河辺の集落
川沿いの集落までは、ザヴィルから歩いて半日ほどの距離だった。街道を外れ、川に沿って伸びる細い道を進む。川幅は広く、水の流れは穏やかだ。空は曇っており、どこか湿った空気が漂っている。
「本当にこんなところに集落があるのか?」
テオが周囲を見回しながら言った。
「地図にはあるわよ。小さいけど漁を中心にした集落みたい」
ソフィアが紙を確認する。
レンは無言で川を眺めていた。
(綺麗、ではないな。とはいえその方が魚が取れるのだろうが)
流されてきた難民がいるという話だが、この流れなら確かに人も流れてくるだろう。だが同時に、何かを隠してしまう水でもある。
しばらく歩くと、煙が見えた。集落だった。川岸に沿って粗末な木造の家が並び、小さな船が何艘か繋がれている。焚き火の煙が細く上がっていた。
「とりあえず村人に挨拶をしよう」
テオはそういうと、家の戸を叩く。出てきた住民に説明すると嬉しそうに村長の家に連れて行ってくれた。
「ありがとうございます、助かります。迷惑というわけではないのですが人数が多いので食料や医薬品が足りず・・・」
村長はペコペコとしながら難民の元へ案内してくれる。
「悪い人達ではないのです。ただ冒険者・政府、そういった単語には拒否反応が強いので控えていただいた方が良いかと。何かあったのでしょうね・・・」
「ああ・・・」
冒険者、政府。世の中には碌でもない奴らがいる。その被害者なのだろう。
しかし、近づくにつれて妙な空気を感じる。
人はいる。だが、誰も声を上げない。
焚き火の周りに座る者も、作業をしている者もいるが、会話がほとんど聞こえないのだ。
「……こんにちは」
ソフィアが声をかけると、数人の村人が振り向いた。その視線が三人を捉えた瞬間、空気がさらに重くなる。
「冒険者……か?」
一人の男が恐る恐る口を開いた。
「ザヴィルのギルドから来た。難民の護送の依頼だ。まだ冒険者になって数ヶ月の一般人だよ」
レンが簡潔に答える。
男は少し安堵したように息を吐いたが、周囲の人々の緊張は消えなかった。
話を聞くと、事情はこうだった。
連邦の村が魔物に襲われた。夜の襲撃で、多くの家が壊され、人々は慌てて川へ逃げた。小舟に乗り、あるいは流木にしがみつき、流されるままに川を下ってきたという。
「運よく、この集落の者が見つけてくれてな」
男は言う。
「だが問題があって……」
彼は焚き火の奥を指差した。そこには十数人ほどの難民が集まっている。毛布にくるまり、横になっている者が数人。
「病人が出て動けんのだ。熱が出て、体が重いらしい」
「怪我ではないの?」
ソフィアが尋ねる。
「違う。怪我はない。ただ、動けない」
レンは難民の方を観察する。
服は濡れて乾いた跡があり、確かに川を流れてきたようだ。だが、それよりも気になることがあった。
(静かすぎる)
難民も、集落の人間も、ほとんど声を出さない。互いに距離を取り、どこか怯えたように座っている。
「……子供は?」
レンはふと口にした。
男は少し困った顔をする。
「いない」
「老人も?」
「……いない」
逃げてきた難民は二十人ほどだという。しかし、目の前にいるのはほとんどが働き盛りの男女ばかりだった。
「途中で別れたのか?」
テオが聞く。
「いや……」
男は首を振る。
「最初から、この人数だった」
ソフィアが小さく眉を寄せる。
「変ね」
「それに……」
男は声を潜めた。
「二人、消えたんだ」
レンは顔を上げる。
「消えた?」
「夜の間にな。気づいたらいなくなっていた」
「逃げた可能性は?」
「ない」
川の流れの音だけが聞こえる。
レンは周囲を見渡した。
難民たちは三人の方を見ている。だがその目には、助けを求める色よりも――
怯えがあった。
(魔物に襲われた村の難民……にしては安心していない。まだ何かある?)
妙だ。
何かが噛み合っていない。
レンは川の方を見た。
静かな水面が、ゆっくりと流れている。




