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第一話:苔と水と泥と黒い水

再挑戦です。かなり内容を変えています。




 ぎゅむり


 その音と共に踏まれたことを私は理解した。

 だが、その感覚がおかしかった。痛みが全くなくて、踏まれた感覚もおかしい上に、重さの感覚も全然違う。人に踏まれたような重さではないことは確かだった。

 まるで踏んだであろう足の裏と自分の間に何層もの層があるような気がする。そこまで着込んでいない筈だと、瞼を開けようとしたが、瞼の筋力はピクリとも動かなかった。その事実に嫌な汗をかいたが、体はちっとも動きやしない。

 そうこうしている間に誰かの声が微かに聞こえた。まるで何層にも重なったフィルター越しに聞こえるような音が私の耳に伝わった。どういうことだろうか、と考えていれば、私は誰かに引っ張り上げられて、何かの上に置かれた。なんだろうか?

 そう考えているとえっさほいさと私の体が動き始めた。いや、移動し始めたと言った方がいいだろう。その感覚に私は再び嫌な汗をかいたが、私の体は動いてくれない。なんでだ。


 どのくらい、その感覚を感じていただろうか。


 その状況に慣れ始めた頃に私の肉体は何かの上に置かれた。しかも、何やら悲鳴のような音まで聞こえてきた気がする。本当に今の私はどうなっているのだろうか。此処まで人ならずもののあつかいを受けたことはない。私の外見は色以外はちゃんと人間だったから、悲鳴を上げる程の拒否反応はされたことがなかった。

 そんなことを考えていれば、私の肉体の上、いや、層の上から何か温かいものを押し付けられた。私の感覚が正しければ、これは”魔法”だろう。


 ”魔法”


 この世界に満ちる、奇跡を人為的に起こす力。私が生まれ育った世界にはなかった世界の力。それがまだあるなら、此処はまだあの世界なのだろう。その事実に気落ちしていると、私は再び何かに乗せられて移動することとなった。

 何処かにつくと、今度は液体をかけられた。おそらくは水だと思う。冷たいし、魔法の特有の感覚もなかったので、水と仮定した。

 水をかけられるのは、まあ、許そう。何度もかけられたものだから、かけられたからと言って憤慨するのは今更な気がする。



「………い、水が黒いぞ」



 えっ、マジで?

 水が黒い?え?なんで???水が黒い???なんで!!!?

 ちゃんと体は清潔に保っていたぞ!こちとら、元とはいえ日本国民だぞ!!!人一倍汚れには敏感だ!!!


 私がそう心の中で喚いている間にも、私の動かないからだを水が流れてゆくのを感じた。そうすれば、フィルター越しの声が少しだけハッキリ聞こえてきた。



「此処じゃあ、駄目だ」

「他の冒険者から苦情が来るだろうな」



 えっ、そんなに?

 そこまで言われると逆に申し訳なくなる。


 私は再び何かに乗せられて、運ばれてゆく。此処までくれば後はどうとなれだ。私の体が今だに動かないことも気になるが、それでもどうにも出来ない。大人しくしていると、今度は冷たい水の中につけられた。流れを感じるので、おそらくは川だろう。


 ごし、

 ごしごし、

 ごしごしごし、

 ごしごしごしごし!!!


 途中で力が強くなるのが解った。それと同時にいくつもの声が聞こえてくる。



「駄目だ。雑草の根が深い!」

「クソッ、泥が凝り固まってとれねぇ!」

「これ、生きているの?本当に?」



 生きています。




***




 梟の魔獣の声が聞こえる。

 おそらく、夜になったのだろう。私は川の中に今だにいる。縄で体を固定されて川の流れに流されないようにされて漂っていた。寒い。



「も、もう、無理だ………」

「むしろ、此処までよく耐えたと言うべきか………」

「コイツから金を毟り取ってやる………!」


 お金はないです。

 最後の言葉に私はそう心の中で呟いた。しかしながら、皮膚は水の冷たさを感じる所まで来た。あと少しだ、頑張ってくれ!と心の中で応援した。



「………………」

「………………」

「………………」



 ダメだったようだ。

 無言がとても心に痛かった。しかし、私は自分の体が水の中から引き上げられる感覚を覚えた。自分の体が横たわると同時に上からぱちぱちという焚火の爆ぜるような音が聞こえた。



「り、リーダー………それは、」

「やるしかないだろう………これで、植物の根を焼き切る」

「ちょっと火傷が残るのは仕方ないわ」



 そんなに植物の根が凄いの?

