宰相
晩餐会が終わり、撤収の時間となった。 まずは連邦の一行が去り、次に大臣たち。俺とカノンが続き、最後が王家というのがこの国のしきたりだ。
「レン様、カノン様。本日は誠にありがとうございました」
会場を出ると、宰相が待っていた。律儀な人だ。
「ご丁寧に。ベルンハルトさんもお疲れ様でした」
「いえ、私のことはお気になさらず。シエラ姫を間近で拝見でき、色々と発見があった良い機会でしたよ」
ベルンハルト宰相は就任十年のベテランで、相当なキレ者だ。それでいて貴族には珍しく誰に対しても柔和なので、「話しやすい大臣ナンバーワン」でもある。すべてを見透かされているような雰囲気を苦手とする者も多いらしいが、どうせ俺は何も考えていないので、特に思うところはない。
「カノン、あいつらはどうだった? シエラ姫と『魔術工房』の連中」
「うーん。まあ、格付け的にはSランクと言っても差し支えないんじゃない? ただ、私やレンのチームなら一人で全員潰せそうだけど」
「なるほどな。そんなもんか」
「あなたからしたら、みんな止まっているようなものでしょうしね。でもまあ、心配するほどではないわ」
カノンには、他の冒険者の実力を測るという趣味がある。何発か魔法をぶつけてみればわかると言うのだが、普通はそんなことをすれば国際問題だ。彼女の地位と、死者を出さない防御特化の魔法だからこそ許される趣味である。 一度『白金の聖盾』のメンバーに「あれはいいのか?」と聞いてみたことがあるが、彼らは苦笑いするだけだった。これでもSランクチームのリーダーとしては常識人の部類だとベルンハルト宰相も言っていたので、冒険者の上層部は過去も今も、ひどい連中ばかりのようだ。
「皆様はお強いので、武力の心配はしておりません。ただ、世の中の強さは力だけではないことは重々承知でしょうが、どうかご注意を。特にレン様」
「俺?」
「はい。カノン様はその領域に経験も知見もございます、貴族ですから。ですが、レン様は慣れていないことも多いかと」
「ああ、そういうことか……」
Sランクに認定された際、ギルド長から受けた研修を思い出した。内容は「如何に政治的なトラブルを防ぐのか」というものだ。 各国の戦略兵器として機能しつつも自由が大きい冒険者は、政治的な罠に嵌められやすい。立場の悪くなるスキャンダルを捏造され、他国へ亡命せざるを得ない状況に追い込む手法は、女性問題から金銭トラブル、果てはクーデター疑惑まで枚挙に暇がない。 特に若い平民出身の冒険者は知識が薄いため狙われやすいと、ギルド長は切々と語っていた。ちなみにギルド長本人は、運命の出会いだと思った女が隣国のスパイだったらしい。そんなことがあったら人間不信になりそうだ。
幸い、俺には今のところ女性関係のトラブルはない。 俺自身の影が薄いのもあるが、一番の理由は周りに「怖すぎる女たち」が揃っているからだろう。 ナンパしてきた酔っ払いの足を切り落としたエルフや、絡んできた貴族と取り巻きをまとめて氷漬けにした魔導師、敵国の暗殺者を返り討ちにした挙句、爆弾を括り付けたゾンビにして城門に突撃させた死霊術師……。 笑えないエピソードが多すぎるのだ。ちなみにガドルは女遊びが激しいため、情報漏洩対策として大事な会議には呼ばれない。まあ、いたとしても脳筋すぎて意味がないのだが。
「とにかく、連邦の一行は一週間ほど王都に滞在予定です。模擬戦の申し込みなどもあるでしょうが、基本的にはお断りください。もし実施する場合は、必ず王宮の演習場をお使いくださいね」
「わかった。セリーナには伝えておくよ」
「本日の報酬は、後ほどリリィ様にお渡ししておきます。カノン様はマイクル殿に」
「了解、助かるよ」
「はーい」
慇懃なお辞儀と共に、ベルンハルト宰相が去っていく。 ミッション完了だ。後は帰って寝るだけだが、少しだけ夜風に当たりたい気分だった。
カノンと別れ、俺は王都の中心にある巨大な公園、『レガリア・グランドパーク』へと足を向けた。 夜のここは、昼間に比べれば治安は良くない。だが、今の俺にはそれくらいがちょうど良かった。晩餐会の、あの窒息しそうな空気の真逆に浸りたかったのだ。




