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第3話 屋台の湯気と成り上がりの種

第3話 屋台の湯気と成り上がりの種


湯気が、白く、ゆらりと立ちのぼる。


鉄板の上で弾ける脂の音。

焦げるタレの甘い匂いが、王都の乾いた空気に溶けていく。

森の湿った匂いとは違う。

ここは、人の営みの匂いだ。


「ほら、ぼさっとしてないで串持って。焼き加減、見て覚えなさい」


シズは手際よく肉を返しながら、顎で殿下を示す。

その額にはうっすら汗がにじみ、腕の筋は意外にも力強い。

殿下は串を受け取る。

火の熱が、思ったよりも近い。


「はい、師匠!」


軽口を叩くと、シズはふっと笑った。

「誰が師匠よ。あたしはただの屋台のお姉さんだよ!」

ぱちり、と火花が弾ける。

「ここで食えなくなったら、王都じゃ生き残れないよ!」

その言葉は軽い調子とは裏腹に、重みがあった。


昼時。


王都ランスオブウッドの入口は、まるで川のように人が流れていく。


革鎧の擦れる音。

荷車の車輪の軋み。

遠くで鳴る鐘。

殿下は串を返しながら、客の会話に耳を傾ける。


「依頼が減ってる」

「支援金で食いつないでる」

失業保険ギルド――

制度はある。だが、それだけでは循環しない。


「最近は仕入れも厳しいのよね」

シズが声を落とす。

「全部、オデウス大商会が押さえてる。小さな屋台なんて、足元見られるだけさ」

殿下は鉄板の上の炎を見る。揺れている。

だが、消えてはいない。


「制度で守られるだけでは、弱いな」

静かに呟くと、隣でセバスが頷いた。

「はい、殿下」

「ならば、守られながら、攻める」


そのとき…。


「殿下!」


凛とした声が、空気を切った。

振り向いたとき、殿下は思わず息を呑む。

銀の鎧。陽光を受けて輝く長い髪。

真っ直ぐにこちらを射抜く、澄んだ瞳。


「私に無断で労働するとは、護衛として見過ごせません」


「へ?」


彼女は一歩前に出る。

その足取りに迷いはない。


「私はセディナ。王国騎士団所属。あなたの護衛任務を正式に受けました」

その声は、硬い。

しかし、ほんのわずかに緊張が滲んでいる。

殿下は目を細める。


「は?」

「…正式に?」

「はい。森を抜けた時点で、殿下は王国の管理下に入ります」

言葉は事務的だが、その視線は真剣だった。

まるで、守ることが生きる理由であるかのように。


その背後から、柔らかな声が割って入る。

「もう少し、優しく言えばいいじゃない」

ローブを纏った少女が現れる。

淡い紫の瞳が、静かに笑っている。

「私はメリダと申します。魔法士団所属。補助と監視が役目となっております」


「ん?」

「監視?」

殿下が問い返すと、メリダは小さく頷いた。


「制度を悪用する者もいますので」


その言葉は穏やかだが、鋭い。

セディナは真面目すぎるほど真面目。

メリダは柔らかいが、底が読めない。

対照的な二人。


しかし。


『殿下の安全は、私が保証します』

『危険があれば、私が排除します』


同時に言った。

一瞬だけ、視線がぶつかる。

バチバチ。

どちらも譲らない。


殿下は、その光景に不思議な感覚を覚える。

守られる立場。

だが、守られてるだけで終わるつもりはない。


シズが小声で囁く。

「……ずいぶん、物騒なお仲間ね」

殿下は苦笑する。

「えっと、そうみたいですねぇ、ハハハッ」

鉄板の炎が強くなる。

屋台の湯気の向こうに、王都の城壁がそびえる。


制度。

商い。

騎士と魔法士。


小さな屋台の前で、

運命の歯車が静かに噛み合い始めた。


セディナの瞳は、まっすぐ未来を見据えている。

メリダの瞳は、その未来の裏側まで見通そうとしている。

そして殿下は…?


炎の揺らぎを見つめながら、確信する。

さて、ここからだ。


成り上がりは、屋台の湯気の中から始まる。

次話は2月26日(木)21:00頃更新予定です。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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