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辺境食堂のスキル錬成記  作者: しげみち みり


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第33話「印刷戦・三日目――版籍簿と総章」

 夜明け前、空気は紙の刃みたいに薄い。

 でも刃は黙で鈍る。鍋の縁に手をかざし、喉の雪を一口落とす。指が温まるまでが第一拍だ。


「——段取り、いくよ」


 版台は歌版・陶版が二列、跳ね芯は二燃一黙。

 夜刷り百枚、湯気印は水紋で座り、左下に輪唱印、左上に四手責。

 黒板には昨夜起こした総章・草案。


【総章・草案】

水/橋/封/艀/席/値/灯/版/告

 ——四手責×四口責=倒れない責

 ——黒に白=続きの権

 ——距離/拍/間で税を鍋寄進へ読み替え

 ——夜=座/朝=配の二段運用


 ジルベルトが太鼓の黙拍穴を長黙に切り替え、短く言う。

「今日は帳簿が相手だ。鳴らしすぎるな。黙で座らせろ」

 吟遊詩人は四拍二黙の低い節で、輪の呼吸を整える。

 リーナは薄い粥と薄茶を二鍋。喉と指の両方を温める支度だ。


 石段の向こうから、白い扇。

 カルドは冬の顔で、黒い背表紙の大冊を抱えて降りてきた。表紙には大きく**《版籍簿》**。


《版籍簿・告示》

・版主は戸籍に連ねること。公示物は版主名・単独押印を必須とする。

・四手責・四口責は代表者(筆頭)を立てること。筆頭は一人。

・空き縁上書きは改竄として版籍剥奪の対象。

・夜刷りは**“無主の刷り”とし、朝刻承認なきもの没収。

・分責印・湯気印は承認外**。


 ——一点化の帳で縛るつもりだ。倒しやすい責に集めて、朝で洗う。


あるじは人じゃない。置き場だ」

 俺は荷車から新しい板を出す。タイトルは**《置主簿おきぬしぼ》。

「版主=鍋/板/場。人は四手四口で“持ち回り”。

 筆頭は立てない。代わりに“位相札”**を立てる」


 老女の陶工が取り出したのは、細かい刻みのある位相札。四辺に花割の微裂紋、角に小穴。

 四人が同時に章印(昨夜組んだ響き輪印+囁き穴の複合印)を押すと、札がちりと鳴き、時刻と呼吸の位相が印影に残る。

 ——誰が筆頭かではなく、この場で四人が一度に息を合わせたという事実を記す札だ。


 板題を書き足す。


【本日・公開検見】

 一、版籍簿 vs 置主簿

 二、一点責印 vs 章印(四手)

