第4話「ライバル登場――隣町の料理人」
翌朝。
村の広場に、また見慣れぬ荷馬車が停まっていた。車輪は頑丈な鉄で補強され、馬の毛並みも艶やかだ。御者台から飛び降りたのは、三十前後の男。
漆黒の髪をきっちり撫でつけ、真新しい白の調理服を着ている。腰には短剣、背には木箱。目は鋭く、笑っても温かさがない。
「ここが噂の《辺境食堂》か。……ふん、想像より粗末だな」
男の声はよく通り、広場にいた村人たちがざわついた。
「お前は?」
カイが問いかけると、男は胸を張った。
「俺の名はジルベルト。王都の『青銀亭』で料理長を務めていた。だが商会と契約して、辺境の食市場を広げる役を任された。……お前のことは耳にしたよ。『魔物料理で兵士を癒す』? 面白いが、危険極まりない」
ジルベルトは箱を開けた。中には香辛料や乾燥肉、瓶詰めのソースがぎっしりと詰まっている。
「王都の最新の味だ。安全で、確実で、保証付き。……村人どもよ、無知な素人の鍋に命を預けるより、俺の料理を選ぶべきだ」
村人たちは顔を見合わせる。昨日までなら、即座に頷いたかもしれない。だが、今は――カイがいる。
村長が一歩前に出て、静かに言った。
「カイの料理は、我らの体を立たせてくれた。……だが、選ぶのは我々だ。今日は二人の料理を食べ比べさせてもらおう」
村人たちがざわめき、やがて歓声が上がった。
「食べ比べだ!」「公平だ!」
ジルベルトが薄笑いを浮かべ、カイは小さく頷いた。
「望むところだ」
村の料理対決
広場の中央に二つの竈が並べられた。片方にジルベルト、片方にカイ。
村人たちは輪になって見守る。子どもたちの目はきらきらと輝き、老人たちは胡坐をかいて腕を組む。
ジルベルトは瓶を取り出し、鮮やかな赤いソースを鍋に注いだ。にんにくと香辛料の香りが広がり、村人たちの鼻をくすぐる。
「王都直送のトマトソースだ。肉と煮込めば滋養もあり、香り高い料理になる」
一方、カイは森で採れた薬草と、昨日干したばかりの小鬼兎の肉を取り出した。
「魔物の肉は処理を間違えれば毒だが、正しく煮れば薬になる。今日は、疲労回復のスープを作ります」
観衆は息を呑んだ。
調理が始まる。
ジルベルトは手際が良く、刃物さばきも華麗だ。肉を切る音が小気味よく響き、香辛料が次々と加えられていく。
カイは村人たちに役割を振った。子どもには薬草を刻ませ、老人には火を見張らせ、若者には水を汲ませた。
「料理は、皆で作るものです」
その言葉に、村人たちの顔がほころぶ。
やがて、二つの鍋が仕上がった。
ジルベルトの鍋からは濃厚な香りが漂う。真っ赤なソースが肉を包み、見た目にも豪華だ。
カイの鍋は、澄んだ黄金色。香草の香りが柔らかく広がり、湯気はどこか体を軽くするようだった。
「さあ、食べてみろ!」
ジルベルトが自信満々に皿を差し出した。
村人たちが口に運び、目を見開く。
「……うまい!」
「肉が柔らかい!」
歓声が上がり、ジルベルトが得意げに笑う。
次にカイのスープ。
口に含んだ瞬間、村人の顔に驚きが走った。
「……体が温かい」
「背中の痛みが和らいだ……!」
「息がしやすい……!」
驚きはやがて静かな感動へ変わり、広場にはざわめきよりも深い沈黙が広がった。
村長が椀を置き、二人を見渡す。
「ジルベルトの料理は確かに美味かった。だが、カイの料理は我々の体を支えた。……我らが選ぶのは、《辺境食堂》だ」
村人たちの拍手が広がる。子どもたちは笑い、老人たちは涙をこぼす。
ジルベルトは顔を引きつらせたが、やがて肩をすくめた。
「……ふん。だが覚えておけ。市場は甘くない。噂が広まれば、必ず敵を呼ぶぞ」
そう言い残し、荷馬車に飛び乗って去っていった。
残された火種
夜、食堂で焚き火を囲みながら、村人たちは喜びに湧いた。
「勝ったな!」「《辺境食堂》が本物だ!」
子どもたちは「カイ先生!」と呼んで跳ね回り、老人たちは「久しぶりに体が楽だ」と笑った。
だがカイは、笑いながらも胸の奥に冷たい影を感じていた。
ジルベルトの言葉――「必ず敵を呼ぶ」。
商会や貴族、利権を持つ者たち。彼らにとって、この辺境の小さな食堂が脅威になる日が来るのかもしれない。
それでも――。
カイは火の前で拳を握った。
「料理は、人を救える。俺はそのために鍋を振るう」
薪が弾け、星空に火花が散った。
辺境の夜は冷たかったが、村の広場には確かな温もりが満ちていた。




