第68話 王との会談
重い門扉が、地を震わせるような音を立てて開いた。
門の隙間から差し込む光が、長い影を床に伸ばす。
ミリアたちは無言のまま、ゆっくりと城塞の中へ足を踏み入れた。
石造りの回廊が奥へと続き、壁には古びた紋章がいくつも刻まれている。
頭上の高い天井からは、冷気がゆるやかに降り注いでいた。
進むほどに、空気が重くなる。
やがて内庭を囲む渡り廊下に出ると、黒衣の衛兵たちが整然と並び、無言のまま一行を見つめていた。
その視線を背に受けながら、彼女たちはさらに奥へと進む。
やがて、ひときわ大きな扉の前で足が止まった。
再び、重々しい音が響く。
扉の向こうに現れたのは――壮麗な謁見の間だった。
天井は高く、床には厚手の赤い絨毯。
壁には堂々たる紋章が掲げられ、空気そのものが威厳をまとっている。
そして、その中心――玉座に座していたのは、魔族の王ヴァルハン・グラディス。
威圧するような仕草は一切ない。
それでも、ただそこに在るだけで、圧倒的な存在感が場を支配していた。
ミリアたちは玉座の前で膝をつき、静かに頭を下げる。
重い沈黙の中、最初に口を開いたのはマリスだった。
「お時間をいただき、感謝いたします。本日は――人間、彼女の話をお聞きいただきたく」
低く、重なる声が玉座から返る。
「……人間の使者か」
「いいえ」
マリスはわずかに首を振り、ミリアへ視線を送った。
促され、ミリアは短く息を吸い、言葉を選ぶように口を開く。
「私はミリア・カヴェル。
かつて、アストラニア王国軍に所属していました。
ですが――今は、一人の人間として、ここにいます」
王は、少し間を置いて低く言った。
「……私は、お前の王ではない。
堅苦しい礼儀などいらない。対等な者として話してくれてよい」
ミリアはわずかに戸惑い、マリスへ視線を向ける。
マリスは何も言わず、その視線に応えるように静かに頷いた。
「で……要件は何だ」
その声は鋭く、余計な響きを一切含まない。
ミリアはまっすぐ王を見返し、ゆっくりと息を吸った。
「私の大切な妹、そして仲間たち……
彼らの生活と未来を守るために――戦争を終わらせたいと考えている」
言い終えたミリアは一瞬だけ視線を落とし、胸の奥で感情を押しとどめた。
やがて再び顔を上げ、王を真っすぐに見据える。
「人間と魔族は、本来、争う理由などないはずだ。
それなのに――現実では戦が絶えない」
静寂が落ちる。
やがて、王の低い声が響いた。
「……だが、争いを仕掛けたのはお前たち人間だろう」
その指摘に、ミリアは目を逸らさずに答える。
「人間の国家は、王政のもとで魔族を“恐怖”と定義し、国民はそれを刷り込まれてきた。
子どもは幼いころから“魔族は敵”と教えられ、大人もそれを疑うことさえしなかった」
ヴァルハンの瞳が、わずかに細くなる。
「……それは人間の都合だな」
「そう。でも、私は――それが“作られた都合”だということを知った」
ミリアは記憶をたどるように目を伏せた。
研究所に残された実験の痕跡、隠された記録。
「これは誤解や敵意の問題じゃない。
長い時間をかけて、恐怖と憎しみが意図的に作られてきた構造の問題だ」
顔を上げ、再び王を真っすぐに見据える。
「この戦争を本当に終わらせたいなら、敵意の根を絶たなければならない。
恐怖や憎しみで成り立ってきた体制そのものを変えなければ、また同じことが繰り返される。
だから私は――人間と魔族が対等に生きるための、新しい土台を築きたい。
そのためには……その仕組みを築くためには、今、魔族の理解と協力が必要だ」
ミリアは一瞬だけ息を整え、言葉を結んだ。
「だから……あなたの力を借りたい。
一緒に、この戦争を終わらせてほしい」
ヴァルハンはしばし黙って彼女を見つめ、やがて静かに返した。
「理想だけでは世界は変わらない。
しかし……戦を終わらせたいという点では、考えは一致している」
彼の声は落ち着いていたが、言葉にはぶれがない。
「我ら魔族の戦いは、生きるための防衛だ。
境界で奪われたものを取り戻すこともあれば、生活圏を守るための衝突もある。
だが支配を目的としたものではない」
ミリアは、ただ黙って聞いていた。
「……お前が言うように、戦を終わらせる道があるなら、協力を考えよう」
室内に、かすかな空気の揺らぎが走る。ヴァルハンは言葉を続ける。
「だが――我々が手を貸すのは“戦争の終結”に対してだけだ。
人間の内政に干渉するつもりはない。変革が必要なら、それは人間自身の手で為すべきだ」
一拍の後、彼はさらに付け加えた。
「必要以上に血が流れるのは、我らの望むところではない」
告げながら、ヴァルハンはミリアをまっすぐに見据えた。
「“非暴力の革命”――虐殺も、支配も許されぬ。……それが果たされるなら、我らも剣を収めよう」
ミリアは一度目を伏せ、静かに息を吐いてから顔を上げた。
その視線は揺るがず、王の言葉を正面から受け止めた。
「……分かった。その未来を、私たちで創ろう」
一行が退出する際、両脇に控えた魔族の兵たちが無言で敬礼を送った。
ミリアはその姿を胸に刻む。それは「戦争を終わらせたい」という意思の表明だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。
もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!
しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。
皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。
それでは、次回もぜひよろしくお願いします!




