第1章 黒曜石王朝の黎明
黒曜石王朝皇帝記録
黒曜石王朝の歴史は、銀河における「帝国」という統治形態の試みの嚆矢であった。
その始祖は、辺境の一軍事指揮官にすぎなかったが、数世代のうちに全銀河を席巻し、覇権を確立した。
以下、歴代皇帝の治世を簡記する。
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初代皇帝 アトリウス一世
「建国の雄」
黒曜石王朝の始祖。辺境戦役で数多の戦功を重ね、混乱する銀河に統一の旗を掲げた。
卓越した軍事指導者であると同時に、法典の整備にも力を注ぎ、帝国統治の基礎を築いた。
その威光のもと、星々は初めて「一つの帝国」の名の下に服した。
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第二代皇帝 マグヌス一世
「秩序の守護者」
父の遺業を継ぎ、帝国領域の安定化に尽力。
辺境の小規模反乱を鎮圧し、帝国暦を制定するなど制度化を進めた。
だが治世後半には、皇族と貴族の間で派閥抗争が始まり、その火種は後世まで残ることになる。
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第三代皇帝 セリオス二世
「征服の皇帝」
積極的な遠征を行い、帝国領土を最大規模に拡大した。
特に南銀河戦役における勝利は「千年帝国」を夢想させるものだった。
だが無理な拡大は補給線を伸ばし、中央集権を困難にする結果をもたらした。
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第四代皇帝 アウレリア一世
「慈悲深き女帝」
唯一の女帝。
戦乱に疲弊した民を顧み、減税や慈善事業に力を注いだ。
その柔和さは帝国の短期的安定を生んだが、軍事的抑止力の低下を招いたと批判する史家も多い。
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第五代皇帝 ドミニクス一世
「鉄血の皇帝」
即位早々、貴族の反乱を武力で鎮圧。
その苛烈な処断は恐怖による統治を実現したが、同時に皇室の孤立を深めた。
「黒曜石の鉄槌」と呼ばれるも、その死後、抑え込まれていた不満が再び噴出する。
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第六代皇帝 カリオストル一世
「享楽の君主」
帝国衰退の始まりとされる皇帝。
奢侈と宴楽に明け暮れ、重税を課して宮廷を飾り立てた。
その圧政が各地の反乱を誘発し、後に「群雄割拠の時代」の起点と目される。
彼の治世に、カイロス星域戦役が発生している。
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第七代皇帝 フェルナンド二世
「無為の皇帝」
反乱を抑える力もなく、また積極的に統治する気概も持たなかった。
その治世は「帝国の冬」と呼ばれ、中央権威は急速に形骸化。
宰相府と有力貴族による「傀儡政治」が横行した。
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第八代皇帝 ヴァレンティウス一世
「改革の志士」
帝国再建を志し、重税の軽減と軍制改革を断行。
しかし貴族層の強固な抵抗に遭い、改革は道半ばで頓挫。
彼の急逝をもって、帝国再生の望みは大きく後退した。
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第九代皇帝 ルキウス二世
「暗愚の皇帝」
記録に残る唯一の「廃位された皇帝」。
猜疑心が強く、親族や臣下を次々に粛清。
やがて宮廷クーデターによって廃され、幽閉のうちに没した。
この事件以後、皇室権威は決定的に失墜する。
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第十代皇帝 オクタヴィアヌス三世
「傀儡の帝」
実権を宰相と大貴族に握られた皇帝。
その治世は記録が乏しく、「ただ帝位に在った」という以上の痕跡を残さない。
彼の時代に、ヴァルキオン統合国とメルカディア共和連合が本格的に勃興する。
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第十一代皇帝 アドリアヌス二世
「最後の覇気」
衰退する帝国を立て直そうとし、ヴァルキオンとの大規模戦役を決行。
だが軍事力の差は歴然としており、帝国軍は壊滅的敗北を喫した。
この敗戦は「帝国はもはや覇権を維持し得ない」という現実を決定づけた。
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第十二代皇帝 ユリアヌス一世
「滅びの皇帝」
黒曜石王朝最後の皇帝。
帝都は混乱し、財政は破綻、軍は瓦解していた。
ついに帝都陥落の折、玉座にて自害し、その生涯を閉じたと伝えられる。
以後、黒曜石王朝は名実ともに滅亡。
銀河は完全な「百年戦争」の時代に突入した。
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後世の評
黒曜石王朝の構造は、建国の雄が持つカリスマと軍事力に依存しすぎており、制度としての柔軟性を欠いていた。
ゆえに、皇帝の才覚と怠惰がそのまま帝国の盛衰を決めるという、きわめて脆弱な体制であったのである。
その盛衰は、やがて後世の人々にとって、
「権力の集中は一時の栄光をもたらすが、やがて必ず滅びを呼ぶ」
という普遍的教訓として語り継がれることになる。