表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

張り巡らされた氷の網

夜の『三足の鴉』。 レンが去った後の店内に、冷ややかな空気を纏ったセリーナが姿を現した。


「いらっしゃいませ。……ああ、セリーナ様。よくお越しくださいました」


「アイルーンはいる?」


「あいにく接客中でして。……アンではなく、アイルーンをご指名でしょうか?」


「落ち着いたら呼んでちょうだい。今日は別件だから、アンは大丈夫よ」


「承知いたしました。ではこちらへ。アンは今手が空いておりますので、アイルーンが来るまでお供をさせていただきます」



アンは、セリーナがお気に入りにしている情報屋だ。一見穏やかで可愛らしいアイルーンに対し、アンは見事なまでに「頭のキレる美女」といった佇まいの、隙のないタイプである。


「いらっしゃいませ。アイルーンを呼び出すなんて珍しいですね。……レン様のことですか?」


「何か聞いているの?」


「あの女と情報共有なんてしませんよ。ただ、あいつをわざわざ指名するということは、そういうことかと思っただけです」


「まあ、そうよね。アン、あなたはザヴィルの街には詳しいかしら。どういう場所か教えてほしいのだけど」


「ええ、あそこはアイルーンの影響領域ですが、弊店の管轄内ですので把握しています。海沿いの貿易街で、背後は山に面している。海路と陸路の両方から他国と取引を行う要衝です。難民や冒険者の出入りが激しく、一箇所に長く留まる者は少ないですね」


「治安は?」


「意外にも、悪くはありません。領主が有能で税収も潤沢なため、警備には相当な力を入れています。街の性質上、小競り合いは絶えませんが、マフィアが街を牛耳るような事態にはなっていません。比較的平和といえるでしょう。冒険者ギルドも、Aランク『赤き戦斧レッド・アックス』を中心とした統制が取れています」


「なるほど、ありがとう。状況は理解したわ」


「お役に立てて光栄です。……それで、ザヴィルに私の部下を派遣しましょうか?」


「そうね、お願いするわ。費用がいくらかかるか、来週を目途に教えてちょうだい」


「かしこまりました。他に、どのような情報が必要でしょうか?」


「いったん、幅広く網を張っておいて。……まずは領主からね」





しばらく会話を続けていると、コンコンと個室のドアを叩く音がした。


「セリーナ様、お待たせして申し訳ございません」


「久しぶりね、アイルーン。座って。……アン、あなたは下がっていいわよ」


「ありがとうございます。では、失礼いたします。……いい、アイルーン。セリーナ様に失礼のないようにね」


「あなたほど非常識ではないので、ご心配なく」


「かしら。……まあ、正直に話すことね」


二人は火花が散るような視線を交わし、アンが部屋を後にした。


「相変わらずね」


「ええ。事あるごとに突っかかってくるので。一種のコンプレックスでしょうね」


「まあ、その話はいいわ。――なぜ呼ばれたか、わかっているでしょう?」


「はい。ただ、思ったよりお早いお呼び出しだったので驚いております」


「誰かがレン様に入れ知恵をしたことは、内容からすぐにわかったわ。……ザヴィルを勧めたのは貴女?」


「いえ、街については最初から決めておられたようです。お話を伺う限り深い理由はなさそうでしたので、どこかで名前を聞いて興味を持った、という程度でしょう」


「それで、貴女の息がかかった街に送り出したの?」


アイルーンの顔から余裕が消える。



「信じていただきたいのですが……私としても、それは幸運な偶然でした。実は最近、ザヴィルで少々きな臭い動きがありまして」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、セリーナの手がアイルーンの喉元を掴んでいた。


「私の目を見て。嘘は言っていないと言える? ――もし嘘だったら、貴女に明日はないわよ」


「は……はい……。真実です……」


数秒の間、凍りつくような沈黙の中で視線が交差する。やがて、セリーナは静かに手を離した。


「わかったわ。それで、その『きな臭い動き』というのは?」


「はい……。住民の入れ替わりが不自然なほど激しくなっています。名もなき冒険者や労働者の増加速度が、貿易量の伸びを明らかに上回っているのです」


「ふーん。何者かが裏で動いている、ということね。そこにたまたま、レン様が興味を持ったと」


「レン様ご自身が何かに加担している様子はありませんでした。ただ、間接的に巻き込まれる可能性は否定できません。ですので、私の監視が届く場所であることは、むしろ幸いです」


「わかったわ。情報屋にクライアントの守秘義務を捨てろとは言わない。けれど、一つだけ見逃してあげる代わりに条件を飲んで」


「見逃す……いえ、何でもございません。条件とは?」


「私の息がかかったアンの部下を、ザヴィルに配置しなさい」




アイルーンの表情が苦渋に歪む。


「……なるほど。現場で揉める可能性が極めて高いので、お断りしたいところですが」


「何とかしなさい」


「……かしこまりました。あの子にも、暴走しないようしっかり言い含めてください。私たちの勢力争いという『邪心』が混じれば、情報収集に致命的な弊害が出ますから」


「わかったわ」


セリーナは立ち上がり、ドアへと向かう。最後に、振り返らずに釘を刺した。


「最後にもう一度確認するけれど……貴女、本当に何も企んでいないわね?」


「レン様の意思決定には関与しておりません。ご相談に来られたので、支援をした。それが全ての事実です」


「……いいでしょう。もし何か企んでいるのなら、その時は覚悟しておきなさい。『情報屋を敵に回してはいけない』というルールが、私たちには通用しないことは……貴女が一番知っているはずよ」


「……肝に銘じておきます」


重苦しい空気の中、セリーナは店を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