第38話「扇置(おきおうぎ)――判の歌、冬を渡る(決着)」
雪は、音より先に白で降った。
北門の凍橋と、東の港。同刻に置かれた二つの試し——扇令(一点の速度)か、判章(四で座る)か。
勝ち負けは紙で決めない。場で決める。
「——段取り、いくよ」
荷車の覆いを上げる。
判柱二基(北門/港)/判鼓四台(言・聞・観・留)/章印一式/位相札/雪帳百冊。
見比べ台・移動版(黒密鏡/紙息/喉鏡)を五路へ散らし、黙拍穴太鼓を長黙寄りに。
跳ね芯(二燃一黙)は芯を細く、湯気印は二重。
そして、薄い粥。喉の雪を基準化する、審判より先の審判だ。
王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察筆が札袋をがん。
老女の陶工は響き輪印の輪を焙り、ジルベルトは太鼓の穴を撫でて言う。
「鳴らしすぎない。黙で渡る」
石段の上、白い扇が開いた。カルド。冬の角度。
彼は二枚の紙を掲げた。
《扇令》
・筆頭名による一点指揮。太鼓は均拍。
・橋は通行線一本化、港は封割り迅速。
・上書きおよび四口輪唱は混乱の恐れにつき禁止。
《判章選用規程(臨)》
・判の歌での四役輪唱を許可。ただし遅延二刻を超える場合、扇令に切替。
——速度の逃げ口は用意済み、ということだ。
「判柱に刻む。同刻で始めて、同刻で終わる」
俺は歌柱の拍窓を開き、判鼓に長黙を取る。
喉鏡の前で全員が薄い粥を一口。喉の高さを揃える——ここが入口だ。
♪ 一で切り/二で測り/三で運び/四で座る
四口責の輪唱で合図。扇置、開幕。
一幕:北門・凍橋——「滑りは速度で治るか?」
橋は薄氷の上に薄く雪。紙の刃が敷かれたみたいに白い。
扇令側は均拍太鼓で列を速め、通行線一本で押し流す。
速度は出た。——が、足拍が揃わない。黙がない。
一人が足を取られ、二人目が肩で受けて、一瞬で三に広がる。速度は支えにならない。
「判柱——冬位相!」
俺は判鼓を老いた足に切り替え、長黙を一拍足す。
跳ね芯は黙で羽を閉じ、橋の影窓が間を作る。
雪帳の二重湯気印が、白の上に二輪の水紋を座らせ、視が呼吸に追いつく。
四人の喉役が輪唱で**「一で切り——氷、二で測り——踏み幅、三で運び——手を、四で座る——黙」。
章印がちりと鳴き、位相札に四相が刻まれる。
崩れていた列が椀みたいに丸くなる。押しではなく受け**で渡す。
カルドの扇が、遠くでわずかに下を向いた。速度の解は、ここでは浅い。
二幕:東港・封の濁り——「割れば速い、鳴らせば座る」
港は潮が重い。封の束には昨日より濃い濁蝋。
扇令は即割り。封を裂いて中身を目視、筆頭名で一点承認。
確かに速い。だが濁りの由来が消える。誰が、どこで濁したか、続きが死ぬ。
「鳴らせ。割るな」
俺たちは封音輪を四人で回し、輪唱帳を開く。
“港の封は鳴らせ。封は割るな”
四口責で言い、章印で肩を受け、置主簿の白に遅れを刻む。
濁蝋は封音の立ち上がりに遅れを置く。数字でなく、息で残る。
喉鏡の前で、一口。通りが座る。割るより早いものがある。続く速度だ。
カルドは扇を横にした。風を作る姿勢——だが、今日は振らない。
三幕:紙鳶と早字、耳飴と沈声——「妨害は“黙”で溶かす」
三刻目。空から紙鳶、早字だけが散る。白がない。
扇令の列が一瞬で文字へ吸い寄せられ、凍橋の黙が欠ける。
判柱は声幕で反響を殺し、囁き札で拍だけ回す。
足拍逆輪唱で早字を追い越し、雪帳の白に拾いを落とす。
「早字=距離不明、鍋寄進の対象外」
白が速度を薄め、場が列を戻す。
港では耳飴が配られ、沈声が黙を潰す。
瞼札を黙に合わせて閉じ、判鼓を交互黙に。
声が塞がれても、拍は足で行く。封音は揺れず、輪唱は切れない。
四幕:氷裂と落水——「罰ではなく、座りで掬う」
中刻。凍橋の縁がひびを吐いた。
扇令の一本列の先頭が足を落とし、次いで二人目が肩から滑り込み——落水。
