追放された底辺探索者のやり直し学園生活~10年前に戻った俺は、スキルボードと未来の知識で無双する~『読み切り版』
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「ハヤト、お前はクビだ」
ダンジョンの入り口。
唐突になされた解雇宣言に、『時任颯斗』は耳を疑った。
「な、なんでだよ……。俺だって、ちゃんと役に立ってきただろ」
震えながら、抗議の声を上げる。
しかし、心のどこかでは分かっていた。
自分がこのパーティーで、邪魔物扱いをされていることを。
「役に立つ? ハッ、荷物持ちのことか?」
リーダーは嘲るような声で言った。
「荷物を持つことしかできなかっただけだろ。お前の『固有天賦』は弱すぎるんだよ。これから先も足手まといを連れて行く余裕はない」
固有天賦とは、探索者が有する特殊な能力のことである。
ハヤトの【微小放電】は、パチパチと静電気を発生させるだけの能力であり、モンスターとの戦闘には役立たなかった。
「お前の代わりは用意してある。お前とはもうここまでだ」
パーティーの後ろに、見慣れない一人の男が立っていた。
彼が新しいメンバーだろう。
気がつけば、他のパーティーメンバーも、うんざりした表情でハヤトを見つめていた。
心が折れる音がした気がした。
めまいがして立っていられなくなり、地面に膝をつく。
「じゃあな、これからは一人で頑張れよ」
そう言って、パーティーは去って行った。
誰も居なくなったダンジョン前。
ただ一人取り残されたハヤトは呟いた。
「俺は、今まで何を……」
惨めだった。
固有天賦が弱い分、必死に創意工夫をして、パーティーに貢献してきたつもりだった。
しかし、それも全て無駄だった。
残ったのは、わずかな金と、捨てられた自分。
地面に手をつくハヤトの胸に、徐々に激しい後悔が噴き出してきた。
他人なんかに貢献しても、得られるものは何もない。
そこにあるのは、ただ都合よく搾取されるだけの関係。
いざとなれば簡単に切り捨てられる。
「そんなことにも気がつかず、俺は馬鹿だ……」
もし、人生をやり直せるなら、二度と他人と関わったりしない。
結局、誰もが自分のことしか考えていないのだから。
「俺はもう誰も信じたりしない。俺は自分の力だけで生きてみせる……!」
瞬間、ハヤトの意識は途切れた。
◆◆◆
目を覚ますと、そこは実家の自室だった。
しかし、記憶にある風景と、少し異なる気がする。
ハヤトは何気なくスマホを取り出し、目を見開いた。
(これ、高校生の時に俺が使っていたスマホだ! いったいどうして!?)
ロック画面を点灯させると、そこには10年前の日付が表示されていた。
慌てて飛び起き、洗面台の前まで行く。
そこに映っていたのは、紛れもない十代の頃の自分だった。
「嘘だろ……!? なんだこれ……夢か……!?」
現実であることを確かめるように、両手で強く頬を叩く。
ふらふらと自室に戻り、机の上を見ると、とっくに卒業したはずの『墨川第一ダンジョン高校』の入学式のパンフレットが置かれていた。
『第◯◯回 入学式』
パンフレットに刻まれた年号は、自分が入学した時のものだった。
(本当に……本当に戻ったのか……!? 高校入学前の、過去に……!)
