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辺境食堂のスキル錬成記  作者: しげみち みり


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第40話「鍋は叫ばない」

 雪は薄く、王都の角にだけ白が残った。

 凍ての季は抜けかけ、風はまだ冬の骨を一本ぶん抱えている。

 ——今日は春一番が来るらしい。叫ぶ風の初日だ。

 だからこそ、鍋は叫ばない。


「——段取り、いくよ」


 荷車の覆いを上げ、今日の静かな戦の道具を並べる。


**判柱はんばしら**二基:北門・港。


冬扇とうせんと影窓布:風を殺さず黙に変える幕。


風秤かぜばかり:突風の****を読む秤。黙が長いほど針が座る。


庖丁局・移動口:鞘台/刃秤/章印口/白帳を積んだ小屋台。


見比べ台(黒密鏡/紙息/喉鏡)×五。


雪帳と続き札(子ども路/老いた足/港風)。


黙拍穴太鼓三種(子ども路/老いた足/港風)。


薄い粥と薄茶——喉の雪の基準器。


 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうにうなずき、監察筆が札袋をがん。

 老女の陶工は響き輪印の輪を焙り、ジルベルトは跳ね芯(二燃一黙)を一段だけ長黙に寄せる。

 リーナは囁き札と息札をまとめ、子ども達に指の歌を小声で回す。


 石段の上、白い扇。カルドは水平に構え、幕の角度で立った。

 冬扇役の顔だ。


一幕:春一番——叫ぶ風の朝


 鐘が二つ。風がぐうと喉を鳴らして街角を回る。

 紙鳶かみとびが早字だけを撒き、紙梁の古い骨がきしと鳴った。

 そして、広場の端に怪しい屋台が出る。

 看板には**「叫び鍋」——辛味を高く焙った喉奪い汁を薄甘で包んだ新手の品だ。

 喉鏡にかけると一瞬**だけ通るが、拍が乱れる。叫ぶための味。


「鍋は叫ばない」


 俺は庖丁局・移動口を屋台の隣に据え、庖丁唄を低く回した。


♪ 一で洗い

 二で測り

 三で運び

 四で座る


 刃秤に叫び鍋の具を置き、紙息で折って黒密鏡で覗く。

 三まで速い。四がない。

 鞘台にのせて黙を一拍。薄い粥を一口。喉鏡がすうと戻る。

 列の足拍が揃いだし、屋台の火は自然に低へ落ちた。


 リーナが白帳へ拾いを書く。


「叫び鍋=三速・四欠。拍を奪う。薄粥一口→四座」

 続き札が白に差さり、屋台は叫ばない鍋の方へ席を移す。


 カルドが扇の骨を一度だけ鳴らした。

「速度は器具に戻る。叫びは黙で薄まる。

 ——冬扇、上げる」


 影窓布が掲げられ、風は幕に当たって黙になる。

 叫ぶ風が座を覚え始めた。


二幕:鍵会かぎえ運用——開け閉めの四責


 春一番は扉を試す。

 橋には凍みが残り、港は潮が走り、灯は影を薄くし、鍋は火を欲しがる。

 ——鍵の場だ。


「鍵会、輪唱」


橋鍵はしがね:節釘の黙を一拍長へ。


封鍵ふうがね:鳴らせ。割るなを四口で。


灯鍵ひがね:影窓を冬→春に調整。冬扇役=カルドが運用。


鍋鍵なべがね:共助鍋の火を低→中へ。叫ばない温度。


 位相札に四相が刻まれ、章印がちり。

 開けると閉めるが剣ではなく鞘の仕事に変わる。

 扇令は鍵に吸収され、速度は段取りへ還元される。


 監察筆が札をがん。


「鍵会運用:四鍵責により同刻差なし。開閉は座に従う」


三幕:紙梁の復活——黒の雨、二度目は道具


 昼、王城通りに紙梁が掛かった。

 上から黒の雨——だが二度目は薄い。

 冬扇が梁上で幕を張り、黙を増やす。

 小楔こげつで白の縁を一筋立て、湯気印(二重)で白を起こす。

 黒密鏡と紙息の見比べ台を梁下に置き、喉鏡の前で薄粥一口を条件にする。

 梁は凶具ではなくなり、**“風の教具”**に転じた。


 カルドが梁の上から短く言う。

「紙は刃だ。刃は鞘で器具に戻せる。

 ——冬扇役、心得た」


 冬の角度が一拍だけ緩む。


