やり直すことはできるのか
王都一の目抜き通りである『レオナード通り』。その一角、大型食料店の隣に、酒場『三足の鴉』はひっそりと、だが確かな存在感を放って店を構えている。 ここは女性が隣に座って酒を供する人気店だ。二十四時間、いつ行っても開いている。店内に足を踏み入れると、今夜もそれなりの賑わいを見せていた。
「いらっしゃいませ。……ああ、レンか。今日は一人かい?」
カウンター越しのボーイが声をかけてくる。
「ああ、ちょっと個人的な話がしたくてな。アイルーンはいるか?」
「大丈夫だ。今は接客中だが、『普通の』客だからすぐに剥がせる。個室へどうぞ」
「助かる。頼むよ」
店内は、中央が安価に飲める集合スペース、その周囲を少し値の張る個室が囲む構造になっている。ここは単なる歓楽街の店ではない。表沙汰にできない情報収集や、ギルドを通さない特殊な依頼を処理する「裏の顔」を持っていた。 アイルーンはその中でも指折りの情報屋だ。これまでも『宵闇の極光』として何度か世話になっている。
「レン様、いらっしゃいませ。お一人とは珍しい。ガドル様はいらっしゃらないのですね」
個室に現れたアイルーンが、艶やかな笑みを浮かべた。
「接客中にすまないな。今日は個人的な用件なんだ」
「ふふ、お気になさらず。お客様は常連ですので、私が売れっ子なのは承知の上。快く送り出してくれましたわ。最近は、どちらが本業かわからなくなってきましたが」
アイルーンは椅子に腰を下ろすと、真剣な眼差しでレンに向き直った。
「さて、本題を伺いましょうか。一体どのようなご用件で?」
「……冒険者をやり直したいんだ。どうすればいいと思う?」
「は? ……やり直す、とは?」
流石のアイルーンも、今度はポカンとした顔をした。 無理もない。世界最強の一角が、今さら何を言っているのか。レンは改めて、公園で会った老人の話と、自分自身の「冒険」への渇望を説明した。
「なるほど、理解いたしました。……少々考えますね、お待ちください」
アイルーンには、即答せずに頭の中で情報を整理してから回答する癖がある。本人曰く「テンポが悪い」と嫌われることもあるらしいが、レンはこの誠実な姿勢を信頼していた。
「整理すると、検討すべきポイントは三つです。 一、レン様が身分を隠す方法。 二、王家やギルド上層部への釈明。 三、そして、チームメンバーをどう納得させるか。
まず一つ目。身分を隠すには王都から離れ、レン様の顔を知る者が少ない場所が良いでしょう。ですが、それだけでは不十分です。たとえ顔がバレずとも、その『戦闘力』でおかしいと感づかれます。新人がいきなり竜を仕留めれば、間違いなく犯罪者か亡命者の疑いをかけられ、冒険者ギルドの再登録時に身元を徹底的に洗われますわ」
「……確かに。能力検査で一発アウトか。身分を偽って登録し直すなんて、それこそ指名手配犯のやり口だもんな」
「ええ。ですから、能力を抑制するアーティファクトを使用するのが最適かと。弊店から販売可能ですわ」
禁忌の腕輪
アイルーンが提案したのは、ルミナリア連邦製の『囚人の封印具』だった。
「連邦の凶悪犯用に開発された腕輪です。Sランク冒険者であっても、身体能力や防護力を一律に『Cランク程度』まで強制的に引き下げます。魔法の発動も完全に遮断される。本来は一般人が持っているだけで処刑対象になる品ですが、レン様なら問題ないでしょう。鍵の部分を改造し、いざという時は自力で解除できるように調整すれば、安全性も確保できます」
「すごいな、それなら解決しそうだ。……だが、持っているのがバレたら連邦から敵視されないか?」
「ええ、出所を追求されると面倒です。ですから、決してバレないように。デザインはこちらで傍目にはわからないよう変更いたしますわ。そもそも凶悪犯用、実物を見たことがある者は連邦内でもごく僅かですから」
「わかった、頼む」
「ありがとうございます」
アイルーンはボーイを呼び、まるで最高級のヴィンテージワインを注文するかのような所作で、裏ルートへのオーダーを済ませた。
「代金は大金貨五枚。後ほどお支払いをお願いしますね」
「……思ったより安いな」
「需要が少ないですから。使い道が奴隷売買などの非合法に限られる上、所持がバレれば店ごと消滅しかねないリスク品。売り先がいないのです。レン様以外には、とてもお売りできませんわ」
「まあ、どう転んでも『三足の鴉』はセリーナたちが守るだろうしな。アイルーン、お前は見捨てられるかもしれないが」
「そこはレン様のお力で、私を助けてくださると信じておりますわ。あの方たちが私のことを嫌っていても、レン様の意に反する真似はなさらないでしょう?」
アイルーンと『宵闇の極光』の女性陣は、反吐が出るほど仲が悪い。 そのため、この店に足を運ぶのはレンとガドルだけだ。彼女たちは彼女たちで別のお抱え情報屋がいるようだが、レンには教えてくれない。それがチーム内の「トラブル防止」のルールだった。




