王国の最終兵器と影
善は急げだ。セリーナへの報告を終えた足で、宰相ベルンハルトに伝えに行く。 とはいえ、宰相は多忙を極める身。普通に面会申請をすれば、順番調整だけで一ヶ月は待たされるだろう。
こういう時に向かう場所は決まっている。――最高級食材店『豊穣の角』だ。
「いらっしゃいませ」
「ライオ、いるか?」
「……。かしこまりました。少々お待ちください」
店員のライオは、ごく一部の者しか知らない特殊な魔法を持っている。彼は王宮への緊急連絡ルートそのものなのだ。
「おお、レンさん。久しぶりっすー」
奥から現れたライオは、まだ十五歳の少年だ。数年前、その特異な力が発見された際に、王宮が三顧の礼で迎えた逸材である。彼がこの店にいるのは、「王宮は息苦しい」という本人の希望と、「王都で最も安全な場所に囲いたい」という王宮側の思惑が一致した結果だ。この店の店主は『王都の最終兵器』とまで称される化け物。悪党なら、まず近づこうとはしない。
「最近、店が繁盛しすぎて忙しいんすよねー。人手が足りないからって梱包までやらされて。お前暇だろって言われると、否定できないんすけど」
「まあ、お前の出番が多いってことは、それだけ国がヤバいってことだからな。平和なのはいいことだ」
「お願いがあるんだ。宰相に繋いでくれ」
「あー了解。じゃあ、あっちで」
店舗の奥には、広い庭園が広がっている。 表で話せない内容はここで話すのがルールだ。「重い話は空にばら撒きたい」という店主のこだわりらしいが、要は防犯対策だ。空からの盗聴や盗視を試みようものなら、即座に店主の「対空防御」の餌食になる。
「ベルンハルトと話したい。数分でいいんだが、今日中に時間は取れるか?」
「宰相かー、忙しいからねえ。……ちょっと聞いてみるよ」
ライオが魔力を一気に解放する。 彼の魔法は『指向性遠隔会話』。あらかじめマーキングした物質に対して、双方向の声を飛ばすことができる。 ライオしか聞こえないという制約はあるが、その秘匿性と即時性は圧倒的だ。ベルンハルトはライオを囲い、秘書に連絡用の触媒を持たせることで、王宮内のどこにいても情報を得られる体制を築いている。
「もしもーし、聞こえますかー? 『宵闇の極光』のレン様が、数分だけ会いたいそうです。……はい、了解っす」
魔力の残滓が消える。
「十二時からなら可能だそうです。執務室に来てくれ、とのことでした」
「助かった。秘書は誰だ?」
「アスミさんっすね。今日はご機嫌そうでしたよ」
「それは重畳だ。念のため手土産を持っていくか。何か見繕ってくれ」
「了解です。代金は一緒に(王国に)請求しておきますねー」
ライオを懐柔するために、ベルンハルトが秘書官を少しずつライオ好みの女性に変えている……というセリーナの話を思い出し、レンは心の中で苦笑した。
王宮へ。知名度が低いレンは顔パスというわけにいかず、律儀に手続きを経て中へ入る。カノンならこうはいかないだろう。
「さて、急にどうしたのかね」
執務室に入るなり、挨拶も抜きでベルンハルトが切り出した。
「ああ、しばらく旅に出ようと思ってな。王国内からは出ないが、念のためだ」
「なるほど、事前に連絡をくれたのは助かる。何も聞かずに消えられたら、捜索隊を出す羽目になっていた。期間は?」
「一年だ。一ヶ月に一度は王都に顔を出すと、セリーナとは約束している」
「わかった。行先は聞くまい。もし王国から出る際には一言連絡を。お前たちの動向は、国際情勢に直結するからな。無駄な騒ぎは避けたい」
「了解。その時は必ず伝える」
「うむ、頼むぞ。では、私は仕事がある。アスミ、レン殿を送っていきなさい」
会話はものの数分で終わった。
「あっさり終わりましたねー」
廊下に出ると、秘書のアスミが微笑んだ。
「ああ。もっと根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、どうでもいい報告で時間を使わせてしまったかな」
「そんなことはないと思いますよ。宰相はお世辞では感謝を口にしない方ですから。……ちなみに、本当は何をされる予定なんですか?」
「言うわけないだろ。全部宰相に筒抜けになるんだから」
アスミと軽口を叩きながら、レンは王宮を後にした。
「王、新しい情報が入りました」
玉座の間。ベルンハルトがレオナードに報告を入れる。
「レンが一年ほど旅に出るそうです。国内限定とのことですが」
「ほう。……先の晩餐会で、何かあったか?」
「定かではありません。シエラ姫らとの直接的な接触はありませんでしたが、何らかのアプローチがあった可能性は否定できませんな」
「面倒なことだ。だが、下手に探りを入れれば奴らの反発を招く」
「ええ。緩やかに監視を続けます。一ヶ月に一度は戻るとのことですので、そこで接点を維持しましょう。もし連邦の仕掛けであれば、三ヶ月もあれば綻びが出るはず」
「そうだな。……監視要員は『あいつら』にするか。レンも、同格でなければ気づくまい」
「承知いたしました。そのように手配を」
レンの預かり知らぬところで、王国最高峰の「監視」が動き出そうとしていた。