四幕:学校の午後——指の歌、耳の喉


 広場は座りの学校。

 子ども達の前に見比べ台と小椀、老いた手の前に長黙太鼓。

 黒板に短い歌。


いちで置き で支え

 さんで押して で座る

 ——黙、小指は、続きのために空けておく


 喉鏡の前で一口。耳が喉に付く。

 紙より前に、口より前に、喉で揃える。

 叫び鍋の子も、叫ばない鍋をおいしいと言った。

 味は判の入口だ。


五幕:春の事故と、鍋の声


 午後の終わり、中路で看板が倒れ、小さな騒ぎ。

 扇令なら叫びで散らし、紙で囲っただろう。

 判章は違う。

 判鼓を長黙に落とし、判の歌を低く回す。


♪ 一で切り(危の線を切る)

 二で測り(人の数と息を測る)

 三で運び(足拍で運ぶ)

 四で座る(黙で座らせる)


 庖丁局が鞘台を差し入れ、鍵会が灯鍵で影を作り、鍋鍵で薄粥を回す。

 叫びはどこにもない。

 でも、列は戻り、泣き声は喉で落ち着く。

 ——鍋は叫ばない。

 鍋は座らせる。


 監察筆が札をがん。


「中路の倒看板:四役輪唱+鍵会で収束。罰科なし、段取りで解決」


六幕:カルドの置所おきどころ


 日が傾き、冬扇の布が桃色に透ける。

 カルドが扇を膝に置き、静かに言った。

「速さは剣で学んだ。

 座りは鍋で学んだ。

 ——扇は、鞘であるべきだ」


「置主は場、主は続きに宿る」

 俺は置主簿の白に、カルドの役目を一行で刻む。


「冬扇役:カルド——影窓の鍵/黙の幕/速度の鞘」

 章印がちり。位相札が四相で灯る。


 王弟が短く頷き、エリクが眠そうに結語の草案を置く。


【王都改革・第二束】

・冬扇役を常設。扇=幕具として規格化。

・庖丁局・移動口を五路に巡回。薄椀一口を入場基準。

・鍵会の四鍵責を置主簿に常記。

・座りの学校を常設。喉鏡/黒密鏡/紙息は触れる教具。

・肩替え表を市内全域に複写。一点→四手の即時移行を標準。


 監察筆ががん。

 札の音は罰ではなく拍になって街へ散る。


七幕:旅支度——続きの入口


 夜。

 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。

 章印の輪を磨き、位相札を束ね、置主簿に新しい頁を差し込む。

 頁の見出しは**「続きの入口」。

 ——王都が座ったなら、次の街へ“入口”**を持っていく番だ。


「段取り、締め」


一、庖丁局の小冊子『切る前に座らせる』を百部。白帳に差せる背幅。


二、座りの学校の**百返し練習帳(朝の往/夜の復)**を二百部。


三、鍵会の『四鍵責・手順』を五十部。位相札の差し込み穴つき。


四、冬扇役の『幕具心得』を三十部。扇=鞘の挿絵入り。


五、見比べ台・移動版を一式、次の街へ載せる。


 リーナが囁き札を指で弾いて笑う。

「学校は回る。鍋も回る」

 ジルベルトは太鼓の穴を撫で、長黙を確かめる。

「甘い火は、どこでも座る」

 老女の陶工は花割を掲げ、胸を張った。

「薄い黒は、長く残る。あんたの続きが、また誰かの入口になるよ」


 カルドは冬扇を抱え、静かに言う。

「扇はここに置いていく。

 ——春扇役は、誰かが続きで作るだろう」

 彼の冬の顔は、そのまま鞘になった。


結語:鍋は叫ばない


 掲示、最後。


「主は場に、名は続きに。

 四で押し、四で告げよ。

 刃は鞘から、判は喉から。

 鍋は叫ばない。

 ——黙に座り、湯気で運ぶ。」


 監察筆ががん。

 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。


 王都の夜は低く、灯は二燃一黙で白を育てる。

 紙は速い。

 でも、拍は座る。

 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

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