Aランクと情報屋
隣接する併設のレストランで食事を摂っていると、不意に周囲の空気が張り詰めた。 現れたのは、この街の英雄――「赤き戦斧」の一行だ。
先頭を行くのは、岩石のように無骨な大男。見るからに凄まじい膂力を秘めていそうなリーダーのザンガだ。その後ろを、軽鎧を纏った鋭い目つきの美青年サイラス、小柄で素早い身のこなしのフェイ、そして冷静沈着な雰囲気を纏う魔導師の女性イリスが続く。 ザンガは無言で歩を進める。その威圧感に気圧され、周囲の冒険者たちはモーゼの十戒のように道を空けていく。彼らが向かった先は、ミナの窓口だった。
「――依頼はどうだったー?」
ミナが、大ランク冒険者を相手にしているとは思えない軽い調子で声をかける。
「ああ。依頼通り、猪は退治した。牙は倉庫に預けてある」
「さすが! あれをただの『猪』と言い切っちゃうのはザンガさんくらいですよ。はい、報酬です」
ミナから報酬の袋を受け取ると、ザンガたちはレンの座るテーブルのすぐ脇を通り過ぎていった。その際、最後尾を歩いていたイリスが一瞬だけ足を止め、レンと視線が交差する。
「……気のせいかしら」
彼女は小さく独り言を漏らすと、何事もなかったかのように仲間を追ってギルドを出ていった。
「かっけえな、赤き戦斧。特にザンガのあの戦斧。あんな獲物で大物を一刀両断にしてみたいぜ」
「サイラスの鎧を見たか? 龍の鱗製で、羽のように軽いのに鉄より硬いらしいぞ。流石はAランクだ」
周囲の冒険者たちの羨望の声が耳に入る。確かに装備の質は高く、Aランクの名に恥じない業物揃いだ。 だが、レンが注目したのはそこではない。彼らの腰に下げられた「予備の短剣」だ。
(全員、抜きやすい位置に短剣を仕込んでいるな……) かつてBランク時代の同僚が言っていた。「街中で不意に襲われた際、長物は取り回しが悪い。反撃には短剣こそが至高だ」と。 この街のAランクがこれほどまでに警戒を怠らないということは、それだけ「裏」の危険があるということか。
それと、あの魔導師の女。どこかで会ったことがあっただろうか。 Aランククラスになれば、かつての任務のどこかで擦れ違っていてもおかしくはない。 (……少し、警戒度を上げておくか) 武力的な脅威は感じないが、正体を見破られるのは面倒だ。一度、ミナに詳細を聞いてみることにした。
「ミナ、あの『赤き戦斧』は君の担当なのか?」
「そうなんですよ。もう長いお付き合いなんです。あ、説明しますと、あの大きな男性がリーダーのザンガさん。細身の美青年が副リーダーで双剣使いのサイラスさん。小さいのが斥候のフェイさんで、女性が魔導師のイリスさんです。下部チームはいくつか抱えていますが、本体はこの四人。結成七年目で、去年Aランクに昇格したんですよ」
「強そうだな。他にAランクはいないのか?」
「他にもいますが、現在は実質休止状態ですね。ザヴィルを拠点にバリバリ活動しているのは彼らだけです。皆さん人格者で街の信頼も厚い、冒険者の鏡みたいな人たちなんですよ! 街中に彼らの武勇伝があるので、聞いてみると面白いですよ」
「なるほど。……特に腕が立つのは誰なんだ?」
「皆さん強いですが、純粋な腕っぷしならやはりザンガさんですね」
「そうか。……俺は、あのサイラスという男の方が『切れ味』がありそうだと感じたけれど」
レンの言葉に、ミナは「おっ」という顔をした。
「レンさん、勘がいいですね! サイラスさんはバランサーとしての能力が極めて高いんです。王道からトリッキーな動きまで何でもこなすので、ギルドの評価も凄く高いんですよ。レンさんと体型も似ていますし、色々聞いてみるといいかもしれません。優しい人なので、きっと教えてくれますよ。……あ、次のお客様ですね。はい、どうぞ!」
