表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境食堂のスキル錬成記  作者: しげみち みり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/41

第4話「ライバル登場――隣町の料理人」

 翌朝。

 村の広場に、また見慣れぬ荷馬車が停まっていた。車輪は頑丈な鉄で補強され、馬の毛並みも艶やかだ。御者台から飛び降りたのは、三十前後の男。

 漆黒の髪をきっちり撫でつけ、真新しい白の調理服を着ている。腰には短剣、背には木箱。目は鋭く、笑っても温かさがない。


「ここが噂の《辺境食堂》か。……ふん、想像より粗末だな」


 男の声はよく通り、広場にいた村人たちがざわついた。


「お前は?」

 カイが問いかけると、男は胸を張った。

「俺の名はジルベルト。王都の『青銀亭』で料理長を務めていた。だが商会と契約して、辺境の食市場を広げる役を任された。……お前のことは耳にしたよ。『魔物料理で兵士を癒す』? 面白いが、危険極まりない」


 ジルベルトは箱を開けた。中には香辛料や乾燥肉、瓶詰めのソースがぎっしりと詰まっている。

「王都の最新の味だ。安全で、確実で、保証付き。……村人どもよ、無知な素人の鍋に命を預けるより、俺の料理を選ぶべきだ」


 村人たちは顔を見合わせる。昨日までなら、即座に頷いたかもしれない。だが、今は――カイがいる。

 村長が一歩前に出て、静かに言った。

「カイの料理は、我らの体を立たせてくれた。……だが、選ぶのは我々だ。今日は二人の料理を食べ比べさせてもらおう」


 村人たちがざわめき、やがて歓声が上がった。

「食べ比べだ!」「公平だ!」


 ジルベルトが薄笑いを浮かべ、カイは小さく頷いた。

「望むところだ」


村の料理対決


 広場の中央に二つの竈が並べられた。片方にジルベルト、片方にカイ。

 村人たちは輪になって見守る。子どもたちの目はきらきらと輝き、老人たちは胡坐をかいて腕を組む。


 ジルベルトは瓶を取り出し、鮮やかな赤いソースを鍋に注いだ。にんにくと香辛料の香りが広がり、村人たちの鼻をくすぐる。

「王都直送のトマトソースだ。肉と煮込めば滋養もあり、香り高い料理になる」


 一方、カイは森で採れた薬草と、昨日干したばかりの小鬼兎の肉を取り出した。

「魔物の肉は処理を間違えれば毒だが、正しく煮れば薬になる。今日は、疲労回復のスープを作ります」


 観衆は息を呑んだ。


 調理が始まる。

 ジルベルトは手際が良く、刃物さばきも華麗だ。肉を切る音が小気味よく響き、香辛料が次々と加えられていく。

 カイは村人たちに役割を振った。子どもには薬草を刻ませ、老人には火を見張らせ、若者には水を汲ませた。

「料理は、皆で作るものです」

 その言葉に、村人たちの顔がほころぶ。


 やがて、二つの鍋が仕上がった。

 ジルベルトの鍋からは濃厚な香りが漂う。真っ赤なソースが肉を包み、見た目にも豪華だ。

 カイの鍋は、澄んだ黄金色。香草の香りが柔らかく広がり、湯気はどこか体を軽くするようだった。


「さあ、食べてみろ!」

 ジルベルトが自信満々に皿を差し出した。


 村人たちが口に運び、目を見開く。

「……うまい!」

「肉が柔らかい!」

 歓声が上がり、ジルベルトが得意げに笑う。


 次にカイのスープ。

 口に含んだ瞬間、村人の顔に驚きが走った。

「……体が温かい」

「背中の痛みが和らいだ……!」

「息がしやすい……!」


 驚きはやがて静かな感動へ変わり、広場にはざわめきよりも深い沈黙が広がった。


 村長が椀を置き、二人を見渡す。

「ジルベルトの料理は確かに美味かった。だが、カイの料理は我々の体を支えた。……我らが選ぶのは、《辺境食堂》だ」


 村人たちの拍手が広がる。子どもたちは笑い、老人たちは涙をこぼす。

 ジルベルトは顔を引きつらせたが、やがて肩をすくめた。

「……ふん。だが覚えておけ。市場は甘くない。噂が広まれば、必ず敵を呼ぶぞ」


 そう言い残し、荷馬車に飛び乗って去っていった。


残された火種


 夜、食堂で焚き火を囲みながら、村人たちは喜びに湧いた。

「勝ったな!」「《辺境食堂》が本物だ!」

 子どもたちは「カイ先生!」と呼んで跳ね回り、老人たちは「久しぶりに体が楽だ」と笑った。


 だがカイは、笑いながらも胸の奥に冷たい影を感じていた。

 ジルベルトの言葉――「必ず敵を呼ぶ」。

 商会や貴族、利権を持つ者たち。彼らにとって、この辺境の小さな食堂が脅威になる日が来るのかもしれない。


 それでも――。

 カイは火の前で拳を握った。

「料理は、人を救える。俺はそのために鍋を振るう」


 薪が弾け、星空に火花が散った。

 辺境の夜は冷たかったが、村の広場には確かな温もりが満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