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白鎧の残像

いよいよ、出発の朝だ。


「こちら、宜しければ使ってください」 セリーナが、見慣れないリュックサックを差し出してきた。


「ありがとう。何が入っているんだ?」


「替えの服や、ありふれた冒険道具です。おそらく今の装備のまま行くつもりなのでしょうけれど、それではすぐにバレてしまいます。持ち物一つで『普通ではない』ことは、見る人が見ればわかりますからね」


「確かに……」


「愛用の装備を置いていく必要はありませんが、基本的にはマジックポーチの奥底に隠しておいてください。今の装備を晒して歩けば、ザヴィルに『レン様降臨』の報が届いて大騒ぎになりますよ」


「あ、ああ……気をつける。わざわざすまないな」


「いえ。それでは、私は朝酒を楽しみますので。……気をつける必要などない相手ばかりでしょうが、精々楽しんできてください。……と、お見送りが増えたようですね」


「『誰か』なんて聞かなくても、足音でわかるだろ」


レンが苦笑いしながら振り返ると、そこにはアイルーンが立っていた。


「予定通りのご出発ですね。流石です」


「どこが『流石』なのかはわからんが、わざわざ来てくれてありがとうな」


「冒険者は予定を守らないのが定番ですから。お渡ししたいものがあったので、お伺いしました」 そう言うと、アイルーンは薄い一冊の冊子をレンに手渡した。


「これは?」


「一枚目は、ザヴィルにある我々の拠点の場所と外観です。二枚目以降は、今回の旅の『設定案』を記載しました。できるだけ普通の冒険者に見せた方が動きやすいでしょう? 潜入の際は、プロフィールの細部まで作り込むのが成功の秘訣ですので、ご参考に」


「ありがとう。これは……三パターンもあるのか」


「はい。ご自身が一番しっくりくるものをお使いください」


「助かった。じゃあ、行ってくるわ」


レンが背を向けて歩き出した後、セリーナが低い声で尋ねた。


「……どんな設定にしたのかしら?」


「できる限り足がつかない設定にしました。『田舎の村から出てきた農民』『海の向こうからやってきた三年目の冒険者』『自由都市群から逃げてきた豪族の三男』の三つです」


「安牌すぎて、逆に怪しまれそうだけれど?」


「王都ならいざ知らず、ザヴィルでは『怪しくない人間』の方が少数派ですので」


「まあ、いいわ。……それで、アンとは話がついたの?」


「ええ、問題ございません。あとは直接彼女と打ち合わせを」


「わかったわ。揉め事だけは、起こさないようにね?」


「……善処いたします」


王都からの長距離移動は馬車が一般的だ。 走って移動しても問題はないのだが、のんびり走るとトラブルに巻き込まれやすいし、全力で急いでは旅の情緒がない。馬車に揺られ、景色を眺めるくらいがちょうどいい。


ザヴィルまでは一週間ほどの行程だが、帰りはセリーナの魔道具を使って一瞬で戻れる手はずになっている。行き限定の風流というわけだ。 通常は乗合馬車が一般的だが、流石に一週間も見知らぬ者と密室で過ごすのは疲れる。フィエルが貸切の馬車を確保してくれていた。


「それでは、出発いたします」


御者が声をかける。フィエルが手配してくれたのは、エルフ御用達の最高級馬車だった。 本来はエルフの血を引く者しか利用できないが、その快適さは王室の馬車をも凌ぐという。フィエルの威光のおかげで利用できているが、俺個人が依頼しても普通に門前払いされるような代物だ。 また、この馬車は一種の治外法権となっており、各都市の検問をほぼ素通りできるという利点もある。気楽な一人旅にはこれ以上ない贅沢だ。


「……もし宜しければ、フィエル様についてお伺いできないでしょうか?」


街道を進み、馬の休憩中に御者が遠慮がちに尋ねてきた。 エルフにとってフィエルは、畏怖と敬意が混ざり合った伝説的な存在だ。よく聞かれる質問なので、レンも慣れた様子で応じる。


「どんな話が聞きたいんだ?」


「ありがとうございます! そうですね、やはりその武勇を……。疑うわけではございませんが、剣で彼女に敵う者はいないという噂は、本当なのでしょうか?」


「うーん、世界は広いから断言はできないが、少なくとも剣技においては最強と言っていいんじゃないかな。アレに勝とうと思ったら、姿を見られる前に遠距離から魔法を連発するしかないと思うぞ」


「やはり……! ちなみに、レン様から見て彼女の何が特に凄いと思われますか? やはり、あの速度でしょうか?」


「そうだなあ。あの神速で大技を連発してくるのは普通に異常だと思うよ。……あとは、『オーラ』が凄いな」


「オーラ、ですか?」


「ああ。白鎧を着込んで剣を構えた彼女を前にしたら、大抵の奴は動けなくなる。圧倒的な強者の重圧を感じるんだ。まあ、そのオーラの正体が何なのかは俺にもわからないが……戦う前に勝負が決まっている、そんなイメージだな」


「ありがとうございます!」 御者は少年のような笑顔を浮かべ、嬉々として馬の世話に戻っていった。


チームの中で最も世間に名が知られているのは、間違いなくフィエルだろう。 普段は気のいい女性なのだが、一度剣を持ち、白鎧を纏えば――。 かつてヴェリディア帝土の精鋭武闘兵1,000名をたった一人で斬り伏せ、「運動にもならない」と言い放って帰還したエピソードはあまりにも有名だ。


実際は「精鋭って聞いてたけどアレなら木を切っている方が汚れないしいい」と漏らしていたのだが、それがそのまま伝えると帝土が激怒しかねないため、ギルドによって「修正」されたのである。素直すぎるのも良くないな、と思ったのをよく覚えている。

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