 って、あちっ!あちちっ!あっつ!!!



「焼けてないか?これ」

「まだ大丈夫………………たぶん」

「「たぶん」」



 焼けてる!焼けてる!立派に焼けてる!!!


 ぱちぱちと植物が焼ける音が私の鼓膜に届く。その音がどれくらい続いたのだろうか。ぼろっという音と共に肌を覆っていたものが落ちた。その瞬間に何人かの誰かの歓声が響いた。その歓声を聞いて、私も長かったな…と心の中で呟いた。名前も顔も知らない彼らも疲れたらしく、その場に崩れ落ちる音を私は確かに耳にていた。



「駄目だ………もう、立てねぇ」

「宿に行きたいが………動けない」

「もう………野宿でいいわ………」



 心底疲れ切っている彼らの声を聞きながら、私は夜が更けてゆくのが理解出来た。


 明日は彼らの顔を見てみたいな。


 そんなことを考えながら、彼らが交代で周囲を見張りながら野宿しているのを理解出来た。焚火の音と誰かの寝息を聞きながら、私も意識を暗い場所に手放した。




***




 どれくらい眠っていたのだろうか。

 ふいに目が覚めた。いや、今は意識が浮かび上がったと言った方がいいだろう。私の体は今だ動かず、私の瞼は動く気配もなかった。それでも、誰かが私の近くにいて、私を観察していた。その気配と視線だけは感じることが出来た。


 だからこそ、私は彼らに近づく気配を伝えたかった。


 必死に起きようとするが、瞼処か、指先1つ動かすことは出来なかった。自分の体でありながら、全く動かないそれを必死に動かそうとしたが、それよりも先に彼らの方が動いた。



「――――――珍しいな」

「んむ………」

「リーダー、魔獣だ」

「こんな時間に?夜行性だとしても、もっと月が高い時間に活動するだろう?」

「だが、狙われているのは確かだぜ?」



 軽口を交わし合う彼らのやり取りにひやひやしながら、私はその気配を感じていた。肌を撫で上げる魔法の感触、焼けつくような魔力のそれを私は知っている。まだ、この世界に来たばかりの時に何度も追い詰められた魔獣。



炎狼(フレイム・ウルフ)か!?」

「夜に行動するなんて初めて聞いたぞ!」



 群れが巨大になると夜明け前から行動し始めるんだよ!


 その言葉を伝えたかったが、やはり体は言うことを聞かず瞼も口も動かなかった。彼らが炎狼と戦い始める音が聞こえる。おそらく、彼らの想像以上の数が森に隠れているだろう。炎狼は夜だと彼らの位置がよくわかるが、その数が多ければ多くなる程に明かりが巨大になり、その巨大な明かりの所為で正確な数が有耶無耶になってしまう。その危険性を彼らに伝えたかった。しかし、私の体はピクリとも動いてくれない。



「おい、数が多いぞ!?」

「チッ、リリィ!ソイツ、背負って逃げられるか!?」

「無理よ!コイツ、私より体格いいもの!」



 体格、私のがいいんだ………


 そんな現実逃避をしながら、私は誰かに担がれるのを理解した。体の硬さから、男性であることを私は理解し、彼の背中に動かない自分の体を預けながら、炎狼達の動きを肌で感じていた。

 炎狼達は彼らを獲物として認識しているらしく、彼らをどんどん追い詰めていた。私の肌を駆けてゆく多くの炎の感覚に眉間に皺を刻みつけようとするが、それすら私の体は拒絶していた。


 だから、ずっと闇の中で願っていた。



「イーサン!そっちにいるぞ!」

「ああもう!どれくらいいるんだよ!」

「助けてぇ!イーサン!!!」

「なんで俺なんだよ!?」



 彼らの声を聞きながら、私は一心不乱で「動け」と心の中で祈った。だけど、体は動かない。



「リーダー!あぶねぇ!!!」

「ぐっ、こんのッ!!!」

「うわ、減り込んだわ」

「気を緩めるな!リリィ!!!」

「ぎゃあ!!!?」



 動け。動け。お願いだから、動いてくれ。お願いだから、動いておくれ。



「イーサン!リリィ!」

「こっちは無事だ!リリィもな!ついでに寝坊助も無事だ!!!」

「もぅ、何なのよぉ!」



 あ



「ッ!イーサン!!!」

「イーサン!後ろ!!!」

「ああ、もう!!!」



 私を背負っている男が、慌てたように振り返る。炎狼の牙が男の腕に届く直前だった。

 やっと――――――私の体が動いた。


 瞼と口は動かなかったがな!