あり得ない現実に震える拳を、強く握りしめる。
戻ったのは神の気まぐれか、それとも己の執念か。
「……ふっ」
自然と、口元から笑みがこぼれ落ちた。
「最高じゃないか……」
やり直すんだ。
未来の知識。ダンジョンの攻略法、これから高騰する素材、未開発の技術。
それらを活用すれば、最高の探索者生活をやり直すことができる。
もう二度と、誰かの顔色を窺って生きたりはしない。
他人に都合よく利用され、使い捨てられる人生なんて、絶対にごめんだ。
「未来の知識を使い倒して、今度こそ俺は、自分一人の人生を生きてみせる!」
10年前に戻った男の、孤独に生きることを目指す、2度目の人生が今、始まった。
◆◆◆
「よし……まずは、金稼ぎから始めるか」
孤独でいるには、それだけの金が要る。
ハヤトの頭の中に、一つのアイデアが浮かんでいた。
(この時代なら、どこにでも生えているあの草。あれが使えるはずだ……)
彼はすぐさま近所の河川敷へと向かった。
土手に着くと、足元には群生する緑色の雑草が無数に生い茂っている。
茎の表面に微小な毛が生えた、ごくありふれた野草――通称『しびれ草』。
素手で触れるとピリピリとするため、現在では「肌をかぶれさせるだけの無価値な毒草」として完全に放置されている。
ダンジョンや街の至る所に自生しているため、見向きもされない存在だ。
しかし、未来ではこのピリピリとする原因物質こそが、極めて高い細胞活性化作用を持つ超濃縮回復成分であることが証明されていた。
「未来での貴重な薬草が、今はこんなに生えているなんてな」
ハヤトは手際よく『しびれ草』を大量に摘み取ると、ビニール袋いっぱいに詰め込んで自宅へと引き返した。
◆◆◆
自宅のキッチンに戻ったハヤトは、ボウルに水と綺麗に洗ったしびれ草を投入した。
「よし……始めるか」
右手の指先を水面に浸す。
意識を集中させると、パチ……と小さな青白い火花が散った。
ハヤトの固有天賦【微小放電】である。
しびれ草の回復成分を効率よく抽出するのには、微弱な電気を流す必要があるのだ。
(電流はごくわずか。水全体に均一に伝える……!)
バチバチバチッ――。
繊細なコントロールのもと、微細な電流が水と『しびれ草』を包み込む。
すると、透明だった水が徐々に透き通った鮮やかなエメラルドグリーンの液体へと変化し、甘く爽やかな香りがキッチン中に広がっていった。
しびれ草のピリピリとした成分が電気刺激によって分解され、最高純度の回復液へと変化していく。
「できた……」
ハヤトはしびれ草を取りだし、濾過した液体を市販の空きボトルへと注ぎ込んだ。
『上回復薬』の完成だ。
未来の世界では、1本数万円で取引される高級ポーション。
既存の市販のポーションが「かすり傷をじわじわ塞ぐ」程度なのに対し、これは「深手すら瞬時に塞ぎ、疲労まで全快させる」圧倒的な性能を誇る。
かつてのパーティーで、ハヤトがメンバーのために作っていたものでもある。
手元に完成した3本のボトルを見つめ、ハヤトは口の端を吊り上げた。
「もう今後は、誰かのために作ることはないけどな……」
ボトルの重みを確かめながら、ハヤトは次の目的地――『探索者協会』へと向かって歩き出した。
◆◆◆
探索者協会の買取エリアは、夕方の混雑も手伝って混み合っていた。
ダンジョン帰りの探索者たちが『Dシード』というモンスターの核にあたる物質を持ち込み、査定を受けている。
ハヤトは喧噪の中を突き進み、一般買取窓口に並んだ。
「次の方」
順番が回ってくると、職員が声をかけてくる。
「これの査定をお願いします」
ハヤトは持参したプラスチックボトルを1本、カウンターの上にコトンと置いた。
ボトルの中で、透き通ったエメラルドグリーンの液体が静かに揺れる。
職員は見慣れない物質に、目をパチパチとさせた。
「あの、これは……」
「自作した回復薬です。買い取りをお願いします」
ハヤトの言葉に、職員は困惑したような表情で「はあ……」と答えた。
この時代の回復薬は基本、青色だ。
見たこともない液体を渡されたら困惑するのは当然だろう。
けれど一応、職員は何も言わずにボトルを奥の査定機に持って行った。
そして職員が液体を検査機にセットした、その時だった。
ピィィィィィィィン―――――ッ!!!!
