貿易の街
ドーンから冒険者に関するさまざまな話を聞きながら歩いていると、やがて前方に巨大な城郭――ザヴィルが見えてきた。
「見えてきたな。お、今日は列が短いぞ」
城門の前には十以上の列が伸びていた。一見すると混雑しているが、列によって進む速さが極端に違うようだ。
「列の長さは、身分の違いによるものですか?」
「半分正解だな。大きく分けて四種類ある。街の住民、王国の貴族、王国の平民、そして他国。王国民は比較的すぐ入れるが、他国籍は時間がかかる。まあ、当然っちゃ当然だな。レンは王国民だよな?」
「はい、そうです」
「ならすぐ入れるはずだ。たまに嫌な衛兵に当たってトラブルこともあるんだが……俺は住民用から入るが、もし何かあったら俺の名前を出していいからな」 「ありがとうございます!」
「他の街だと賄賂がないと通してくれない場所もあるが、ここの領主は不正に厳しくてな。心配しなくていい。よし、じゃあ俺はここまでだ。またギルドで会おうぜ!」
ドーンは見た目通り裏表のない善人のようで、衛兵とも親しげに挨拶を交わしながら去っていった。
ザヴィルの城門は、王都のそれに勝るとも劣らない威容を誇っていた。 高くそびえ立つ石造りの壁は、数多の戦火や魔物の襲撃を耐え抜いてきた歴史を感じさせる。門をくぐろうとする群衆は、王都よりもさらに多様だった。屈強なドワーフが荷車を引き、優雅な足取りのエルフが森の香りを漂わせ、獣耳を持つ亜人たちが活気ある声を掛け合っている。
検問の列に並び、王国民であることを示す簡易的な身分証を提示すると、手続きは意外なほどスムーズに進んだ。身分証には詳細な個人情報はないが、王国内での信用を保証する重要なものだ。譲渡や偽造は重罪だが、それゆえに信頼性は高い。
「確認した。通行を許可する。ただし、冒険者になるつもりなら三日以内に冒険者ギルドで正式な滞在証明書を発行してもらえ。不法滞在者の取り締まりが厳しくなっているんでな。忘れるなよ」
門兵の言葉に、レンは「わかりました、ありがとうございます」と低姿勢で応じた。どうやら、流れ者の多いこの街では、身元の保証をギルドに委託することで治安を維持しているらしい。
一歩街の中へ踏み入れば、そこには王都とはまた異なる熱気が渦巻いていた。 道幅は広く、石畳の両脇には色とりどりの露店が並んでいる。香辛料の刺激的な匂いや、焼き立てのパンの香りが鼻をくすぐる。通りには騎士団の巡回も多く、鎧の触れ合う音が絶え間なく響いていた。活気の中にもどこか緊張感が漂っているのは、ここが国境に近い貿易の要所だからだろう。
「さて、まずはギルドだな……」 レンは賑わう大通りを抜け、街の中心部に建つ重厚な石造りの建物――冒険者ギルド・ザヴィル支部へと向かった。
しかし、その巨大な扉を前にして、レンはふと足を止めた。 (待てよ。もしここで、俺の顔を知っている奴に会ったらどうなる? 特に職員だ……)
『宵闇の極光』のリーダー、レン。 知名度は低く、見た目に特徴もないので一般の冒険者に気づかれる可能性は低い。だが、各支部の功労者対応を任されるベテラン受付の間では「絶対に失礼があってはならない要注意人物」として顔が共有されている可能性がある。
(せっかくの隠居の旅が、初日の登録で『レン様、お待ちしておりました!』なんてことになったら、セリーナたちに一生笑われる……)
ギルドの中に入ると、夕方時とあって依頼を終えた冒険者たちで賑わっていた。 見渡す限り、知っている顔はいなさそうだ。アイルーンが言っていた通り、ザヴィルの冒険者はこの地を拠点に定着する傾向があるらしい。
受付には三人の職員が並んでいた。 一番右の窓口は、いかにも厳格そうな初老の男性。眼光が鋭く、無駄のない手つきで書類を捌いている。あそこはベテランだ。マズい。 中央の窓口は、美貌の女性。笑顔を絶やさないが、冒険者の嘘を簡単に見抜きそうな鋭い知性を感じる。あそこも危険だ。
