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辺境食堂のスキル錬成記  作者: しげみち みり


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第13話「巡回記録帳――陰の監視者」

 冬の曇天は低く、街道を歩く《大釜隊》の旗を灰色に染めていた。

 荷車に積まれた大釜はぎしぎしと軋み、薪と麦袋が揺れる。リーナは馬を曳き、若者たちは前後を守る。侯爵家から派遣された侍医が同行し、記録帳を胸に抱えていた。表紙にはまだ新しい革の匂いが残っている。


「今日からだね、巡回記録帳」

 リーナが笑いながら言った。

「数字と一緒に“物語”を書くんでしょう? 楽しみです」

「楽しみというより、責任だな」

 カイは深く息を吐き、荷車を支える。

「これが本当に続けば、国が変わる。けど続かなければ……ただの実験で終わる」


下町の施食


 最初の施食地は王都の下町。石畳が崩れ、屋根瓦は欠け、子どもたちは裸足で走り回っている。

 大釜に火が入り、麦粥が煮え立つと、人々が列を作った。


「お母ちゃん、匂いがする!」

「静かに並びなさい!」


 侍医は真剣な目で人々を観察し、記録帳を開いた。

「氏名、年齢、体調……そして“食後の言葉”も必ず書き記す」


 配られた椀を抱えた男が、震える声で言った。

「久しぶりに……腹が温まった。働ける気がする」

 その言葉が、記録帳に残された最初の“物語”だった。


監視の影


 施食が進む中、リーナがふと背筋を強張らせた。

「……見られてる」


 街角の影に、黒い外套の男が立っていた。フードを深く被り、じっとこちらを見ている。

 配膳が終わると男は姿を消し、翌日の施食地でも別の場所から視線を感じた。


「商会の間者か?」

 若者が囁く。

「たぶん。それか……もっと大きな何か」

 カイは気配を振り払い、鍋をかき回した。

「鍋を止める理由にはならない。火は見られても、消させない」


記録帳の重み


 三日目、兵舎裏での施食。

 古参兵が列の先頭に立ち、皺だらけの手で椀を受け取った。

「戦から戻って眠れなくなった。だが昨日の粥で眠れた。今朝、足が軽かった」


 侍医が記録帳にその言葉を書き込みながら、ふと呟いた。

「数字以上に……生きた証になる」


 記録帳の頁は重くなっていく。

 一つひとつの言葉が、商会の規格よりも確かな証拠となって積み重なる。


不審な壺


 ある夜、宿へ戻ると玄関に小さな壺が置かれていた。封には商会の印。

 カイが蓋を開けると、中の塩は灰色に濁っていた。

「混ぜものだ……」

 侍医が険しい顔になる。

「これは挑発だな。記録帳を汚すための」


 リーナが怒りを露わにした。

「人の口に入るものを……!」

「逆に利用しよう」

 カイは落ち着いた声で言った。

「これは証拠だ。記録帳に残す。商会が何をしているか、国に示すために」


夜の訪問者


 その夜更け、宿の扉が再び叩かれた。

 現れたのは、あの黒い外套の男だった。

 彼は怯えた様子で壺を差し出し、声を震わせた。

「……俺がやった。混ぜろと言われ、混ぜた。だが、眠れなくなった。食べた人の顔が離れない。だから、返しに来た」


 カイは静かに壺を受け取り、目を見た。

「鍋は人を裁かない。食べていけ。——そして、話せ」


 男は涙を流しながら粥を口に運んだ。

「……あったかい」


 その言葉もまた、記録帳の一頁を染めた。


冬の星空


 施食を終えた夜、カイは焚き火のそばで柄杓を立てた。

 リーナが星を見上げながら言う。

「この記録帳は、規格を超える証になる。人の声が、国を揺らす」

「そうだな」

 カイは火を見つめた。

「だが同時に、誰かが必ず壊そうとする。壊されないように、鍋を守り続ける」


 冬の星空は静かに瞬き、焚き火の煙が空へと溶けていった。

 《大釜隊》の巡回は始まったばかり。だが、その影には確かに“監視者”がついていた。

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