けたたましいアラーム音が、室内に鳴り響いた。
職員の目の前では、見たこともない検査結果が表示されていく。
『測定中……』
『測定不能:上限突破(エラーコード:999)』
『純度:99.8%』
『細胞活性化指数:10,500(市販ポーション標準値:2,000)』
『付加効能:疲労の大幅な回復。副作用なし』
周囲の職員も様子を見に来て、口々に意見を言う。
「1万オーバー……? 副作用なしの疲労回復……!? あり得ないだろ……!」
「機械の故障じゃないのか?」
ざわめきが広がる中、ハヤトは静かに腕を組み、冷ややかに職員を見つめていた。
(当然だ。未来の製法で作った上回復薬は、今の常識からすればオーパーツだからな)
結局、上回復薬はボトル3本で300万円で売れた。
◆◆◆
ハヤトの行動は止まらない。
彼は続いて、とあるダンジョンへと向かった。
そのダンジョンには隠し部屋があり、発見時に世界中を震撼させたダンジョン産のアイテム『スキルボード』が眠っている。
所持者の能力をスキルツリーとして表示し、その能力を向上・進化させることができる夢のようなアイテムだ。
(本来発見されるのは数年後。この時代なら俺のものだ)
ハヤトは迷いのない足取りで、不気味に薄暗い洞窟の奥へと進んでいく。
◆◆◆
「あった……!」
徘徊するモンスターを軽やかに躱しつつ、崩れかけた岩壁にたどり着く。
その岩壁を破壊し、奥にある通路を進むこと数分。
ハヤトはついに『スキルボード』のある間へと到着した。
神殿の跡地を思わせる神秘的な部屋の中央。
台座の上に青い光を放つ石版──『スキルボード』が鎮座していた。
ハヤトの胸が高鳴る。
(これさえ手に入れば、俺の『微小放電』も強力な能力に進化する……!)
高揚感を抑えながら、彼は台座へとゆっくり近づき、黒い石板へと手を伸ばした。
◆◆◆
手にしたスキルボードには、次のような表示が表れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【氏名】時任 颯斗
【オーラ値】15
【ランク】F級
スキル
■ 《微小放電》 Level: 1 [詳細]
効果:自身のオーラを雷に変換させる(一般判定:静電気レベルの欠陥能力)。
拡張性:出力強化/雷を操る各種技術・応用法(変質・干渉等)の習得。
■ 《短剣術》 Level: 0[詳細]
効果:短剣・ナイフ類の扱いに関する身体操作と特殊技能。
拡張性:各種刃物による技術の解放
■ 《異空間収納》 Level: 0 [詳細]
効果:亜空間へ物質を格納・取り出すことが可能。初期容量制限あり。
拡張性:収納容量の拡大・格納可能物質の制限解除が可能。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハヤトは早速スキルボードを操作して、《微少放電》と《異空間収納》のレベルを上げる。
「これでようやく、俺が一人で生きていく準備が整った……!」
ハヤトは両手を握り締め、笑みを浮かべた。
しかし、そう上手くいかないのが世の常である。
数日後、ハヤトはそのことを思い知ることになる。
◆◆◆
『墨川第一ダンジョン高校』に入学してから一週間が経過した。
今日はついにやって来た、最初の実習の日だ。
しかしハヤトは、校則違反のパーカーのポケットに手を突っ込み、面倒くさそうな顔をしていた。
(だるい……。本当はこの時間を、一人でダンジョンを探索するのに充てたいんだがな……)
仮にもプロの探索者の経験があるハヤトにとって、新入生向けの実習などお遊びに等しいものだった。
それでも、高校に通って一定の単位を取得しなければ、十八歳未満は自由にダンジョンに入れないため、授業には真面目に参加するしかない。
その時、前に立った教師が手を叩いた。
「静粛に。これより実習を始める。制限時間は二時間。時間内にモンスターの核であるDシードを各パーティ二個以上回収すること。提出の遅れ、報告漏れ、および不必要な失態は容赦なく減点対象とする。以上だ」
洞窟型のダンジョンに、冷ややかな声が低く響き渡る。
冷徹な視線を生徒たちに向けさせるのは、本日実習を引率する教員——氷室だ。
黒縁の眼鏡の奥から放たれる眼光は鋭く、まるで氷床のように冷たい。
「ねえ、聞いた? あの人、『冷徹の氷室』って呼ばれているらしいよ」
「知ってる。今まであの人の授業で評価『A』を取った生徒いないんでしょう?」
生徒たちの間で、ひそひそと噂話がなされる。
その噂は、かつてこの学校に通ったハヤトも知っていた。
氷室は少しの不手際でも容赦なく切り捨て、平然と赤点を突きつける教師だった。
(どうでもいいや。さっさと課題をこなして終わろう)
パーティーを組むように指示され、ハヤトは適当にその辺にいた生徒を誘う。
そうして次々とパーティーが決まる中、その輪から完全に弾き出され、ぽつんと一人佇む少女がいた。
長い前髪で顔の上半分をすっぽりと隠した少女——『有重 鎮』だ。
おどおどと視線を泳がせ、震える指先で自分の制服の裾をギュッと握りしめている。
