ライムの柿
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うっひょっひょ……う~ん、今年のみかんはどちらかというとすっぱめだなあ。
個人的にはやはり果物には甘さを求めたい性分でして、こうも渋い顔をされると、こっちまで渋い表情をしたくなっちゃうもんだ。
一説によると、果物はもともと人とは縁遠い土地にあったもので、それが鳥獣や大きい嵐などによって遠くへ運ばれ、人の手の届くところへたどり着いたらしい。やがて船で国々を行き来するようになったおり、土産としてあげたり持ち帰られたりして、よりバリエーションを増やしたとか。
もしこの説のとおりだったなら、果物はそのままだと人が口にすることない場所へずっと生育し続ける可能性もあったわけだ。世の中、実はまだ人間の知らない果物もあるのかもしれない。
それがたとえ、人の生活圏内にあっても、人から積極的に手を入れられずに終わる場合もあるだろう。彼らはどのように生きていくのか。
子供のころ、ちょっと果物をめぐって不思議なことに出くわしてね。そのときのこと、聞いてみないか?
柿の木、というと現実でも創作でも、よく取り上げられる果物の木のひとつだろう。
歴史をたどると縄文や弥生時代に、その種子が見つかったという報告もあるようだ。今と同じような形かはわからないが、当時からなじみがあったのだろうな。
その柿の木、むかし私が住んでいたところの近くの家も、一本植えていた。用水路をはさんで歩道の向かい側にある一軒家でさ。木の枝が縦だけじゃなく横にも広がりを見せて、水路の上へ張り出してきているものもあった。
その枝先に実がなると、重さゆえに、おじぎをするように水路の中へ落ち込みかけてしまう。住んでいる人が、じかにもいでいるところは見たことがなかったが、陸地側の実が急激に減っているときもあったから、消費はしているんだろうね。
水路側の実についてはたいていそのまま。ときおり鳥がやってきて、つっついては果肉をほじくっていく。これに関しては、見る機会が幾度かあった。
数羽がかりの「味見」によって、実はぼこぼこと穴を開けていき、一時は半端に果皮ごと肉をだらんと垂らす、なんともだらしない姿をさらす。しかし、そうなっても人気ならぬ鳥気は衰えることなく、ついには「へた」以外のすべてを食べつくされてしまうのが常だったよ。
しかし、ある年。
その水路側へ張り出した枝へ、いつもの柿とは様子の違う実がなるのを、私は見る。
柿といったらおおよそ平たい四角や、少し縦長で湯のみみたいな形をするものが大半だろう。
しかし、そいつははためにほぼ三角形に見えたんだ。水路へ近い側を底辺に、斜めの輪郭を帯びながら枝の先へ集中。頭をとんがらせている。
その色も、熟した柿に多く見られるオレンジ色とはほど遠い。どちらかというとライム色というべき緑と黄色の混合色でもって、その存在をアピールしていた。
陸地側の柿たちは例年通りの姿。それがこいつだけ、やたら仲間はずれなかっこうをしている。水路越しに、すんすんと意識して臭いをかぐと、これもまた柿のものとは違う、柑橘類に似たツンと来る香りが漂ってくる。
人の目からすると、明らかにあやしい。けれども、鳥たちにとってはたいした問題でないのか。
わたしの見ている間に、一羽のヒヨドリがかの実へ飛びよっていく。このあたりだと、ヒヨドリは秋以降によく見る鳥だ。柿のなる時季に姿を見せると、たとえにもなっている。
その奇妙な実にも、かまわずツンツンとくちばしを突きたてた。三度ついばむと、皮が破れて中から汁がしたたり落ちる。その汁もろとも突き破ったところからくちばしを突っ込み、わずかなかけらをくわえて飛び去って行く。
これだけなら例年、柿を相手にやっていることと大差ない。しかし、本来ならそのまま遠く小さくなっていくはずのヒヨドリが、飛んでほどなく失速し始めた。
一時は実のなる位置より高く飛び上がったものの、水路沿いに十数メートル進んだところで急に高度を落とし、そのまま水路へぼちゃん。「あ」と声こそあげた私だけど、頭は事態を理解するのがちょっと遅れてしまう。
思わず、ヒヨドリの落ちたあたりへ駆け寄り、流れへ目をこらしてみるも見当たらない。
いかに小柄な鳥とはいえ、それがこうもたちまち流れてしまうような勢いの水路ではない。かといって、自分が墜落を見てから誰かがすくい上げたところも確認していない。
いったいどこへ……と考えているうちに、また新たな鳥の声。見ると、あのついばまれたライム色の柿へ別のヒヨドリが寄ってきたところだった。
先の個体が開けた穴をほじくり、また新たな果肉をくわえて飛び去らんとする。そうして私の目の前を横切りながら、同じように水中へ没していくのだ。
今度は水に入る前から、一部始終を見逃すまいと集中していたのに、やはり水へ飛び込んでからあとのヒヨドリの身を確認することはできなかった。完全に姿を消している。
それからほぼ間をおかずに4羽。ヒヨドリがやってきて、例の実をついばんでいった。
4羽とも先の2羽よりも豪快に実をちぎっていったが、結果は似たようなもの。落ち行く地点こそ多少の差異はあったが、やはり水路の中。そしてたちまち姿を消した。
例の実もまたすでにすっかり食べつくされていて、形も残ってはいない。そうなるちヒヨドリたちももはや寄ってこなかったよ。
ひょっとしたら、あの果物は自らの種を増やすのが目的ではなく、あれをかじったものを自分たちのほうへ引き込もうとする、用水路そのものか、あるいは私のわからなかった何かの思惑の一部だったのかもしれない。




