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辺境食堂のスキル錬成記  作者: しげみち みり


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第8話「王都の宴――料理対決ふたたび」

 翌日。

 リヴァンス侯爵邸の大広間には、すでに数十人の貴族や商人が集まっていた。

 金糸を織り込んだ衣服、宝石をあしらった装飾具、香水の匂い。辺境の村では想像もできないほどの華やかさが広がっていた。

 天井には巨大なシャンデリアが下がり、蝋燭の光が鏡に反射して大広間を昼のように照らしている。


 招待客たちは噂を囁き合っていた。

「例の“辺境の料理人”が来るらしい」

「魔物の肉を料理するという、あの?」

「荒唐無稽だ。だが兵士たちは癒されたと聞く」

「本当に人を救う料理なら、商会を揺るがすだろうな」


 カイは深呼吸を繰り返しながら、背筋を伸ばした。隣にはリーナ、後ろには村から同行した若者たち。

 村での夜を思い出す。星空の下、皆で囲んだ鍋の温もり――あれを、ここで再現すればいい。


ジルベルトの登場


 扉が開き、見覚えのある男が現れた。

 白の調理服を纏い、髪を撫でつけ、鋭い目で会場を見渡す。

 ジルベルト。王都の有名料理人であり、カイの前に立ちはだかるライバル。


「本日は光栄だ。王都最高の味を、この場で示させてもらう」

 彼は胸を張って宣言した。会場からは拍手が起こる。

 ジルベルトはすでに侯爵家と商会の後ろ盾を得ていた。彼が勝てば、辺境の噂は潰され、カイはただの田舎者に逆戻りする。


 侯爵が立ち上がり、声を響かせた。

「これより、料理人二人による競演を行う! 題は――『人を癒す料理』!」


 大広間がざわめき、料理台が用意される。豪華な銀器と調理道具、王都から取り寄せた新鮮な食材が山のように積まれていた。


豪華さと素朴さ


 ジルベルトは迷わず高価な食材を手にした。

 脂の乗った鴨肉、希少な香辛料、熟成させた葡萄酒。

 手際よく肉をさばき、赤ワインで煮込み始める。香りが広がり、貴族たちは早くも拍手を送った。


 一方、カイが手にしたのは――干し肉、薬草、そして畑で余りがちな麦だった。

 ざわめきが広がる。

「何だあれは?」「あんな貧相な材料で……」

 嘲笑も聞こえたが、カイは気にせず火を起こした。


 彼はまず麦を挽き、粥を作る。そこに刻んだ薬草を加え、魔物肉の干し肉を戻して煮込む。香りは素朴だが、どこか心を温める匂いが漂い始めた。

 リーナが横で支え、若者たちが火加減を調整する。辺境で培った連携が、ここでも活きていた。


味の審判


 やがて二つの料理が完成した。

 ジルベルトの皿は、濃厚な赤ワインソースで輝き、鴨肉が豪華に盛り付けられている。

 カイの椀は、黄金色の粥に薬草の緑が散り、湯気が優しく立ち上る。


 侯爵が審査の合図を出し、まずジルベルトの料理が配られた。

 一口食べた貴族たちは、感嘆の声を上げる。

「絶品だ!」「口に広がる香りが素晴らしい!」


 次にカイの料理。

 最初の一口を運んだ貴族は、しばし黙り込んだ。周囲がざわつく。

 だが次の瞬間、彼は深く息を吐き、椀を抱えるようにして言った。

「……体が軽い。疲れが溶けていく……」

「本当だ……胸の痛みが和らいでいく……!」

 あちこちから驚きの声が上がり、静かな感動が広がっていった。


 侯爵自身も椀を口にし、目を閉じた。

「――これは、薬か、いや……確かに料理だ。人を癒す力を持つ料理だ!」


会場の反応


 会場はざわめきから拍手へ変わり、やがて大きな歓声が広がった。

「辺境の料理人が、本当に癒した……!」

「ただの噂ではなかった!」


 ジルベルトは顔を歪め、唇を噛みしめた。

「そんな……粗末な材料で……」

 だが、どれほど豪華な食材を使おうと、人を癒す力までは真似できない。


 侯爵は立ち上がり、堂々と宣言した。

「この場の勝者は――カイ、《辺境食堂》の料理人である!」


 大広間に拍手と歓声が響いた。リーナは涙ぐみ、若者たちは拳を突き上げた。

 カイは深く一礼し、胸の奥に確信を抱いた。

 ――料理は、武器ではない。人を救うためにある。


新たな脅威


 宴の終わり、侯爵はカイを呼び寄せた。

「そなたの才は確かに本物だ。だが気をつけよ。王都には商会の利権が渦巻いておる。今日の勝利は、同時に敵を増やすことにもなる」


 カイは頷いた。

「承知しています。けれど、俺は退きません。食堂を守り、仲間を守り、料理で人を救う。そのためにここまで来たのです」


 侯爵は満足そうに笑い、彼の肩を叩いた。

「ならば力を貸そう。辺境と王都を繋ぐ交易路を整え、食堂を支援する。そなたの料理は、この国に必要だ」


 その言葉に、カイの胸は熱くなった。

 だが同時に、会場の隅で鋭い視線を感じた。

 ジルベルト――そして彼の背後にいる商会の男たち。

 彼らは笑ってはいなかった。


夜の誓い


 宴のあと、宿に戻ったカイたちは静かに語り合った。

 リーナは真剣な目で言った。

「今日の勝利は確かに大きい。でも、敵も強くなります。盗賊だけじゃなく、もっと大きな力が動きます」

「分かってる」

 カイは頷いた。

「けど、俺たちは退かない。料理一皿で人が救えるなら、それを広げるだけだ」


 夜空には、村で見上げたのと同じ星が瞬いていた。

 《辺境食堂》の物語は、ついに国全体を揺るがす局面へと踏み出したのだった。

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