しばらくハヤトが様子を見ていると、シズクは教師によって適当なパーティーに入れられたようだ。
◆◆◆
「おいおい、なんでウチのパーティにコイツが入ってんだよ」
シズクを入れられたパーティーの一人、小杉原があからさまに嫌悪感のある声を上げた。
他の二人も、心底うんざりしたような溜息をつく。
「決まったんだから、仕方ねえだろ」
「クソ面倒くせえな……。おい、有重」
小杉原に急に名前を呼ばれ、シズクはビクッと肩を跳ね上がらせた。
「ひ、はいっ……!」
「お前さ、固有天賦はなに?」
小杉原に尋ねられ、シズクはかすれた声で答えた。
「えっと、重たい物を軽くする能力です……」
「ああ、だから大剣を背負ってんのか」
小杉原が納得したように言うと、他のメンバーが口を挟んだ。
「でも、こいつの大剣、軽いから威力が足りないし、戦闘には役に立たないぜ」
その通りだった。
固有天賦で軽くした大剣は、まるで段ボールのように軽く、振り回した時の威力が大幅に低下してしまうのだ。
かと言って、シズクの筋力では重たいままの大剣を振り回すことができず、教師からは武器の変更を勧められていた。
「ちっ、何だよ。結局、役に立たねえじゃん!」
小杉原は苛立ちを隠すこともなく、大きな声で言った。
◆◆◆
その様子を、ハヤトは遠巻きに見ていた。
(……有重 鎮、か)
未来の記憶によれば、彼女は10年後、人類最高峰のS級探索者となっていたはずだ。
(10年後ではアイドル的存在だったけど、今はこんな扱いを受けているのか……)
しかし、一人で生きることを目指す自分には、関係のないことである。
ハヤトは目を逸らすと、パーカーのポケットに手を入れ、自分の実習に出発した。
◆◆◆
「あの……、こっちは危険だから行っちゃ駄目って先生が……」
「うるせえな。ちょっとくらいなら大丈夫だよ」
実習が始まってしばらく経った頃、小杉原たちは未だに十分な数のDシードを集められていなかった。
そこで彼らは指定エリア外への侵入──安全な浅層を捨て、危険な中層へと向かうことを選んだのだった。
止めるシズクの言葉にも耳を貸さず、小杉原たちはズカズカと暗がりへ進んでいく。
シズクはどうすることもできず、大人しく彼らに着いていくしかなかった。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
地鳴りのような重低音が鳴り響き、洞窟の天井からパラパラと小さな小石や土砂が降り注ぐ。
通路を押し広げるようにして岩陰からぬっと姿を現したのは、巨大な猿のモンスター——『ブラウンモンキー』だった。
そのオーラ値は優に50を超えている。
オーラ値とはモンスターの強さを表す指標であり、オーラ値5のモンスターが、一般の成人男性が武器を持って戦える相手とされていた。
「ひっ……! な、なんでこんな場所に、こんなレベルのモンスターが……!?」
中層とは言え、まだ入り口。
通常はそこまでの強敵は出ない。
小杉原の引きつった悲鳴が響き渡る。
取り巻きの男子たちも、モンスターの圧倒的な威圧感を前に、完全に腰を抜かしていた。
「ガアアアアアアアッ!!」
ブラウンモンキーが、鼓膜が破れそうになるほどの咆哮を上げ、地響きを立てて間合いを詰めてくる。
「う、うわああああっ! 助けてくれえええっ!」
「おい、待てよ! 俺を置いて行くなっ!」
パニックに陥った小杉原たちは、一目散に逃げ出した。
その際、小杉原は背後にいたシズクの肩を突き飛ばして言った。
「おいっ! お前は囮になって時間を稼げ!!」
「えっ……きゃああっ!?」
シズクはドサリと音を立てて、地面へ転倒する
尻を強く打ち付け、彼女が痛みに顔を歪めている間に、小杉原たちはみるみる遠ざかっていく。
「そんな……どうして……」
悲痛な声を上げるシズクの背後から、モンスターの荒い息づかいが聞こえてきた。
◆◆◆
ハヤトがダンジョン内で低級モンスターを倒していると、遠くから小杉原たちが走ってきた。
「はあ……はあ……、逃げ切ったか……?」
「どうにかな。あいつ置いて来ちゃったけど、どうする……?」
「気がついたら居なくなっていたって言うしかないだろ。氷室にバレたら俺たち退学させられるぞ」
彼らは息を切らしながら、そんなことを口にする。
ハヤトは小杉原たちの方を横目で見ながら、会話に聞き耳を立てていた。
(あいつら、シズクのことを置いてきたのか……)
その時、ハヤトのパーティーメンバーの一人が、小杉原たちの会話に気がついた。
「有重さん、どこかに置き去りにされたの?」
「ああ、そうみたいだ」
ハヤトが答えると、そのメンバーは少しだけ申し訳なさそうな顔をして言う。
「そうか、やっぱり有重さんも誘ってあげればよかったかな。私、誘うつもりだったけど、人数がいっぱいになっちゃったから……」
ハヤトは特に気にせず、その言葉を聞き流そうとした。
しかし次の瞬間、唐突に彼の脳内に過去の記憶が蘇った。
(待てよ。前回の実習の時、俺は別の人間とパーティーを組まなかったか……?)
