冒険者
ゆらゆらと揺れる馬車に揺られること一週間。
「ここから数時間でザヴィルに到着します。こちらでお降りになりますか?」
御者に金貨を渡し、馬車を見送った。ここからは一人での移動だ。流石にあの「エルフ御用達」の高級馬車で門まで乗り付けては、注目を集めすぎてしまう。レンは目立たない服に着替え、アイルーンから渡された『能力抑制の腕輪』をしっかりと装着し、どこにでもいる初心者冒険者の格好で歩き始めた。
腕輪をはめた瞬間、魔力の流れをせき止められるような不快感が走る。装着しているだけならさほど気にならないが、いざ力を込めたり魔法を使おうとすると、猛烈な違和感が襲ってきた。魔力の出力が強制的に吸収・制御され、弱体化させられる仕組みのようだ。
「さて、設定は……北部にあるトト村の出身。両親を亡くし、村での生活に限界を感じたので、食い扶持を求めて冒険者を目指してやってきた。許嫁はいたが、別の女性と恋愛の末に駆け落ち。他に家族はいない。乗合馬車で一緒になった男にザヴィルを勧められたのでやってきた……か。アイルーンがこれでいいと言うのだから大丈夫なのだろうけど、あまりに情報が欠落していて、逆に怪しまれそうだな」
独り言をこぼしながら、本当にこのままザヴィルへ入れるのかと馬車道を歩く。いざとなれば力技でどうにでもなるが、せっかくの「視点を広げる旅」だ。予定通り、無事に事を運びたい。普通に走れば数分の距離を、あえてゆっくりと移動する。やるなら徹底的にやりたい、というのがレンの性質だった。
「おーい、にいちゃん!」
後ろから声が掛かった。徐々に近づいてきている気配には気づいていたが……これは新たな出会いか、それともトラブルか。
「はい、なんでしょう?」
「一人かい?」
「ええ、そうです」
振り返ると、一人の年嵩な男が立っていた。強さはそれなりといった風体だが、全身から「修羅場を潜ってきた」という独特の経験値が伝わってくる。
「ザヴィルは初めて、だよな?」
「はい。冒険者になりたくて来たんです」
口調は、初めて冒険者になった頃に少しだけ行動を共にしたメンバーを思い返して真似てみた。「あいつら、元気にしているかなあ」と内心で懐かしみながら、レンは回答した。
「だよな。その格好を見れば一目瞭然だ。どうせすぐバレるから今更だが、ザヴィルに入ったら騙されないように気をつけろよ」
「騙される、ですか?」
「ああ。俺が初めてザヴィルに来た時は、紹介された宿がひどいボッタクリでな。金が払えず、しばらくタダ働きをさせられる羽目になった。初心者をカモにする連中が多いから、親切そうに近づいてくる奴には裏があると思え」
「はい、ありがとうございます。……怖いですね」
「まあ、とはいえ、そのまま奴隷に売られたり裏稼業に沈められたりするような最悪の事態にはならねえが。命の危険がないとはいえ、気をつけて損はねえ。俺はドーンだ。お前さんは?」
「なるほど。僕はレンです」
「そうか、レン。よろしくな。せっかくだ、城門まで一緒に行こう。色々ザヴィルのことを教えてやるよ。俺も一応、現役の冒険者だからな」
ドーンは現在Dランク。チームも持っているが、たまに一人で近場の依頼を受けることもあるらしい。今はその帰り道とのことだった。
「なんでまた、冒険者になろうと思ったんだ?」
「えーっと……トト村という田舎にいたのですが、両親が亡くなってしまって。このままでは食べていけないと思い、少しだけ腕に自信があったので、稼げるかなと」
「おお、俺と似たようなもんだな! 俺の場合は他にできる仕事がなかっただけだが。確かに、お前さん……。ひょろっとしてるが、立ち居振る舞いに芯がある。意外とやっていけるかもしれねえな。ちなみに、冒険者ギルドの制度については知ってるか?」
「少しだけ……。馬車で一緒だった人に教えてもらいました」
「あー、その程度か。じゃあ、せっかくだから先輩として叩き込んでやるよ。細かいルールはギルドで聞けばいいがな」
大体のことは知っている、と言いそうになったが、こうして一般の冒険者の視点から話を聞くのも貴重な機会だろう。
「まず、ギルドに行けば犯罪者でもない限り、誰でも冒険者になれる。だが、ランクによって受けられる依頼が決まってるんだ。一番下がFランク。そこからE、D、C、B、Aと上がっていく。その上に特例のSランクってのがあるんだが……」
ドーンの表情が少しだけ真剣なものに変わった。
「一度だけ拝んだことがあるが、Sランクってのは怪物だ。普通の人間が目指せる最高到達点はAランクだと思っておけ」
「Sランクは、そんなに凄かったんですか?」
「ああ。ザヴィルに超大型の魔物が出たことがあってな。Aランクの連中が束になっても苦戦するような化け物だったんだが、そこにSランクが招集されたんだ。――『白金の聖盾』というチームでな。特にリーダーのカノンは恐ろしかったぞ。Aランクが冷や汗を流して戦っていた敵を相手に、汗ひとつかかずに完勝だよ。俺もサポートとして末席にいたが、何一つ手出しできなかった。まあ、そんな雲の上の連中は気にしなくていい。Aランクを目指すのが王道だ」
カノンか。確かに万能なチームだから、あちこちに呼び出されているとは聞いていたが……まさか、こんなところで名前を聞くとは。ここで鉢合わせしないことを切に願うばかりだ。
「それでだ、ランクは依頼の達成数を重ねていくと上がっていく。基本的には『受付』の推薦だ。受付一人一人に担当の冒険者がついていて、こいつは昇格させるべきだと判断されたら上層部に推薦がいく。そこで承認されればランクアップだ」
「なるほど。どの受付の方が担当になるかは、自分では選べないんですか?」
「完全ランダムだな。だから、とにかく受付とは仲良くしておくのが秘訣だぞ。揉めても得はねえ。とはいえ贔屓が出ないよう、ギルドも目は光らせてるみたいだがな。俺もたまに受付と飲みに行くが、『奢ると贈収賄になる』なんて言われて、きっちり割り勘だぞ」
「そんなルールがあるんですね。良い出会いがあるといいのですが」
レンはかつて自分が冒険者になった時の受付嬢を思い出した。見た目は良かったが性格は最悪で、無茶苦茶な主張をしては上層部と常に揉めていた問題児。……それが実績を積み上げ、今やギルド全国統括部門の上層部に君臨しているのだから、世の中はわからない。
「あとは『チーム』という概念だな。複数のメンバーで構成されるんだ。チーム専用のランクがあって、多人数前提の大きな依頼はチーム単位で募集される。ランクはギルドが決めるんだが、これがまた基準が不透明でな。ただ、十名以下の小規模チームだと、『参加メンバーの平均ランク』くらいに設定されることが多いな。FランクとDランクが混ざって、チームとしてはEランク、といった感じだ。大規模なギルドになるとまた違うんだがな。チームに入るとできることが格段に増えるから、良いところを探すといい」
「ありがとうございます。勉強になります」
『宵闇の極光』が結成された時や、新たなメンバーが増えた日のことを思い出し、レンの胸に懐かしい気持ちが込み上げてきた。また新たな仲間を探すのも悪くはない。だが、一年で解散が決まっている今回の旅路では、それは少し悩ましい選択だった。