ミナが次の対応に入った。 彼女の情報から、赤き戦斧が「英雄」として慕われる正統派の強者であることを理解した。 一般の冒険者では束になっても勝てないだろうが、化け物というほどではない。だが、彼らが街の「憧れの象徴」として機能している空気は、今のレンには新鮮だった。
それに比べて、『宵闇の極光』はどうだったか。 自分たちがギルドに現れると、周囲は憧れよりも圧倒的な「恐怖」と「畏怖」に包まれていた。扉を開けた瞬間に会話が止まり、全員が息を潜める。……思い出してみれば、少し寂しい光景だった。
レンは席に戻り、酒と食べ物を追加注文した。今日は骨休めだ。 そう割り切ってのんびり食事をしていると、不意に正面に誰かが座った。
「お兄さん、ザヴィルは初めて?」
そこにいたのは、身なりのあまり良くない少女だった。 まだ未成年のようだが、その瞳には大人びた狡猾さが宿っている。
「……そうだな。冒険者になったばかりだ」
「やっぱり。私はシオン。情報屋だよ」
「俺はレンだ。情報屋……どこかの組織に属しているのか?」
「一応ね。流石にこの年で一人はきついさ」
「アイルーンか?」
「……何だい、それは?」
どうやら、アイルーンの配下ではないらしい。地元の小さな組織の者だろう。
「すまない、忘れてくれ。情報屋ってことは、何か有益なことを教えてくれるのか?」
「ああ、もちろんだよ。お兄さん、これから冒険者として生きていくんだろ? なら『情報』は命の次に大事だ。うちから情報を買ってみないかい?」
「どんな情報があるんだ」
「そうだねえ……『新人冒険者を募集している、まともなチーム』の情報なんてどうだい? 銀貨一枚で、三つほど紹介しようじゃないか。最初に入るチーム選びは肝心だよ。中には新人を使い捨てにする悪い連中もいるからね」
レンは黙って銀貨を一枚差し出した。 シオンは少し驚いたような顔をしたが、素早く金を受け取ると話を始めた。
「まず、既に五人以上いる大所帯のチームはやめときな。新人は雑用係としてこき使われるのがオチさ。それから、メンバー全員がベテランのチームもダメ。新人育成が趣味の物好きでもない限り、裏があると思ったほうがいい。……おすすめは、二人か三人くらいの、ここ数ヶ月でザヴィルに来たばかりの若手チームだよ」
シオンの解説は、予想以上に的を射ていた。それから彼女は、具体的な三つのチームについて詳しく教えてくれた。
「……とまあ、こんなところだね。でもお兄さん、銀貨一枚なんてポンと出すのは気前が良すぎるよ。気をつけたほうがいい」
「……気をつける?」
「『訳あり』でしょ? ミナに敢えて声をかけた時点で、何かあると思ったよ。普通、怪しいほど空いてる窓口には行かないものさ。そこへ迷わず行ったってことは、何が起きてもどうとでもなるっていう『自信』があったんだろ?」
レンは無言で彼女を見つめる。
「まあいいさ。金持ちの『訳あり』なんてザヴィルには腐るほどいる。大抵は数ヶ月で親に連れ戻されるけどね。……親にはバレてないのかい?」
「……親は、いないんだ」
「なるほどね。まあ、詮索はしないよ。ただ、チームじゃ『その手の訳あり』は敬遠される。正直に話すか、完璧に隠し通すか、どっちかにしなよ。大金をもらったお礼のアドバイスさ。……それに、私もその気持ちはわかるからね。たまには、用意された人生のレールから外れたくなるもんさ。まあとりあえず私はこの辺りをいつもフラフラしているから何かあったら声をかけてくれ。金さえ払ってくれれば歓迎するよ」
シオンは一人で納得したように頷くと、軽やかな足取りで雑踏の中へと消えていった。