そして目の前には、シズクとパーティーを組もうとしていたクラスメイト。
シズクは本来なら、今ハヤトがパーティーを組んでいる相手と一緒に実習を受けていて、こんなトラブルには遭わなかったのではないか。
バタフライエフェクト。
些細な自分の行動が、未来の大きな変化を生んでしまうことがある。
シズクがこのトラブルを自力で乗り越えれば問題ない。
しかし万が一、大きな怪我等により探索者になるのを止めるようなことがあったら。
(俺のせいで、歴史が変わる……!?)
冷や汗がどっと流れ出た。
シズクのような強力な探索者が一人消えることが、未来にどれだけ影響を与えるか分からない。
彼女が倒すはずだった強力なモンスターは倒されず、彼女が救うはずだった人も救われなくなる。
大きく未来が変われば、それだけハヤトに予測不可能な事態も増えるだろう。
ハヤトの未来を知っているというアドバンテージが消失してしまう。
(それはマズい……!)
「おい、どこ行くんだよ!?」
ハヤトはパーティーメンバーを置いて、一目散に走り始めた。
その姿は身の危険も顧みず、他者を助けに行くヒーローのようだった。
◆◆◆
シズクは岩陰に隠れて、必死に息を殺していた。
「ガァアア……」
ブラウンモンキーは周囲をうろつきながら、獲物の姿を探す。
その目には、どこか獲物をいたぶることを楽しむような意地の悪い光が宿っていた。
しばらくして、ブラウンモンキーの気配が消えた。
シズクが恐る恐る顔を出して辺りを見渡しても、影すら見当たらない。
きっとどこかに行ったのだと、彼女が安心して胸をなで下ろした、その時だった。
首元に、生暖かい息がかかった。
「え……?」
反射的に仰ぎ見た視線の先にあったのは、ブラウンモンキーの巨大な顔面だった。
天井に張り付き、獲物が動き出す瞬間をじっと待っていたのだ。
「きゃーーーーっ!?!?」
シズクは悲鳴を上げて走り出すが、恐怖で足がもつれてすぐに転倒してしまう。
邪悪な笑みを浮かべたモンスターが、ゆっくりと距離を詰めてくる。
(私……ここで死んじゃうんだ……)
どこにも逃げられない。
助けも来ない。
もうどうにもならない。
死が間近に迫っているのを感じて、シズクは目に涙を浮かべた。
「キャッキャッキャッ!」
ブラウンモンキーは不気味な笑い声を上げながら、震えるシズクをつまみ上げる。
「ひっ……!」
つまみ上げられたことで、ブラウンモンキーの巨大な牙が、よく見えてしまう。
シズクがギュッと目をつぶった、その時だった。
──パシィイイインッ!
