第73話 王宮の記録
夜半を過ぎ、王宮の通用門に物資搬入の小型車両が静かに到着した。
荷台には文書箱がいくつも積まれ、その隙間にユーグ・カランは身を伏せていた。
膝を折り、背を丸め、呼吸を限界まで抑える。
外では門番らしき兵士の声が二つ。荷の一部が下ろされ、記録との照合をしているようだった。
やがて荷車が再び動き出し、軋む音とともに搬入口の奥へと押し込まれる。
扉が閉まり、外の気配が完全に途絶えたのを確かめると、ユーグは箱の影でそっと身を起こした。
積荷の隙間を抜け、音を立てぬよう床へと降り立つ。
しゃがんだ姿勢のまま、天井近くの監視装置を見上げる。――死角。想定通りだ。
荷車の影を離れ、通路の陰へと滑り込む。
作業灯の届かぬ闇を縫うように壁沿いを進み、出入り口付近の視界を探る。
そのとき、通路の先に衛兵の影が見えた。
(……予定より早い巡回か)
相手に気づかれるよりも早く、ユーグはわずかに顔を上げた。
視界の端で兵士の輪郭を正確に捉え、反射的にスキルを発動する。
視線を合わせるでもなく、意識の焦点だけを相手に向ける。
その瞬間、兵士の目は彼の立つ空間を素通りした。
かすかな気配すら感知させることなく、兵士は奥へ歩き去っていった。
ユーグは小さく息を吐き、壁際へと姿勢を戻す。
通路の影を伝いながら再び移動を開始した。
事前に頭に叩き込んだ経路をなぞるように進み、目指すは地下の管理室。
職員の靴音、扉の開閉、灯りの反射――
そのすべてを感覚で拾い取り、巡回と巡回の狭間を縫うように進む。
監視の目は至るところにあった。
だが、誰も彼に気づかない。
誰の意識にも触れぬまま、ユーグは通路を抜けていく。
目的の管理室は、物資整理用の書類保管室に隣接していた。
表向きは自由に出入りできる構造だが、内部の端末には厳重な制限が掛けられている。
ユーグは周囲を確認し、扉をわずかに押し開けて中へ滑り込んだ。
慣れた手つきで制限解除の処理を施し、少しの音も立てずに端末を起動させる。
表示されたのは、王宮内部の構造記録。
地下階層を含む各エリアの図面と、改築時の履歴が詳細に並ぶ。
ミリアが言っていた――
「王室の記録庫や、封印文書が保管されている区画」
ユーグは条件に合致しそうな箇所を洗い出し、いくつかの候補を仮定していく。
まずは王室文書庫、次に行政文書の旧保管庫。
改築記録の中でも封印処理の履歴が残る区画を中心に、三箇所の候補を絞り込み、順に確認へ向かった。
だが――どこにも、それらしい痕跡はなかった。
壁面は堅牢で、構造も図面通り。
隠し扉も、異常な空間も見当たらない。
ユーグは管理室へ戻り、再び図面を呼び出す。
一枚ずつ視線を走らせていくうち、ふと違和感に指先が止まった。
西棟地下三階。
配管経路と排気通路の記載はあるのに、そのすぐ隣の空間に部屋の記録が存在しない。
通路と通路の間に、妙な“空白”があった。
(本来、部屋があってもおかしくないスペース……か)
ユーグはすぐに現地へ向かう。
封鎖された作業通路を迂回し、構造図で示された“空白”の区画にたどり着いた。
だが、そこにはただの壁があるだけだった。
一見して異常はない。
記録上も、何も存在しないはずの場所。
それでもユーグは壁に掌を当て、軽く叩いた。
――鈍く、響く音。
周囲の石壁とは違う。向こうに空間がある音だった。
手探りで壁をなぞると、ごく浅い溝が指先に触れた。
目を凝らさなければ気づかない、複雑な幾何紋のような線。
指でその形をなぞる。
かすかな振動とともに、壁の一部が内側へと沈んだ。
仕掛けだ。
押し込まれた石壁が静かに横へと動き、隠された扉が姿を現す。
その奥には、小さな書庫のような部屋があった。
背の低い棚が並び、その中央に黒鉄の装飾が施された箱がひとつ――厳重な封印を施されたまま鎮座している。
部屋の空気は静かで、誰の気配もない。
ユーグは周囲を警戒しつつ、棚の中身をひとつひとつ確かめていった。
古びた命令記録、封印指定文書、改ざん前の実験指示書。
そして――魔人政策に関する命令、粛清命令の発行記録。
そこには、ミリアの名もあった。
封蝋は半ば崩れていたが、紋章の輪郭ははっきりとしている。
それは、王命であることを証する“最高位の刻印”だった。
ユーグはためらわずにそれらを布に包み、小型の記録装置に転写する。
封印箱も開け、中の命令文を三通、同様に記録へ残した。
――そのとき、外から足音が近づく。
巡回経路には含まれないはずの通路。
予定外だが、こういうことは起こり得る。
ユーグは即座に棚の影へ移動し、扉の隙間から接近する兵士を捉える。
通路の影に潜み、意識の焦点を合わせる――
兵士は気配を察することもなく、壁際をそのまま通り過ぎた。
点検リストを確認し、小さくため息をつくと、踵を返して去っていく。
ユーグは棚の裏から抜け出し、無言のまま脱出路へと戻った。
途中、搬入口近くで短い引き留めを受けたが、偽造した通行証と制服で難なく切り抜ける。
明け方近く、ミリアの潜伏先に戻ったユーグは、包みをそのまま手渡した。
「……見つけました」
そう短く告げただけで、木の椅子へと腰を下ろす。
ミリアは包みを開き、封印指定の印が残された命令書に目を落とした。
魔人政策の原本。粛清命令。そして、それを裏づける記録の数々――
確かに、そこにあった。
「……これで、揃ったわね」
ミリアは目を伏せ、低く呟く。
アークに託した告発と、今手元にあるこの証拠。
それがあれば、王政の正体を暴くには十分すぎる材料となる。
夜が明ける。
程遠いと思っていた未来が、現実味を帯びはじめていた。
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