 炎狼の横っ面に拳を叩き込む。私の肌の表面を魔力で覆ってしまえば、これくらいの魔獣なら簡単に吹っ飛ぶ。私の予想通りに炎狼は吹っ飛び、木に当たった音がした。………………気のせいでなければ、ぶつかった木がメキメキと嫌な音を立てて崩れ落ちたような気がする。

 私が動いたことで男が私を落とした。でも、それで丁度いい。私はよたよたと起き上がって、頭と上半身を覆っているものを剥がそうとするが、上手くいかずに上半身が揺れてしまう。そんな私を彼らが遠くから見ているのが理解ができた。



「え、起きた………?」

「お、起きたみたいだが………」

「苔と泥と雑草が頭を覆っている所為で視界が塞がってない!?あれ!!!?」

「視界処か、呼吸も塞がっているだろ………!?」



 呼吸は出来ているから大丈夫だ。


 そう言いたかったが、言えないので身振り手振りで伝えようとしたが、その前に炎狼達が私に襲い掛かってきた。おそらく異形の姿であろう私の姿を襲うという選択をする魔獣達に驚きながら、感覚を研ぎ澄ませる。

 視界が塞がっているなら、肌の感覚だけで戦えばいい。

 襲ってくる熱を肌で感知し、拳だけで炎狼達を地面に叩きつける。そして、周囲を囲む炎狼達の中で最も熱い個体を探す。そいつはこちらを侮っていた所為か、割と近くにいた。私は近くにあった石を1つ拾う。

 勝敗は、それで決まった。

 魔力で石を包み”力の向き”を、その一番熱い個体に届くように調整する。拾った瞬間にそれをして、瞬時に投げれば、すぐに一番熱い炎が掻き消える。それを肌で感じて、炎狼の群れの統制を崩すために近くにいた数匹の炎狼を素手で倒せば、後は逃げて行くだろう。

 私の予想通りに炎狼達は哀れな声を上げながら引いて行く。此処までの群れをつくる魔獣個体がいなくなれば、すぐに群れは散り散りになり、まとまるのに数週間はかかるだろう。

 一仕事終えた私はふーっと息を吐くが、上半身が苔と泥と植物に覆われて息が上手く吐けなかった。慌てて取ろうとしたが、全然ビクともしなかった。この苔と植物、私の魔力を吸っているな?



「お、おい、大丈夫か?」

「無理に引っ張っちゃダメよ!」

「取り合えず、川に戻ってみるか?」



 優しく手を引かれて、私は川へ戻った。

 川へ向かう途中で自分の肉体を魔力で覆い、なるべく植物の根が肌から剥がれるようにした。川からはあまり離れていないらしく、すぐに川にたどり着いた。よたよたと川に入るべく歩けば、誰かが私を持ち上げて川の中に入れてくれた。優しい。

 川に入り、頭までつかるとゆっくりと私の上半身を覆っていた苔と泥が剥がれていった。



「「「………………………」」」



 口が動かせるようになり、瞼もある程度は自由度が効くようになった頃に私は息継ぎをするべく、川から顔を出した。



「なあ、あれ………」

「見るな、イーサン」

「でもあんな大量の苔と泥を流しっぱなしでいいの………?」

「いいのよ、イーサン」



 私が来ていたローブがボロボロと崩れてゆく。おそらくは繊維に植物の根が張っていた所為だろう。だが、それにしてはあっさりとローブは崩れていった。そのことに疑問を持ち、手の中に落ちて来た崩れたローブの欠片を見ていた時だった。



「――――――――え?」



 その声を聞いて私は我に返り、彼らを見た。夜明けの光が私の目を焼く。その眩しさに目を細めるが、少しすれば慣れて彼らの姿を捕えた。私は驚く彼らの姿を見て、安心させるべく、口を開いた。



「――――――変な色で申し訳ございません。しかし、貴方達に危害を加える気はありません」



 そう言葉を紡ぐが、彼らは私を凝視する姿勢を崩さなかった。私は少しだけ落ち込みながら、さらに言葉を紡ぐ。



「信じられないでしょうが、信じてくれるとありがたいです」



 そう、水で濡れた己の真っ白な髪をかき上げながら、私は彼らにそう言った。



















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