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老人の「冒険」談

夜の公園は暗い。視界に入るのはカップルや若者の集団、あるいは行き場のない浮浪者、酔っ払い、そして娼婦くらいのものだ。大通りに近い場所こそ恋人たちで賑わっているが、少し奥へ足を踏み入れれば、途端に人の気配はまばらになる。


ちなみに、こんな場所でもレンに絡んでくる者は極めて少ない。この世界には「見た目と強さは比例しない」という暗黙の了解があるからだ。幼い少女であっても、魔法一つで大男を屠ることは難しくない。見知らぬ他人にちょっかいをかける行為は、この世界ではリスクでしかないのだ。


さらに、万が一にも相手が貴族だった場合、法律さえもねじ曲げられてしまう。貴族は不当な横暴こそ禁じられているが、正当な理由があればすべてを超越できる特権階級だ。あえて先に手を出させ、合法的に暴れることを愉しむ悪趣味な貴族もいるという。


束の間の休息

レガリア・グランドパークの大広場に辿り着く。剣の素振りに励む者、芝生で泥のように眠る者……。いつもの光景を眺めながら、レンは適当なベンチに腰を下ろした。


もう少し夜が更ければ、飲み会帰りの連中による喧嘩も始まるだろう。二、三発殴り合って双方がダウンして終わり。そんな彼らの財布を狙って集まってくる不届き者を追い払ってやるのが、レンの密かな日課だった。ちょっとした社会貢献である。


「お、あっちのカップルが始めたぞ……」


暗闇に目が慣れている冒険者にとっては、隠れているつもりの恋人たちの姿も手に取るようにわかる。不謹慎だが、これも一種の役得だろうか。


汚れなき冒険譚の対価

「そこの若いお人、少しお願いがあるのだが。話を聞いてはくれんかね?」


不意に、汚れた服を纏った老人に声をかけられた。足音は極めて小さく、何らかの戦闘経験があることを伺わせる。レンは警戒よりも興味が勝り、話に乗ってみることにした。


「ああいいぞ、どうしたんだ?」


「ありがたいのう。実は今、金がなくてな。恵んで欲しいとは言わん。わしの話が面白いと思ったら、その対価として金をいただければ幸いじゃ」


「物乞いかと思ったら、珍しい商売だな。どんな話なんだ?」


「わしもプライドがあってな、ただで貰うのは性分に合わんのじゃ。色々な話があるが……一番人気はわしの若い頃の冒険譚じゃな。評判が良いからおすすめだよ」


「へえ、爺さん、冒険者だったのか」


「そうよ。と言ってもCランク止まりだったがな。だが、それなりに修羅場はくぐってきた。話の種には困らんぞ」


Cランクの冒険譚! 普段、レンの耳に入ってくるのは、殴ったら一発で山が飛んだだの、軍勢五百人を一瞬で消滅させただの、情緒も何もない規格外のエピソードばかりだ。等身大の冒険者の話には、今のレンにとって抗いがたい魅力があった。


「いいね、聞かせてくれ」


「よし、契約成立じゃな。まずは鉄板の話からいこう。駆け出しの時に『地下蜂アンダーグラウンド・ビー』の巣を踏み抜いて死にかけた話じゃ。わしが十五歳で村を出て、仲間とチームを組んで一ヶ月の頃。猪退治の依頼を受けていた時のことじゃが……」


老人のチームは、前衛三人に後衛二人のオーソドックスな五人編成。老人はその前衛の一人だったという。


「地下蜂を見たことはあるかね? 鳥ほどもある巨大な蜂が、黒い雲のように巣から溢れ出してきた時の恐怖と言ったら……。全員、なりふり構わず全力疾走よ。仲間の女魔導師などは泣き叫びながら、買ったばかりの杖や防具を投げ捨てておったわ。『高かったのにー!』とな。わしも捨てたかったが、買い直す金がなくてのう。死ぬ気で剣を握りしめて逃げたわい」


「よく逃げ切れたな、そんな状況で」


「安物のポーションを煽りながら、火魔法で牽制しつつひた走るのみよ。全員が一、二箇所は刺されたが、幸い治癒魔法の使い手がいてのう。毒を除去しながらなんとか麓まで辿り着いて……」


正直に言おう。 レンからすれば、地下蜂など魔法で焼き払えば終わる羽虫だと思っていた。あるいは、巣ごと一刀両断すれば済む話だと。 だが、世の冒険者にとって、蜂の巣に出会うことはそれだけで命懸けの「冒険」になるのだ。老人の語り口が上手いこともあったが、レンはいつの間にか、その泥臭い物語に心底夢中になっていた。

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