第77話 王宮での襲撃
白石の回廊を抜けた一行は、王宮中層部にある迎賓の間へと通された。
応対に現れた侍従は儀礼的な挨拶を交わすのみで、多くを語ろうとはしない。
玉座の間への案内は、まだ先になるという。
王宮の迎賓の間は、張り詰めた静けさに包まれていた。
淡く香木の匂いが漂い、天井から吊るされた銀の燭台が、室内に柔らかな光を落としている。
一行は案内を待ちながら、それぞれ控えの時間を過ごしていた。
使節団の護衛たちは壁際に整列し、シェラは窓辺に立って庭先の様子を警戒している。
マリスは部屋の中央で立ち止まり、天井の装飾へ視線を向けていた。
――そのときだった。
シェラの動きがぴたりと止まる。
次いで、緊張を帯びた声が室内に響いた。
「何か……来る」
言葉が終わるより早く、扉の外で硬質な音が弾けた。
直後、空気がざらりと揺らぎ、魔力の流れがわずかに歪む。
「伏せて!」
シェラの叫びと同時に、扉が爆ぜるように吹き飛んだ。
破片と煙が舞い、熱を帯びた空気が一気に流れ込む。
そこへ、漆黒の戦闘装束をまとった兵たちが無言で飛び込んできた。
瞬く間に散開し、制御された魔力の刃がミリアとマリスを正確に狙う。
「っ……!」
ミリアは硬直しかけた身体を無理やり動かし、隣にいたマリスをかばうように前へ出た。
頬を掠めた刃が細い線を描き、わずかに血が飛ぶ。
熱い痛みを感じるより早く、反射で剣を抜いていた。
呼吸を整える間もなく、即座に迎撃の構えを取る。
「数は……十、いや、十二。隊列は崩れていない」
視線を走らせ、敵の配置を読み取る。
シェラは窓枠に体を預け、瞬時に狙撃体勢へと移った。
放たれた魔力弾が、暗部のひとりの肩を撃ち抜き、戦列がわずかに乱れる。
その隙を突き、使節団の護衛たちが一斉に動く。
迎賓の間は瞬く間に混成の戦場と化した。
ミリアは襲撃者と刃を交えながら、背後の気配に反応して身を翻す。
紙一重で斬撃をかわし、剣を横薙ぎに振るう――だが、相手はすでに後方へ退いていた。
(速い……一撃ごとに迷いがない)
次の斬撃を受け流し、脇腹に深く切り込む。
手応えとともに、相手が息を詰める。
刃を払って距離を取った瞬間、背後から強烈な殺気が迫った。
「下がって!」
シェラの声と同時に魔力弾が放たれ、着弾と同時に爆ぜて襲撃者の足を撃ち抜いた。
ミリアはその隙を逃さず後退し、呼吸を整える。
「助かったわ、シェラ」
「いえ。お礼はあとでお願いします」
シェラは次弾を装填し、ほとんど反射で引き金を引いた。
魔力弾が敵の喉元を貫き、相手は声も上げず崩れ落ちる。
後方支援として訓練を積んできた彼女にとって、これほどの近距離戦は初めてだった。
だが――手は震えていない。
前線では、護衛の魔族戦士たちが鋭い動きで応戦していた。
無駄のない所作で敵の間をすり抜け、双剣が連撃の軌道を描く。
ひとりが正面から圧をかけ、もうひとりが側面から切り込む――その練度の高さが、連携の鋭さに現れていた。
それでも、一撃で倒せるほど甘くはない。
敵は傷を負いながらも、無言のまま何度でも立ち上がってくる。
その不気味さに、誰もが一瞬の油断も許さなかった。
戦闘は短くも激しかった。
ミリアとシェラを中心にした連携が次第に効果を発揮し、戦線が敵を追い詰めていく。
やがて――最後の一人が膝をついた。
ミリアは息を荒げながら剣を引き抜き、倒れた兵の動きを確認する。
すぐそばでは、シェラが銃を下ろし、肩で息をしていた。
襲撃者のほとんどは地に伏し、残った者も拘束されている。
迎賓の間には魔力の焼け跡と血飛沫が散り、張り詰めた静寂が場を満たしていた。
「……この人たち、王宮の警備とは違うわね」
マリスが周囲を見渡し、低く呟く。
拘束された兵の一人が、ぎり、と歯を噛みしめた。
若い顔立ちとは裏腹に、その目は凍てついたまま動かない。
「所属を言え」
ミリアの問いかけに、男は顔を伏せたまま沈黙を続けた。
反抗ではない。怯えでもない。
ただ、何かを見定めるように、言葉を選んでいるようだった。
やがて――低く、絞り出すような声が漏れる。
「……我々は、王直属の特務部隊だ」
その言葉に、ミリアの脳裏には旧研究所で見た“思念の記録”がよぎった。
王政の方針に異を唱えた貴族や研究者が、“魔族の襲撃”に見せかけて粛清されていた記録。
それは、闇の中で動いていた“国家の裏面”――
不都合な者を消すためだけに存在していた部隊の名前だった。
だとすれば、あの日、私の家族を奪ったのも――
ミリアは胸の奥に沈めていた問いが、知らず唇をついて出た。
「黒焔の血……カヴェル家も、お前たちが手を下したのか」
その声には、怒りと共に、胸の奥に閉じ込めていたはずの哀しみがにじんでいた。
しかし、兵は答えない。
目を伏せ、わずかに顎を引いたまま、何も語らなかった。
否定も肯定もせず、その沈黙だけが、ミリアの問いに扉を閉ざしていた。
それ以上、追及の言葉は続かなかった。
誰もが息を呑み、ただその場に立ち尽くす。
そこにはただ、語られぬ真実の重さと、それに触れてしまった者たちの苦い沈黙が残っていた。
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