青白い光が洞窟内を照らし出し、ブラウンモンキーの全身が硬直した。
シズクを掴む手にも力が入らなくなり、彼女は宙に放り出される。
落ちてくるその身体を抱き留めたのは、ハヤトだった。
「間に合った……!」
シズクの無事を確認したハヤトの顔に、安堵と喜びの笑みが浮かぶ。
大切な存在——「自分の知る未来」を守り切れたことへの笑みだ。
「あ、あなた……? なんで……?」
「話は後だ! 今の俺にはあいつを倒す力は無い。シズク、やれるか?」
ブラウンモンキーから距離を取りながら、困惑するシズクにハヤトは尋ねた。
未来のシズクなら、これくらい一撃で倒せるはずだった。
しかし彼女は、ブンブンと首を横に振った。
「む、無理です……。ごめんなさい……。でも、私は、あなたみたいに優秀じゃないから……」
顔を伏せ、長い前髪で目を隠しながら拒否するシズク。
今まで誰からも褒められたことのない彼女には、自信がなかった。
だが、ハヤトは違った。
「できるさ。お前はただ、能力の使い方を知らないだけだ」
彼は落ちていた巨大な大剣を拾い上げ、シズクに差し出した。
「お前は俺の知る限り、誰よりも優秀な探索者だ。お前ならできる」
力強い言葉に背中を押されて、彼女は思わず大剣を手に取った。
ハヤトの言葉は、心の底から自分を信じてくれている感じがした。
その期待に応えたいと思ったのだ。
大剣を渡したハヤトは、ブラウンモンキーに向き直り、端的に大剣の扱い方を説明し始めた。
「いいか、運動エネルギーは速度と質量で決まる。速ければ速いほど、重ければ重いほど、ダメージは大きくなる」
その理屈はシズクも知っていた。
だが、大剣では適切なバランスを見つけられず、いつも軽くしすぎてしまっていた。
「重要なのはここからだ。シズクは大剣をずっと軽くしていればいい。そして刃先が敵に直撃する瞬間だけ、能力を解除するんだ」
そうすれば最高の速度に、最大の重さが加わるとハヤトは言う。
そんなこと出来るだろうかと、シズクの胸にいつものように不安がよぎった。
これまでだったら、その不安に負けていたかも知れない。
だが、今回は違う。
期待してくれている人がいる。
彼女は覚悟を決めると、両手で大剣の柄を握りしめた。
「はい……っ!」
「よし……行くぞっ!」
ハヤトは合図すると、硬直が解け始めたブラウンモンキーに向かって、一直線に走り出した。
全身のオーラを右腕に集約させる。
紫電の束が猛烈な咆哮を上げ、光の帯となって噴き出した。
これが彼の新しい固有天賦──【紫電纏】。
雷を流し込み、モンスターの動きを止めることができる。
「ガアアアアッ!」
ブラウンモンキーが怒りの咆哮を上げる。
しかしハヤトは怯むことなくその脚元へ滑り込み、両膝の関節部へ短剣を突き立てた。
高圧電流が体内を一気に駆け巡り、ブラウンモンキーの身体が再び硬直する。
「今だ、シズクッ!!」
「——あああああああああっ!!」
シズクは声を張り上げ、大剣を構えて地面を蹴った。
ハヤトの教え通り、大剣を最大限に軽くする。
(軽く……! もっと軽く、風よりも軽く——!)