そして一番左。そこには、一人だけ明らかに空気が異なる若い女性がいた。 笑顔でテキパキと処理を進めているのだが、なぜか彼女の列だけが短い。冒険者の割り振りはランダムのはずだが、何らかの理由で避けられているのか、あるいは新人だからだろうか。
(あの子だ……) レンは確信し、その職員の列に並んだ。
「次の方、どうぞ!」 レンは「新人冒険者」の顔を作り、窓口へ進み出た。
「こんにちは。新しく登録をお願いしたいのですが」
「ありがとうございます! 私、受付のミナと申します。新規登録ですね。では、まずはこちらの書類に必要事項をご記入ください」
ミナと名乗った受付嬢は、明るく羊皮紙を差し出してきた。 レンは身分証の情報を写しながら、アイルーンが用意した「トト村出身」などの嘘の設定を書き込んでいく。
「レンさんですね。トト村のご出身、承りました。過去に冒険者登録をされたことはありませんか?」
「ないです」
「わかりました。念のためですが、後日過去の登録が発覚した場合は罰則がありますのでご注意ください。次は、犯罪者登録のチェックです。この魔道具に手をかざしてください」
犯罪行為で指名手配されると、その情報は魔道具を通じて国中に共有される。当然、レンに犯罪歴などないので、何の問題もなくパスした。
「はい、問題ありませんね。では、冒険者プレートをお渡しします。最初はFランクからのスタートです。あ、冒険者制度についてはご存知ですか?」
「ドーンさんという方に、道中少し教えてもらいました」
「ドーンさん! それなら安心ですね。もし詳しく知りたくなったら、毎週水曜夕方の説明会に参加してください」
「それと、滞在証明書を発行してもらいたいのですが」
「そちらは登録の翌日発行となります。宿泊する宿の情報が必要ですので、決まったら教えてくださいね。長く滞在するなら、家を借りるのもおすすめですよ! あ、それから……」
ミナは少し照れくさそうに笑った。 「登録から一ヶ月経つと正式な担当受付が決まりますが、それまでは私が仮の担当になります。ミナって呼んでください。そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ?」
「わかった、ありがとう。とりあえず、また明日色々教えてほしい。……一つだけ、質問していいか?」
後ろを確認すると、次の冒険者はまだ来ていない。
「なんでミナの列だけ、こんなに少ないんだ?」
「それは……ふふ、また明日説明しますね。死者が多いとか、そういう不吉な理由ではないので心配しないでください!」
ミナは満面の笑みで謎を残した。
「レンさん、もしお時間に余裕があるなら、しばらくここで待っていた方がいいですよ」
「何かあるのか?」
「はい。もうすぐ、この街が誇るAランク冒険者チーム『赤き戦斧』の皆さんが、大型依頼の報告に戻ってくる予定なんです。一流の方々の装備や立ち振る舞いを見ておくと、これから冒険者として生きていく上ですごく勉強になると思いますよ!」
ミナは自分のことのように目を輝かせて語る。なるほど、今のザヴィルの「頂点」を知るには絶好の機会だ。
「それはいいことを聞いた。せっかくだから見学させてもらうよ」
レンはギルドの併設食堂に腰を下ろした。 腕輪のせいで魔力の循環が鈍く、体が少し重い。だが、それすらも「普通の人間に戻った」ようで新鮮だった。酒と食べ物を注文し、喧騒を眺めながら待つ。
しばらくすると、ギルド内のざわめきが一段と大きくなった。 正面の大きな扉が左右に開き、周囲の冒険者たちが一斉に道を空ける。
「戻ってきたぞ! 『赤き戦斧』だ!」
誰かの叫び声とともに、重厚な金属鎧の響きが建物内にこだまする。 レンは目を細め、この街の英雄たちがどんなものか、じっくりと見極めることにした。




