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辺境食堂のスキル錬成記  作者: しげみち みり


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第6話「交易路の脅威――盗賊団との遭遇」

 帰り道の森は、行きよりも重かった。荷車には塩と陶器、布が積まれ、牛は汗を滴らせながらゆっくりと歩く。村人たちは喜びと緊張の入り交じった表情で荷を守り、子どもたちは布の端を握ってはしゃいでいた。

 だが、カイの胸には嫌な予感が渦巻いていた。市場で見たジルベルトの冷笑。――「次は潰す」。


 彼が商会と繋がっているなら、動きは早い。交易の芽を摘むには、盗賊をけしかけるのが手っ取り早い方法だ。


森の影


 森に入って一刻ほど。風が止み、鳥の声も消えた。

 若者のひとりが囁く。

「……妙に静かだ」

 カイは足を止め、耳を澄ませた。木々の間に、乾いた枝が踏み砕かれる音。数は……五、六、いや十以上。

 その瞬間、矢がひゅんと飛んできて荷車の木枠に突き刺さった。


「盗賊だ!」

 若者たちが慌てて槍を構える。牛が怯えて暴れ、荷車が傾いた。子どもが悲鳴を上げ、老人が庇うように覆いかぶさる。


 茂みから、粗末な鎧と布をまとった十数人の男たちが現れた。顔は覆面で隠し、手には刃や棍棒。

「荷を置いていけ。命までは取らん」

 頭らしき男が冷たく告げた。


追い詰められた村人たち


 若者たちは必死に構えるが、相手の数が多すぎる。子どもや老人を守りながら戦うのは不可能に近い。

 村人の一人が震え声で言った。

「カイ……どうする……?」


 カイは歯を食いしばった。戦士としては無力。だが、与えられたスキルは――調理・調合・交易。

 戦いに役立たない? 否。今こそ活かすときだ。


「皆、時間を稼いでくれ! 五分だけでいい!」

 叫ぶと同時に荷車を漁り、薬草と干し肉の束を取り出す。ナイフで素早く刻み、布袋に詰め込みながら竈に火を起こす。


即席の“戦う料理”


 竈に投げ込んだのは、煙の強い薬草――ハイソウ。焚くと鼻を突く刺激臭を放ち、目を潤ませる効果がある。

 同時に、干し肉を細かく砕いて塩と混ぜ、水で溶かして粘りを出す。これを布に塗りつけ、即席の“煙幕弾”を作った。


 盗賊が迫る。

「何をしてやがる!」

 頭目が叫んだ瞬間、カイは布袋を火に投げ入れた。


 ぼん、と鈍い音。

 白煙が立ち上り、刺激臭が森に広がった。盗賊たちは咳き込み、目を押さえて倒れ込む。


「今だ! 前へ!」

 若者たちが槍を突き出し、咳き込む盗賊の武器を叩き落とす。牛も暴れ、荷車を揺らして盗賊を弾き飛ばす。


盗賊頭との対峙


 混乱の中でも、頭目だけは冷静だった。布で口と鼻を覆い、真っ直ぐにカイへ迫ってくる。

「小細工しやがって……だが料理人風情が!」

 刃が振り下ろされる。

 カイは咄嗟に木の杓文字を構え、刃を受け止めた。金属と木がぶつかり、火花が散る。


 押し負けそうになりながらも、カイは叫んだ。

「料理は小細工じゃない! 生きるための知恵だ!」


 次の瞬間、背後から村の若者が飛び込み、槍で頭目の肩を突いた。呻き声と共に刃が落ち、地面に転がる。

 盗賊たちはリーダーの劣勢を見て動揺し、やがて森の奥へと逃げ去った。


戦いのあと


 森に再び静寂が戻る。

 咳き込みながらも、村人たちは荷車を守り抜いたことを実感し、歓声を上げた。

「勝った……!」

「カイ、あんたの煙が効いたんだ!」


 カイは肩で息をしながら、布袋の残りを握りしめた。

「料理は……武器にもなる。だが、それで終わりにしちゃいけない。食べて、動いて、また笑えるようにする……それが、本当の役割だ」


 その夜、村に戻った彼らは、陶器の椀に温かいスープをよそい合った。

 盗賊を退けた安堵と、交易の成功の喜び。その味は格別で、涙と笑顔が同じ椀に混じった。


次なる影


 だが、カイは知っていた。

 盗賊たちはただの野良ではない。背後に誰かがいる。ジルベルトか、そのさらに奥にいる商会か。

 辺境食堂の名が広がれば広がるほど、敵も増える。


 それでも――。

 カイは焚き火を見つめながら、拳を握った。

「必ず守る。この食堂を。この村を。この料理で」


 薪がぱちぱちと弾け、炎が夜空に火花を散らした。

 辺境食堂の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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