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第69話 変革への道筋

 城塞での謁見を終え、ミリアたちは再び街の宿舎へと戻ってきた。


 夕暮れが迫り、建物の影が石畳に長く伸びている。

 誰も言葉を交わさず、それぞれの部屋へ荷を運ぶ。

 装備の留め具が外れる音や、布が擦れる微かな音が、張りつめた空気に紛れていた。


 荷を下ろしたあと、ミリアは裏手の中庭へ出た。

 石の腰かけが並ぶ木陰の一角に腰を下ろし、頬を撫でる風にまぶたを細める。


 やがて、控えめな足音が近づいた。

 顔を上げると、シェラが静かに歩み寄ってくる。

 彼女は無言のまま向かいに腰を下ろし、ひとつ深く息を吐いた。


「……変えられると思いますか?」


 問いかけは、風よりも小さな声だった。

 ミリアはわずかにうつむきながら答える。


「分からない。――でも、変えなければならない」


「簡単には……いかないですよね」


「ええ。暴力で変えようとすれば、また同じことを繰り返すだけ。

 私たちが望むのは“勝利”じゃなくて……争いそのものの“終わり”だから」


 魔族の王ヴァルハンは言っていた――

 力ではなく意志による変革を試みるなら、協力を惜しまないと。


 それがどれほど険しい道か、ミリアは痛いほど分かっている。

 国家の構造、民衆の無関心、人と魔族の間に横たわる深い隔たり。

 どれも一朝一夕で越えられるものではない。


「だからこそ、やれることを整理して、ひとつずつ崩していくしかない」


 言葉が消えたあと、中庭に短い沈黙が落ちた。

 シェラは膝の上で組んだ手元をじっと見つめ、ぽつりと漏らす。


「でも……やれることって、何がありますかね?」


 ミリアは答えず、遠くの空を見つめた。

 そのとき、背後から砂利を踏む足音が響く。


 ふたりが顔を向けると、木立のあいだからイレーネが姿を現した。

 彼女は何も言わず、少し離れた腰かけに腰を下ろす。

 ふたりの視線に気づいたのか、わずかに顔を向けて言った。


「……邪魔するつもりはない。構わず続けて」


「別に邪魔じゃないわ。ちょうど行き詰まってて、誰かの意見が欲しかったところよ」


 ミリアが軽く肩をすくめると、イレーネは小さく頷いた。


「なら少しだけ。……何を話していたの?」


 イレーネの問いに、ミリアが応じる。


「戦わずに変えるには、何ができるかってこと」


 そう前置きしてから、ミリアはわずかに視線を落とし、言葉を続けた。


「理想を語るだけじゃ、何も変えられないのは分かってる。

 だからこそ、どこから手をつけるべきか……その“最初の一歩”を探してるの」


 イレーネは一瞬だけ目を伏せ、静かな声で応じる。


「ただ、手当たり次第に探しても見つからないこともある」


「それは分かってる。でも……正攻法じゃどうにもならないの」


 言葉が途切れ、三人はしばし考え込む。

 すこししてイレーネが口を開いた。


「――過去の記録を使えないだろうか。隠されてきた事実を、明らかにすれば」


 その提案に、シェラが顔を上げた。


「国を倒す……じゃなく、民衆を味方につける……そういうことですね」


「なるほど。いい考えね」


 ミリアの言葉に、イレーネが短く頷く。


「それであれば、ヴァルハンが言う“意志による変革”を実現できる」


 一瞬、場の雰囲気が明るんだが、すぐに迷いが戻る。


「でも……どうやってみんなに伝えればいいの?」


 ミリアの問いかけに、イレーネは淡々と答えた。


「それは問題ない。

 セリナの力は、ただ記憶するだけではない。その映像を記録として残し、再生させることもできる。

 私が思念をもう一度再現し、セリナが映像として仕上げる。――それができれば」


 ミリアがその続きを引き取った。


「それを、国民に見せればいい!」


 その直後。


「……映像として記録にしてしまえば、再生は可能です。ただし――」


 落ち着いた声が、すぐ背後から聞こえた。


 思わず振り向くと、いつの間にかセリナが立っていた。

 彼女は静かな口調のまま、視線を皆へと向ける。


「それを“誰が”公表するのか。そこが最大の問題です。

 こう言っては何ですが……私や、追われているミリアさんたちが出したところで、信じてもらえるとは思えません」


「そうね。私が語っても、国家は“裏切り者”として切り捨てるでしょうし……」


 言葉を紡ぎながら、ミリアの胸にひとつの名が浮かび上がる。


 ――アーク・レネフィア。


 王国軍《白陽の騎士団》団長。黎明の血を引く貴族。

 民衆の英雄にして、かつての戦友。


 けれど、いまやその名を口にすることすら、遠い記憶を掘り起こすような感覚だった。


「……アークが、あの記録を見て、言葉にしてくれたら。きっと多くの人が耳を傾けてくれるはず」


 その名に反応するように、イレーネがぽつりと呟く。


「北の遺跡にいた……あの白い鎧の」


 ミリアは小さく頷いた。


「ええ。もう二度と会うことはないと思ってた。

 でも、それでも――いまの私たちには、彼の力が必要だと思う」


 ミリアはそっと視線を中庭へ向ける。

 木々の合間から、夕暮れの空がわずかにのぞいていた。


 ――彼に、もう一度会う必要がある。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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