扇が一度だけ風を起こす。速さで列を反対側へ押し戻す——だが、水に風は届かない。
「判鼓——留!」
俺たちは四人で判鼓を打ち、留を中央に置いた。
言は「割るな」を切り、聞は助けの数を測り、観は足拍で橋の節を運び、留は黙で列を座らせる。
艀章の短手を吊り、長黙の拍で体を引き上げ、湯気印の二重で喉を温める。
罰科が一文字も書かれないうちに、座が一人を返した。
紙より遅いはずの黙が、命を速く拾う。
カルドの扇がひと拍だけ下がる。
冬の角度に、溶けの影。
五幕:封の偽装と肩替え——「速度の敗け方」
港では、封の束に一点責票が貼られ、朱が二重。偽の“筆頭”が立つ。
扇令は即時に承認を降ろそうとするが、封音が濁って立ち上がらない。
肩替え表——一点で回す箇所を四手へ移す図面——を開き、章印で受け止める。
倒れが倒れにならない。続くだけだ。
見比べ台の前で、黒と白を街が触る。
一点は濃く速い。四は薄く長い。
喉鏡の前で粥を一口。通りは、薄い方に座る。
六幕:扇の転位——「速度を座りに接続する」
日が傾く。扇置は終盤。
カルドが北門へ歩み寄り、扇を水平に構えた。風を作る角度じゃない。幕を作る角度だ。
彼は扇の骨の間へ薄布を張り、凍橋の頭上に影を作った。
影窓。俺たちの道具の言葉を、彼はやっと手にした。
「黙を、扇で作る」
カルドは短く言い、均拍太鼓を黙拍穴に換えた。
一点の速さを四の座りに接続する。
判柱の歌窓が白く灯る。扇は敵ではない。具だ。
港でも彼は封割り迅速の部隊を退き、輪唱帳の前に立った。
“鳴らせ。割るな”を一口だけ唱える。
冬の顔のまま、黙が一拍、長くなる。
終いの判:扇を置く
鐘が二つ。同刻の終わり。
倒れの記録は北門一件、港ゼロ。肩替えの受け止め率は九割八分。
扇令単独での速度勝ちは二度、座り負けは三度。
判章は遅延こそ僅かに増えたが、倒れを座りで返した。
王弟が一歩前に出る。
エリクが眠そうに、しかし一語ずつはっきり言う。
「判。
一、扇令は冬位相下において判章の従とする。
二、扇は影窓具として黙拍に連ねよ。
三、筆頭の一点運用は緊急に限り、肩替え表を必携。
四、白上書き=続きの権は不動。章印/位相札の連署を要す」
監察筆ががん。
広場の紙の高さが一段、下がる。拍が座る。
白い扇が、雪の上に置かれた。
カルドは扇から手を離し、ただ冬の顔のまま言う。
「速度は剣だ。
剣は鞘がなければ人を欠く。
——鞘を、きみの章に借りよう」
「剣も鍋も、食べられる形に直してから外へ出す。それがうちの段取りだ」
彼はわずかに頷き、雪帳を一冊、受け取った。
筆頭の欄はない。続きの白だけが広い。
夜の仕込み:王都改革へ
「段取り、締め」
一、扇=影窓具の規格化。黙拍穴太鼓とセットで**“冬扇”**として登録。
二、肩替え表の常設。各区の置主簿に差し込み、一点→四手の即時移行を見える化。
三、判柱・見比べ台を学校へ転用。黒密鏡/紙息/喉鏡を触れる授業に。
四、巡回輪唱。判の歌を朝夕二座、子ども路/老いた足/港風の三型で稽古。
五、冬位相の更新。長黙+二重湯気印+冬縁を小冊子に——雪帳へ添付。
リーナが囁き札を指で弾き、笑う。
「扇、ほんとに置いたね」
「置いた扇は、もう紙じゃない。場の道具だ」
ジルベルトは太鼓の穴を撫で、長黙を確かめる。
「甘い火は、黙に座る。剣だって、鞘で温かくなる」
老女の陶工は響き輪印を掲げ、胸を張る。
「薄い黒が、長く残る——今日、それが証明されたね」
雪は静かに降り、跳ね芯は二燃一黙で白を育てる。
湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
次回——第39話「王都改革――公開庖丁局、座りの学校」
紙は速い。
でも、拍は座る。
そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。




