表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/39

受付の価値

ギルドを出ると、ザヴィルの街には夜のとばりが下り始めていた。 まずは今夜の宿を探さなければならない。設定上は「貯金を叩いて出てきた村人」なのだから安宿に泊まるべきなのだが……。

(……流石にそこまでの気力はないな)


冒険者として頭角を現して以降、レンがボロボロのベッドや相部屋の安宿に泊まった記憶はほとんどない。Aランクに昇格してからは、どこの街でも最高級の宿が定宿だった。 潜入調査ではないのだ。わざわざ自分を痛めつけてまで設定を貫く必要もあるまい。辻褄合わせが必要になれば、その時に考えればいい。

レンは街の入り口付近にある「宿紹介所」へと向かった。 初めて訪れる街では、自力で探すより紹介屋を通すのが安全策だ。悪質な宿を回避できるし、相場も把握しやすい。


「宿を探しているんだが」 窓口には、肝っ玉母さんといった風情の中年女性が座っていた。レンは共通手数料の銅貨二枚を差し出す。

「あいよ。お一人かい? 希望の条件は?」

「一人だ。相場はわからないが、風呂があって個室の宿がいい。場所は街の中心部で頼む」

「なるほどねえ……。一泊、銀貨一枚出せるかい? ならおすすめは『波止場の三毛猫亭』だね。海沿いにあって、風呂からの眺めが良いと人気の宿さ。部屋も広くて新しいよ」

(銀貨一枚、か……) 王都の感覚からすれば決して高くはない。若い冒険者に勧めてくるあたり、この街の「ちょっといい宿」の基準なのだろう。


「いいな、そこに決めるよ」

「即決かい、気前がいいねえ! さすがに貴族様はいないが、羽振りのいい商人がよく使う宿さ。きっと気に入るよ。もっといい宿が良ければまたおいで」

「ちなみに、一般的な安宿は一泊どれくらいなんだ?」

「銅貨二十枚ってところだね。『三毛猫亭』は普通の宿の五泊分だと思ってくれればいいよ」

案内された宿は、確かに清潔で、潮騒の音が心地よい風呂が自慢の宿だった。 専属のメイドがいないことだけが不便だが、それ以外は隠居生活の第一夜にふさわしい快適さだった。


翌朝。 宿の従業員から「近くに評判の食事処がある」と聞き、レンは街へ繰り出した。 そこは焼き立てのパンとコーヒーが人気の店らしく、朝から多くの客で賑わっていたが、幸いにも隅の席を確保できた。

「お、レンじゃねーか!」

注文を済ませて待っていると、不意に声をかけられた。昨日出会ったドーンだ。 「どこに泊まってんだ? すまん、ここ座っていいか? 席が空いてなくて困ってたんだ。ちょうどよかったよ」

ドーンは返事も待たずに向かいの席に腰を下ろし、慣れた様子で注文を済ませる。

「『波止場の三毛猫亭』ですよ」


「おー、あそこか! いい所に泊まってんなあ。あそこの風呂は最高だよな」

ドーンは、新人のレンがなぜそんな金を持っているのか、といった野暮な詮索はしてこなかった。 単に無頓着なのか、あるいはあえて踏み込まないベテランの処世術か。いずれにせよ、能力的に警戒の必要はない相手だ。何か仕掛けてこようと、レンが傷一つ負う未来は見えない。

「それで、冒険者登録は終わったのか? 受付は誰になった?」

「ミナさんという方です。……そういえば、ミナさんの窓口だけ他より空いていたのですが、何か理由があるんですか?」

「あー……ミナか」 ドーンはコーヒーを啜りながら、少しだけ声を潜めた。


「アイツはな、『ギリギリ』の依頼を見抜く才能があるんだよ。死ぬ一歩手前だが、必死に頑張れば乗り切れる――そんな依頼を冒険者に宛がう。それを乗り越えれば圧倒的な速度で成長できるんだが……如何せん、死亡率と逃亡率が異常に高いのさ」

「なるほど。だから担当の冒険者が少ないんですね」

「ああ。だが生き残った奴の質はザヴィルで一番だ。『赤き戦斧』をAランクまで引き上げたのもアイツの実績だ。とはいえ、皆が生死を懸けてまで強くなりたいわけじゃないからな。他の窓口へ変えてくれって逃げ出す奴も多いんだよ」

(かつての担当を思い出すな……。あいつはもっと知的な嫌がらせに近かったが、ミナは『野生の勘』でやっているタイプか)

「まあ、最初の一ヶ月の仮担当期間は、そこまで無茶なことはさせないはずだ。いくつか依頼を受けながら様子を見てみるといい。気に入らなければ後で担当変更の抽選も出せるし、一年に一度は交代の希望も出せるからな」


ドーンとたわいもない雑談を交わしながら朝食を終える。

「そうだ、滞在証明書はもうもらったか? 忘れないうちにギルドへ取りに行って、宿に提出しておけよ。忘れると不法滞在で追い出されるからな」 「そうでした。今から行ってきます」

やはり、ドーンはいい人だ。



ドーンと別れてギルドへ向かうと、相変わらずミナの窓口だけがぽっかりと空いていた。

「おはようございます。滞在証明書をいただきたいのですが」

「あ、昨日登録されたレンさんですね! はい、作成済みですよ。こちらを宿に提出してください。レンさんの泊まっている宿なら、役所への届け出まで全部やってくれるはずですから」

「ありがとう。……って、俺がどこに泊まっているか話したっけ?」

「いいえ。でも、なんとなく『いい宿』に泊まってそうだなーって思っただけですよ」

ミナはそう言って、太陽のように屈託なく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