その瞬間、重厚な鉄の大剣が重力を失ったかのように軽くなった。
シズクの華奢な腕でも、まるで木の枝でも振るかのような超高速で、大剣が空気を切り裂いていく。
そして、ブラウンモンキーの胴体へ刃が触れようとした、その一瞬。
「重くなれえええええええッ!!」
シズクは一気に能力を解除した。
数キロの鉄塊が元の重さを取り戻し、圧倒的な運動エネルギーを伴ってモンスターを襲う。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃が巻き起こった。
衝撃の余波で爆風が吹き荒れ、洞窟内に激しい砂塵が立ち込める。
「……ガ……っ」
ブラウンモンキーは断末魔をあげることすらなく、そのまま崩れ落ちて消滅した。
「はぁ……はぁ……っ」
大剣を杖代わりに地面に突き立て、シズクは肩を激しく上下させていた。
自分の放った一撃の威力に、自分自身が一番呆然としている。
そこへハヤトが歩み寄ってきた。
「ふぅ……間一髪だったな」
ハヤトは額の汗を拭うと、大剣による攻撃の跡と、シズクを交互に見比べ、爽やかな笑顔で言った。
「助けに来たつもりだったけど……逆に助けられた。やっぱりシズクは凄いな」
「……え?」
シズクの動きが、ピタリと止まった。
やっぱり、凄い。
雑草やゴミと蔑まれ続けてきた自分が、認められた。
「……っあ」
熱いものが一気に頬へ駆け上がってくる。
長い前髪の隙間から覗くシズクの顔は、耳の先端まで真っ赤に染まり上がっていた。
「あ、あの……わ、私……っ! あ、あの……っ!」
急激な羞恥心と感謝とパニックが混ざり合い、シズクはあたふたとしている。
そんな彼女の反応に、ハヤトは「どうしたんだ?」と首を傾げつつも、無事に彼女を救い出せたことに安堵の息を吐いた。
(俺が助けたからって、未来が大きく変わったりしないよな……)
◆◆◆
シズクが指定エリアまで戻ると、小杉原たちと目が合った。
「お前、なんで……!?」
小杉原たちは驚愕した顔でシズクを見つめた。
取り巻きの一人が、大きな声で問いただす。
「な、なんで生きているんだよ……!? あのモンスターに襲われて、死んだんじゃなかったのか?」
自分が馬鹿にしていた相手が、危険なモンスターから逃げ延びたことが信じられなかったのだろう。
しかし、小杉原はすぐに動揺を隠して嫌な笑みを口元に浮かべると、シズクへ歩み寄ってきた。
「へえ……生きてたんだ。まあ、何とか逃げ回って撒いたってところか?」
小杉原はポンとシズクの華奢な肩を叩く。
「まあまあの根性じゃん。特別に、もう一度俺たちのパーティに入れてやってもいいぜ?」
まるで上から目線で恵んでやるかのような口調。
「感謝しろよ」と言わんばかりの態度で、小杉原はシズクを見下ろした。
以前の彼女であれば、おどおどと頷き、命じられるがまま従っていたはずだった。
だが——。
シズクは自分のパーティーへと戻ったハヤトの横顔をチラリと見た。
彼が褒めてくれたことを思い出す。
そして息を吸い込み、勇気を振り絞って言った。
「お断りします。私は、もうあなたたちの仲間になりません」
「なんだと、てめえ……!?」
小杉原は怒声をあげて、シズクをやり込もうとする。
「そこまでだ」
その時、低く威圧的な声が響いた。
見れば氷室が、シズクと小杉原たちを見下ろしていた。
小杉原たちは咄嗟に声を揃えて言った。
「聞いてください。有重が勝手に指定エリア外の中層に行ったんですよ!」
「そうです。僕らは止めたのに!」
「有重を退学にしてください!」
シズクは事実無根の主張に目を丸くする。
「な……、ちが……!?」
これが小杉原たちの作戦だった。
氷室に虚偽の報告をして、罪を逃れようとしたのだ。
「見苦しいぞ、愚か者が」
しかし氷室は小杉原たちの主張を一蹴した。
氷のように冷たい視線が三人を貫く。
「私は貴様らの実習を全て見ていた。貴様らが指定エリア外に入ったのも、有重を囮にして逃げたのも知っているぞ」
「「「な……っ!?」」」
小杉原たちの顔から、一斉に血の気が引く。
「さらに虚偽の報告で逃れようとするなど、言語道断。探索者以前に人として倫理観に欠けている。貴様らは即刻退学だ」
「そんな……っ!? 先生、待ってください! 僕たちは——っ!」
言い訳しようにも、氷室は取り付く島もない。
氷室はゴミを見るような目で彼らを一瞥すると、くるりと向きを変え、ハヤトとシズクの前へと歩み寄った。
「そして、時任。有重」
「は、はいっ……!」
シズクが思わず背筋を伸ばして返事をする。
一方、無関係を装っていたハヤトは、急に名前を呼ばれたことで怪訝な表情をした。
何だか嫌な予感がしていた。
「不測の事態に対し、取り乱すことなく冷静に対処した。時任は己の知識と能力と、困った仲間を助ける勇気を見せ、有重は時任の教えに応え、自身の能力を正しく爆発させて格上の敵を打ち破った」
氷室はそこで言葉を区切ると、眼鏡の奥の瞳をわずかに和らげ、ハッキリと宣誓した。
「見事だ。……貴様ら二人には、今回の実習において『最高評価(A+)』を与える」
「え……っ!?」
聞き耳を立てていた周囲の生徒の間で、どよめきが起きる。
「さ、最高評価……!? あの『冷酷の氷室』が……!?」
「A+評価なんて、どの授業でもめったにもらえないぞ……!?」
「うそだろ、あの有重と時任が……!?」
生徒たちが一斉に好奇の眼差しをハヤトとシズクへ向ける。
シズクは信じられないというように目を見開き、胸の前でキュッと手を握りしめた。
最高評価。誰からも認められなかった自分が、あの厳しいはずの氷室から、「見事だ」と称賛されたのだ。
「あ……ありがとうございます……っ!」
溢れ出す嬉し涙を拭いながら、シズクは深々と頭を下げた。
だが——。
その横で、ハヤトは一人、遠い目をして絶望していた。
(……おいおいおい、冗談だろ……?)
