憧れ
地下蜂の次は、巨大な怪鳥との死闘、そして不気味な墓地でのアンデッド戦……。老人の話は尽きなかった。 泥まみれになり、傷を負いながら仲間と一丸となって戦い、勝てないと思えば必死に逃げ出す。それは、これまでのレンの経験には一度もなかった物語だ。同じ冒険者という肩書きでありながら、これほどまでに違うものか。
「面白いな。ありがとう、爺さん。これ、お礼だ」
レンは手持ちの金貨を一枚、老人の手元に置いた。
「……こんなに貰っていいのかね? 金貨なんて、拝むのは久しぶりじゃよ」
「ああ、金はあるから気にしないでくれ。爺さんは現役時代に貯めなかったのか?」
「恥ずかしながら、すべて酒とギャンブルに消えてしまったわい。後悔はしておらんが、貯金なんて洒落たものはないのう。お主、しっかり貯めておきなよ。お主も……一応は冒険者なんじゃろ?」
「ああ、よくわかったな。酒にもギャンブルにも使い切れないくらい持ってるから大丈夫だよ、俺は。……ただ、『冒険』はしてないけどな」
「流石に、質問の内容でわかるわい。何かな、貴族の長男坊あたりか? わしの現役時代にも時々いたよ。だがのう、それで『冒険がしたい』と一人でこっそり魔物に挑んで死んでいく……そんな若者を何人も見てきた。無茶はしちゃいかんぞ」
「……冒険と無茶の違い、か。爺さんは何だと思う?」
老人は少しだけ目を細め、静かに答えた。
「わしが思うに、『冒険』は難題に対して入念に準備をし、仲間と知恵を絞って挑むことじゃ。『無茶』は、その難題に深く考えもせず、一人で突っ走ること。……世の中には、一人で何も考えずにすべてを圧倒できる『化け物』のような連中もおる。だが、そんな奴らも結局はどこかで死ぬか、取り返しのつかない大怪我をして消えていくのが常じゃよ」
「……耳が痛いな」
レンの脳裏に、仲間のリリィの顔が浮かぶ。 彼女はかつて、己の力に任せて好き勝手に死霊魔法を使い、「百体の死体で街を襲う」という遊びを仕掛けた結果、国家規模の賞金首になった。セリーナが気に入って仲間に引き入れなければ、間違いなく討伐されて終わっていただろう。 あの時は、大量の聖職者と騎士が動員され、レンやセリーナ、フィエルまでが駆り出される大騒動だった。こちらにとっては「冒険(困難な任務)」だったが、リリィにとってはただの「無茶」だったのだ。 彼女が今、王の招集を拒めない「赤い手紙」の対象になっているのも、当時のやらかしを王家に恩赦してもらった代償だった。
逃亡先の示唆
「お主が貴族なら、しがらみも多いじゃろう。だが、やりようはある。わしの知っておるある貴族は、上手くバランスを取りながら『冒険』を楽しんでおったわ」
「バランス、か。具体的にはどうやって?」
「年に一、二回、自分の名前が届かないほど遠くの街へ遠征に行くのじゃよ。地元じゃ貴族として気を使われてまともな活動もできんじゃろ? だから、自分を知る者が一人もいない場所へ行き、身分を隠して一介の冒険者として依頼を受ける。……まあ、裏では護衛がしっかり固めておったようじゃが、それでも本人にとっては至福の『冒険』だったようじゃ」
「なるほど。それは……目から鱗だな」
今の俺も、セリーナたちの目が届かず、俺の顔と名前が一致しない場所へ行けば、「ただの冒険者」になれるのではないか。
「さて、わしはそろそろお暇するかの。久しぶりに美味い酒が飲めそうじゃ」
「色々ありがとな、爺さん! ちなみに……爺さんは現役の頃、どこの街にいたんだ?」
「ザヴィルじゃよ。まあ、今さらわしのことを覚えている者などおらんじゃろうが。あそこは人の出入りが激しい貿易街じゃからな。冒険者の入れ替わりも凄まじいものよ」
「ザヴィル……。了解、ありがとう。久しぶりに楽しめたよ」
ザヴィル。 あそこなら人の海に紛れ込めそうだし、王都からも適度に離れている。逃亡先としては申し分ない。 レンは最後に、もう一枚の金貨を老人のポケットにそっと忍び込ませ、別れを告げた。 夜明けまではまだ時間がある。まずは具体的な情報の収集だ。 こういう時、頼りになるのはあいつしかいない。
レンは公園を後にし、夜の裏通りにひっそりと看板を掲げる酒場へと向かった。




