに戦闘態勢に入り、その時を待った。
「春風の龍『アルドラ』の爪をここに!雪原の果てにさまよう弱者を引き裂け!!」
「なにっ!?」
黒い風の塊が、ユウ達に向かってくる。彼は妹を抱え、その攻撃をかわした。直後、傷口から血が噴出した。
「お兄ちゃん!無茶しすぎだよ、今日はワタシ頑張るから!」
ミキは兄を横にさせ、目の前の悪と向き合う。ユウはそれを見て止めようとしたが、意識を失ってしまった。
「どこまでイケるかな・・・?ワタシ」
「十秒持ったら天才だよ♪」
ノエルは猛スピードでミキに突っ込み、右手を彼女に向ける。ミキの身体能力は兄と違い人並みで、物理的な攻撃には『妖気の暴走』が作用しない。(さっき作用したのは、魔術的要素がナイフの中に組み込まれていたからだ)
つまり、ミキが勝つ条件は『相手に魔術を使わせる事』である。
「きゃっ!」
ノエルのパンチを、ミキはギリギリで避ける事ができた。しかしノエルは徹底して、武術で少女を攻め立てていく。
「八歳とは思えないね~♪フツーはビクビクして足動かないのに♪」
闘いが始まり、一分が経過。必死に避け続けるミキに対し、余裕の表情を見せてそれを追い詰めるノエル。ノエルは少し苛立ちを感じていた。
(何か攻撃が全然当たんないんだけど・・・、もういいや♪魔術使って、さっさと殺っちゃお♪)
「もう一度いくよ♪春風の龍『アルドラ』の爪をここに!」
(きたっっ)
「雪原の果てにさまよう弱者を引き裂け!!」
再び魔術が、ミキに襲い掛かる。しかも、先ほどのものより速度が桁違いだ。
ミキは死を感じた時にのみ、『妖気の暴走』を使える。この状況では、死ぬのを感じるなと言うのが無理難題である。
「きゃああっ!!」
ブワァアアアッ!!
ノエルの魔術を弾き返すことに成功した。その風の塊はそのまま、術者本人に直撃する。
「がっ・・・!・・・もう五分経っちゃった?早~い♪」
ノエルはその場で蝙蝠に化け、二人に地図とルーマニアの通貨を残して飛び去った。
翌日、二人はルーマニアへ旅立つ準備をし始めた。そこにはカナもいて、準備を手伝ってくれていた。
「それで、そのイカレ吸血鬼に唆されてルーマニアに飛ぶワケ・・・?バカね、相手は吸血鬼。人間じゃないんだから、今からでもオリなよ」
「ヤダよ、売られた喧嘩は買う派なんだオレは。ミキは夏休み中は学校行かなくていいし、オレは中間提出日さえクリアすれば、あとは問題ねぇの」
カナはユウが言いたいコトを即座に理解する。
要は、自分の分の宿題も出しておいてほしいのだ。
「ところで、宿題どうするの?終わってるのかしら?」
「だから大丈夫だって。宿題の大半は夏休み入る前に終わらせたんだ、穴なんざあるわけねーぜ」
ユウは本題である宿題提出の代行を、なかなか切り出さない。自分から頼むのは、少し気が引けるようだった。
「・・・じゃ、その宿題はワタシが出してあげる・・・」
「おお!?マジかサンキュー」
ユウの満面の笑みを見て、カナも少し微笑んだ。