 三、朝承認 vs “四手責+四口責”即時承認


 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察筆が札袋をがんと揺らす。


一幕:帳の戦——押印ではなく“息”を証す


 最初の審理は王城前。

 カルドは版籍簿を高く掲げ、筆頭欄を指した。

「責の所在を一点にする。人は名で束ねるのが秩序だ」


「名は紙に残る。息は場に残る」

 俺は置主簿を開き、位相札を示す。

 章印を四人で押す。ちり。花割の薄濃が四相で揺れ、湯気印の水紋と交わる。

 黒密鏡を覗いた群衆の喉がすうと通る。

 一点責印は強い。けれど、再現できる。脅しで押せる。

 章印は薄い。けれど、再現できない。ひとりでは鳴かない。


 吟遊詩人が短い節を落とす。


♪ 一の朱は 熱で浮く

 四の花は 息で座る


 エリクが眠そうに、しかしはっきり言う。

「章印(四手)、置主簿への貼付を公示印として仮承認。筆頭欄の一点化は採用せず」


 監察筆の札ががん。

 群衆の息が一拍ほど深くなった。


二幕:偽章——薄グロの罠


 広場の端で、章印そっくりの偽印が見つかった。

 薄グロ——墨と油に胆汁を混ぜた鈍い黒。

 花割は似せてあるが、鳴かない。位相札が黙のままだ。


「喉で見ろ」

 俺は見比べ台に**“喉鏡”を足した。

 薄椀の一口を飲んで喉を整え、章印の文字を小声で追う。

 本物は息が乗る**。偽は喉が詰まる。

 リーナが笑って言う。

「味でもわかるよ。薄グロは舌に残る」


 老女の陶工が響き輪印を指で撫でる。

「鳴かない輪は、輪じゃない」

 衛兵が偽章を押収、袖は鑑定所。

 監察筆の札。


「**偽章(薄グロ)**押収。喉鏡・位相札で鑑別」


 カルドは扇を動かさない。動かないとき、次は深い。


三幕:筆頭抹消と、四口責の穴


 正午前、版籍簿の追告が届く。


《筆頭抹消規定》

・筆頭が不在の場合、公示は抹消。

・四口責は補助的責にすぎず、代替しない。


 人を一点に縛り、倒れを全体の死に直結させる規定。

 カルドは静かに言う。

「誰も責を取らない秩序は、無秩序だ」


「誰か一人が責を背負う秩序は、折れる」

 俺は輪唱帳と置主簿を紐で結び、四口責×四手責の連記頁を開いた。

 四人の口印と手印が同頁に交差し、章印が中央に薄く座る。

 筆頭の欄は空白。代わりに**“場主:鍋/板/灯/橋”が縦書き**で佇む。


 吟遊詩人が囁くように節。


♪ ひと欠けても みで支え

 よで締めれば 息は座る


 エリクが結語を落とす。

「筆頭抹消規定は不採用。四口責×四手責の連記頁を公示簿の標準に。場主=置主と定義」

 札ががん。

 人垣の肩がほどけ、太鼓は黙に戻る。


四幕:帳薄の襲撃、白で返す


 午後、帳薄が襲われた。

 置主簿の白頁に薄灰が撒かれ、上書きの入口が鈍くなる。

 空き縁が濡れると、“続き”は死ぬ。

 ——ここを殺しに来たか。


「白は息で乾かせ」

 俺は灯章のうつろ灯を低にし、跳ね芯の黙に合わせて白頁に息を流す。

 湯気印を縁穴に落とし、白を立たせる。

 子どもたちが息札で三進一止の風を送る。

 白は戻る。続きは死なない。


 監察筆ががん。


「帳薄への灰散布:灯の黙/湯気印/息札で回復。灰瓶押収」

 袖は組合と鑑定所の混成。

 カルドは扇をひらり。

「白は弱い。黒は強い。

 ——だから私は黒で書く」


「白は入口だ。黒は抱くだけでいい」

 老女の陶工が黒に白の刷りを高く掲げる。

 空き縁の白が陽で透け、花割が薄く歌う。


五幕:総章・公開審問——倒れない責を章にする


 夕刻、広場の見比べ台が輪になり、総章審問が始まった。

 板の前には、水章の瓶、橋章の節釘、封音輪と封景板、艀章の手すり、席章の薄椀と回転秤、値章の三柱(鍋・息・歌)、灯章の跳ね芯/影札/灯秤、版章の歌版/黒密鏡、告章の輪唱帳/声尺。

 ——全部だ。

 中心に置主簿、その上に章印。


 俺は短くまとめた。

「総章の骨。

 一、倒れない責——四手責×四口責。一点ではなく位相で証す。

 二、黒に白——空き縁を入口と定義。上書きは改竄にあらず、続き。

 三、税は距離/拍/間で鍋寄進へ。紙貨額面で固定しない。

 四、夜=座/朝=配——夜で座り、朝で距離に乗せる。

 五、置主——主は場にあり、人は持ち回り」


 ジルベルトが補う。

「甘い火は黙で座る。厨房では一点より持ち回りが事故を減らす」

 侍医長が続ける。

「署名は複数で。筆頭は倒れる。病も夜に静め、朝に配る」

 吟遊詩人が輪唱で結ぶ。


♪ 黒は抱け 白は開け

 四で押せば 倒れない

 夜で座り 朝で届く


 エリクが結語を落とした。

「総章・仮採択。

 ——四手責×四口責を章印として承認。

 ——置主簿を公示簿に連結。筆頭欄は廃す。

——黒に白の即時上書きを権と定義。

 ——夜刷り=章印即時承認/朝配り=距離承認の二段。

 ——版籍簿は参考簿として併記。一点化は採らず」

 監察筆の札ががん。

 広場の息が深くなる。夜の黙が街に落ち、紙の刃は鈍った。


 カルドは白い扇を閉じたまま、こちらを見た。

「三日の戦、君の設計で決まったな。

 ——だが、帳は明日も生きる。名前は明日も要る。

 私は朝に戻る。大審問を王城で開く。

 総章が秩序か、煽動か。四が責の薄めか、倒れない型か」

 決着の合図だ。紙と声、黒と白、一と四。全部の審理。


「大審問、受ける」

 喉に雪を落とし、熱を最低に落とす。

「章印と置主簿、見比べ台と喉鏡、花割と湯気印。

 ——食べられる形で全部持って行く」

 ジルベルトが薄椀をちんと鳴らす。

「甘い火は言い訳をしない。味で座らせる」


夜の仕込み:章印を束ね、審問へ


 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。

 跳ね芯は二燃一黙、灯景板は黒に白で更新。

 章印の輪を磨き、位相札を束ね、置主簿の縁穴に続き札を差し込む。

 見比べ台は十二に増やし、黒密鏡・紙息・喉鏡を並べる。


「段取り、締め」


一、章印一式を王城搬入。四手責×四口責の実演台を用意。


二、置主簿→公示簿への連結。“筆頭欄廃す”の白を太く。


三、見比べ台・移動版を車に積む。喉鏡/黒密鏡/紙息を審問席に。


四、鍋柱・息柱・歌柱の三柱を王城前に立て、“値章の距離承認”で朝の配り口を作る。


 リーナが笑い、囁き札を指で弾く。

「多いね」

「多すぎるくらいが、ちょうどいい」

 老女の陶工は花割を見つめ、胸を張る。

「薄い黒は、長く残る」

 監察筆は大きな欠伸をひとつ。

「掲示、最後。


“主は場に。名は続きに。

 四で押して、四で告げよ。

 夜で座り、朝で配れ。

 倒れない責で、審問へ。”

 ……寝る」

 札はがんと打たれ、三日戦の最後の音になった。


 空は濃く、灯は低く、章印は静か。

 白い扇は、王城の石階の上で薄く笑う。

 でも、鍋は知っている。

 声は温度になり、版は手になり、責は分ければ——倒れない。


 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。

 次の舞台は、大審問――紙と声の裁き。

 紙は速い。

 だが拍は座る。

 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

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