誰ともかかわらず、一人で生きていく。
それがハヤトの第二の人生の目標だった。
そのためには、目立たず、騒ぎを起こさず、陰でコソコソと資金とスキルを稼ぐのが最適解のはずだった。
なのに、入学早々の初実習で、あの鬼教師から学園史上に残る『最高評価(A+)』を貰ってしまった。
(目立ちたくなかったんだが……いったいなんでこんなことに……?)
「えっと、ハヤトくん……?」
不安そうに覗き込んでくるシズクに、ハヤトは何も言うことができなかった。
◆◆◆
翌日、ハヤトは教室の机で頭を抱え、突っ伏していた。
(ちくしょう……、いったいどうしてこんなことに……)
自分は歴史が変わらないように、シズクを助けただけなのだが、それが妙に目立つ結果を招いてしまった。
こんなことなら、シズクを助けない方がよかったか。
(いや、それはないな……。将来のS級探索者を失うよりは、少し目立つことの方がまだマシだったはずだ)
ハヤトは頭を振り、雑念を振り払うと、無理矢理そう結論付けた。
(だが、今後はもう絶対に、目立つようなことはしない。そして俺は、誰とも関わらない人生を生きてみせる……!)
彼が固く、そう決意した時だった。
「え、誰……?」
「あんな奴居たか?」
「教室を間違えたんじゃない?」
ざわめきが教室内に広がった。
見れば、見たことのない美少女が教室に入ってきていた。
美少女はクラスの反応を無視して、一直線にハヤトの前にやって来る。
「おはよう、ハヤト君!」
「まさか……、シズクか……!?」
正体に気がついたハヤトは、驚きながらも問いかけた。
シズクは長かった前髪をバッサリと切り、美少女へと変身を遂げていた。
言われてみれば、未来でもこんな見た目をしていた気がする。
シズクは顔を赤らめると、髪を触りながら尋ねた。
「うん、似合うかな……?」
「あ、ああ、いいんじゃないか……」
動揺したハヤトには、そんなことしか言えない。
しかしシズクには十分だったようで、「やった」と笑顔を見せた。
その時、ハヤトは気がついた。
(もしかして今、俺は注目されている……?)
初の実習で鬼教師から最高評価を得た二人が話しているのだ。
当然のように目立つ。
(くっ……、どうしてこんなことに……!!)
一瞬、ハヤトは席を立って逃げだそうとし、けれどシズクの表情を見て止めた。
彼はため息をついて考える。
(まあ、今日くらいはいいか……)
シズクは変わろうと努力している。
それを応援することは、自分の知る未来を守ることにもなるだろう。
この甘さが故に、ハヤトは後にシズクと付き合うことになるのだが、彼はまだそのことを知らない。
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以下のスケジュールで、読み切り作品を3作品連続で投稿する予定です!
【投稿スケジュール】
•10月10日(土)
役立たずガチャスキルの没落少年、お嬢様と『恋人ごっこ』クエストを攻略したら世界最強の探索者に覚醒してしまう ~ただの契約関係のはずが、本気になっていく彼女と俺~
•10月11日(日)
絶対に目立ちたくない異世界帰りの元勇者、幼なじみの配信で知らないうちに大バズり中~本人はネットにうとい陰キャなので、何も知りません~
•10月12日(月・祝)
追放された底辺探索者のやり直し学園生活~10年前に戻った俺は、スキルボードと未来の知識で無双する~
【今後の連載化について】
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