第80話 暁の空
セイクリアの高台にある広場で、小さな宴が開かれていた。
澄んだ夜空には星がよく見え、揺れる松明の灯りが人々の顔を柔らかく照らしている。
戦いを終えた者たちは焚き火を囲み、あちこちで笑い声を上げながら杯を交わしていた。
大鍋から湯気が立ち上り、香草と煮込んだ肉の匂いが広がる。
焼きたてのパンの香ばしさも混ざり、冷たい夜気にほのかな温もりを添えていた。
子どもたちは松明のそばを走り回り、転びかけては仲間にからかわれ、また元気に駆け出していく。
誰かが吹く笛の音が焚き火の脇を抜け、夜の空へすっと吸い込まれていった。
輪の中心にはミリアが座っていた。
焚き火を静かに見つめる彼女の隣へ、シェラがゆっくり腰を下ろす。
少し離れた場所では、リリィとセリナが肩を寄せていた。
リリィが耳元でそっと囁くと、セリナはくすっと笑い、軽く頷いて穏やかに返していた。
鍋のそばではソフィアが料理をかき混ぜながら子どもたちへ笑みを向け、手際よく皿に盛りつけている。
その列には、子どもたちと肩を並べて談笑するユーグの姿もあった。
すぐ隣では、マリスが穏やかな表情で、頭を撫でられて照れる子どもにやさしく声をかけている。
さらに奥では、イレーネが杯を片手にその様子を見守っていた。
気づけば子どもたちに囲まれ、手を引かれながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
今はまだ、この場に集った人々だけかもしれない。
それでも今夜、この輪の中に人間と魔族の境界は存在していなかった。
やがて、レオナとヴァルドが広場をゆっくりと見回り始める。
遊び疲れた子どもや酔いつぶれて座り込む大人たちに声をかけ、ときには笑顔で応対していた。
ふたりの表情には、疲れの中に安堵が浮かんでいる。
その様子を眺めていたアークが、ふらりと近づいてきた。
何も言わずにレオナたちの横へ立ち、同じように人々の様子を見守り始める。
彼らの背には白陽の紋章が残っているが、そこに込められた意味はすでに変わっていた。
夜は深まり、焚き火の炎がゆっくりと落ち着いていく。
それでも、火を囲む笑い声は途切れることなく続いていた――
そこには、「終わらせた者たち」が分かち合う、かけがえのないひとときがあった。
◇ ◇ ◇
東の空がわずかに白み始める頃――
高台からさらに奥へ抜けた丘の端で、ミリアはひとり、空を仰いでいた。
深い藍色の空が、少しずつ淡く染まりはじめている。
星は一つ、また一つとその姿を消し、空の端にはわずかに紅が差しはじめていた。
そんな空の下、背後からそっと足音が近づいてくる。
ミリアは気配を感じて振り返ると、そこにはマリスの姿があった。
彼女は何も言わず、ミリアの隣に立って空を見上げた。
その横顔には、迷いを残しつつも、どこか吹っ切れたような穏やかさがあった。
「……ごめん。そして、ありがとう」
マリスはぽつりと、それだけを口にした。
ミリアは何も言わず、ただその言葉を受け取り、視線を空に戻す。
しばらくの間、ふたりの間に言葉はなかった。
やがて、マリスがふとつぶやく。
「……あなたのおかげで、エレナとの約束、少しは守れた気がする」
――エレナが最期に残してくれた言葉。
でもこの先、私に何があっても
お願い。人間を、恨まないで
ミリアは静かにマリスへ視線を向け、そっと問いかけた。
「ねえ……どうして、あの言葉はあなたに向けられてたの?」
マリスはほんの少し目を伏せ、それから柔らかく微笑んだ。
「……実はね、エレナには“未来が見える力”があったの。
だから、エレナからしたら私の行動なんて何でもお見通しってわけ」
その言葉に、ミリアの瞳がかすかに揺れる。
「ただ、彼女の見る未来って、決して一つに決まってるわけじゃないみたい。
その時々の選択で、少しずつ枝分かれして、行き先が変わっていく……そんな曖昧な未来なんだって」
空には、まだ陽の気配はなかったが、その色はわずかに青みを帯び始めていた。
マリスはその色を見つめながら、そっと言葉を重ねる。
「……だからね、私、ずっと思ってたんだ。
エレナはどうして、あんな選択をしたんだろうって」
言葉の終わりとともに、マリスの瞳が遠くを見つめた。
その先にあるのは、もう戻らない人の笑顔。
「でも、いまなら少し分かる気がする。
きっと、彼女はわたしたちよりも――ずっと、もっと先の未来を見ていたんだろうなって」
その言葉を残し、マリスは名残を惜しむように立ち去る。
遠ざかる足音を背に受けながら、ミリアは同じ空を見上げていた。
静寂に包まれた丘の上で、空は白さを増しながら広がっていく。
世界は新たな朝を迎えようとしていた。
ミリアはつぶやく。
「……そうだね。あのときの言葉は、ちゃんと未来になりそうだよ」
かつて森の中で、エレナがミリアに向かって笑って言った言葉。
『人間と魔族は、将来仲良くなるんだって――』
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