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第70話 記録の収集

 魔族領から北東の山道を引き返し、ミリアたちは再び“魔族研究所跡”へと足を踏み入れた。

 今回の目的は、残された“思念の記録”を映像として確実に残す――そのための再訪である。


 ミリア、セリナ、イレーネ、リリィの四人は、前回と同じく施設の奥へ進む。

 目指すのは、以前に記録を再現した円卓の会議室。

 一方で、ソフィアとシェラは別行動を取り、標本の眠る監視塔の調査へ向かっていた。


 崩れた石畳。

 湿り気を帯びた空気。

 そして鼻をかすめる古びた魔力の匂い――

 どれも前回と変わらない。まるで時間が止まっていたかのような錯覚さえ覚える。


 やがて、目的の扉の前へ。

 押し開けた先には、整った円卓と整然と並ぶ椅子、そして崩れひとつない壁面。

 廃墟の中で、この部屋だけがきれいなまま残されている。


 イレーネがミリアを見る。

 ミリアは短く頷き、そっとリリィの手を取る。


「ここは二人に任せて、私たちは部屋の外で待ってましょ」


 リリィは一瞬だけ戸惑ったような表情を見せたが、何も言わずに頷く。

 ミリアとリリィは一歩引き、扉の外に下がった。


 セリナは短く息を整え、意識を集中させる。

 イレーネとともに部屋へ入り、静かに扉が閉じられた。


 イレーネは中央へ進み、漂う思念の気配にそっと意識を合わせる。

 両手を前に差し出した瞬間、空間に淡い影が浮かび上がった。


 かつてこの場にいた者たちの記憶が、映像として再構成されていく。

 セリナはその映像に意識を注ぎ、指先に灯した光で像を一つひとつ吸い込み、記録として固定していった。

 今回は映像として明確な形に変換する――思考と魔力、そして膨大な処理を同時にこなす、高負荷な作業だ。


 視線は鋭く、動きには一切の迷いがない。

 それでも額には汗が滲み、唇にはわずかな緊張が浮かんでいた。


 最初の記録を終えたところで、イレーネがセリナの様子をうかがう。


「……大丈夫?」


 セリナは数秒の沈黙のあと、小さく首を横に振った。


「問題ありません。続けてください」


 イレーネは小さく頷き、ためらいなく再び手を掲げる。

 空間がわずかに揺れ、ふたたび過去の記録が姿を現し始めた。


 そのころ、扉の外では――


 ミリアとリリィが壁際に並んで腰を下ろしていた。

 通路を満たす空気はひんやりと澄み、どこか落ち着いた気配を帯びている。


 リリィは足を抱えるようにして座り、小さく息を吐いた。


「……こうやってじっとしてるの、久しぶりかも」


 ミリアは隣で目を閉じたまま、穏やかに答える。


「そうね。こんなに静かな場所も、あまりないし」


 そのひと言のあと、しばし沈黙が流れた。

 やがてリリィが、ふと顔を上げる。


「ねえ、エレナって……どんな人だったの?」


 その問いに、ミリアはしばらく目を閉じて考え込む。

 そしてゆっくりまぶたを上げ、落ち着いた声で答えた。


「……少し、あなたに似てるかもしれない」


「え?」とリリィが小さく声を漏らす。


「明るくて、素直で……誰にでも分けへだてなく接して。

 何より、未来を信じて疑わなかった。

 あの子が話すと、不思議と“そうなる気がする”って思えてしまうの」


「……すごい人だったんだね」


 リリィは足元を見つめながら呟く。


「ええ。わたしなんかより、ずっと勇気があって……」


 語尾にかすかな悔いの色がにじむ。

 リリィはふと顔を上げ、ぽつりと呟いた。


「……だから、セリナやソフィア、イレーネも、あと……マリスさん?

 みんな、エレナって人のこと、大好きだったんだね」


「そうね。……みんな、彼女に救われたのよ。きっと」


 通路の静けさが、ふたりの会話を優しく包み込んだ。


 それから、どれほどの時間が経っただろうか。


 静かに扉が開く音が響く。

 ミリアとリリィが顔を上げると、イレーネとセリナがゆっくりと姿を現した。


 セリナの足取りはやや重く、顔には疲労の色が浮かんでいる。

 それに気づいたリリィは小さく息をのむと、思わず駆け寄り、セリナの腕に抱きついた。


「セリナ! 大丈夫?」


 セリナは一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んで小さく頷く。


「大丈夫です。ただ……少しだけ、疲れてしまいました」


 そう言って息を整えながら目を伏せ、そっとリリィの肩に身を預けた。


「支えてもらってもいいですか?」


「うん、もちろん!」


 リリィは嬉しそうに頷き、セリナの手をしっかりと握る。

 ふたりはゆっくりと通路を歩き出した。慎重な足取りながらも、セリナの表情はどこか穏やかだった。


 ミリアはイレーネに視線を向ける。

 イレーネは扉を一度振り返り、静かに息を吐いた。


「問題ない。必要な記録は、すべて残せた」


 その声音には、確かな手応えと安堵がにじんでいた。


 ――それから、数日後。


 シェラとソフィアもまた、魔素濃度による変異実験の証拠を回収するため、監視塔に偽装された旧研究施設を再び訪れていた。

 

 研究室の奥の扉。その先に残された標本は、今も変わらず保管台の上に置かれている。

 人間とも魔人とも判別しがたい、曖昧な輪郭をもつ中間的な存在。

 前回は正体のつかめなかったその姿も、いまは明確な意味をもって見えている。


 高濃度の魔素を人体に投与し、変質と変異を意図的に引き起こす――禁忌の実験。

 その痕跡ではなく、まぎれもない証拠が、ここにあった。


「これで証拠の回収は完了ね。……でも、改めて見ると、本当にひどい実験ね」


 ソフィアが吐き捨てるように言い、視線をそらす。

 しばらくの沈黙ののち、シェラが震える声で応じた。


「……はい。本当に……許せません」


 普段はあまり感情を表に出さないシェラの声に、抑えきれない怒りがにじんでいた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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