第67話 霧を越えた城塞
マリスの手引きによって、王との謁見が正式に許されることになった。
それは、この旅路の答えを見つけるための、絶好の機会だった。
期日は五日後。
場所は、森を越えた先にある『深奥の城塞』――魔族の王が暮らす城である。
マリスは魔族の地へと身を移してから、その特異な能力を武器に頭角を現し、今では軍の上層部に名を連ねるまでになっていた。
その地位があったからこそ、ミリアたちを町に迎え入れ、さらに王との謁見までも取りつけることができたのだ。
城塞までは、およそ二日の行程。
準備を整える時間を含めても、出発までにはまだゆとりがある。
一行は町にとどまり、それぞれ短い滞在の時間を過ごすことになった。
イレーネとソフィアは、マリスとの久しぶりの再会に話が尽きなかった。
森での思い出、彼女が姿を消したあの日、そして魔族として生きてきた歳月。
三人の会話は途切れることなく続き、失われた時間を少しでも取り戻そうとするかのようだった。
セリナは朝から晩まで図書館にこもりきりだ。
資料を抱えたまま姿を見せず、町の子どもたちにはすっかり“本のひと”と呼ばれているらしい。
リリィは何度かその姿を探しに行ったようだが、結局一緒に過ごす時間より探している時間のほうが長かった。
それでもリリィは持ち前の明るさで、すぐに町の空気になじんでいった。
広場に行けば、魔族の子どもたちと一緒になって笑い、遊びに夢中になっている。
そのそばには、なぜかいつもシェラの姿があった。
本人いわく「リリィのお姉ちゃんですから、ちゃんと守ってあげないと」とのことだったが――
どう見ても、遊びに巻き込まれているのはシェラのほうだった。
遠くから見れば、どちらが年上なのか分からない。むしろリリィのほうが主導権を握っているように見えるほどだ。
そしてミリアは、ひとり考え込んでいた。
――戦争をやめようとしないのは、あなたたちのほうなの。
マリスの言葉が、胸の奥に小さな棘のように残っていた。
あの研究所で再生された記録にも、「戦争は終わらせない」という人間側の方針がはっきり残されていた。
たしかに、大局的に見ればそうなのかもしれない。
けれど、実際に戦場で剣を振るってきたミリアには、簡単に納得できる話ではなかった。
最前線で起きていたのは――人間と魔族、互いの殺し合い。
そこにあるのは、どちらもお互いの正義だった。
その中で、多くの仲間が命を落とした。
親友だったユリウスも、そのひとりだ。
たしかに、戦争をやめようとしないのは人間側かもしれない。
けれど――もし人間が剣を収めたとして、魔族もそれに応じてくれるのだろうか。
答えの出ない問いだけが、頭の中をぐるぐると巡り続けていた。
ならば――
もう直接、聞いてしまおう。
この目で見て、この耳で聞き、この口で伝えよう。
王に会えるというこの機会を逃す理由はない。
人間と魔族がともに生きる道を探すために。
戦争を終わらせるために。
これは、きっと“そのため”に与えられたチャンスだ。
――そして、二日が過ぎた。
朝の光が町の屋根を染めるころ、支度を終えた一行は北端の門へと集まっていた。
「……私も行かなきゃダメ?」
ソフィアが、誰にともなくつぶやいた。
イレーネが振り向き、軽く肩をすくめる。
「ソフィア、さすがにここで留守番はないだろう」
ソフィアはため息をひとつつき、荷を肩に背負う。
「……分かったわよ、行けばいいんでしょ」
マリスはその様子を見て、わずかに口元をゆるめた。
「なんだか、いつものソフィアに戻ったみたいで安心した。
――じゃあ、行きましょうか」
「なにそれ、私はいつもいつもどおりだけど」
リリィが横から首をかしげる。
「うん、そういうとこが『いつもどおり』だね」
ソフィアがむっとした顔をして、イレーネが思わず笑った。
柔らかな空気のまま、一行はゆっくりと門をくぐり、森の奥へと足を踏み入れた。
進むほどに木々は深く、道は細くなる。
いくつかの小さな集落を抜けるたび、そこには魔族たちの静かな暮らしがあった。
木を削る音、薬草を仕分ける手の動き。
焚き火のそばでうたた寝する子どもと、その傍らで静かに編み物を続ける年長の魔族。
そのどれもが、戦とは無縁の光景だった。
日が傾き始めるころ、一行は城塞手前の野営地へとたどり着いた。
設備は乏しいが、焚き火を囲むには十分な平地と、風を避ける岩陰がある。
火が落ち着くと、リリィは少し離れた場所に腰を下ろし、ひとり炎を見つめていた。
その横顔はどこか沈んでいて、何を思っているのか分からない。
ミリアはそっと近づき、黙って隣に腰を下ろした。
毛布を肩にかけてやると、リリィは小さく身をすくめ、ちらりと振り返る。
けれど何も言わず、また焚き火へと視線を戻した。
しばらくして、膝を抱えたままのリリィが、ぽつりと声を落とす。
「ねえ、ミリア……」
ミリアは、視線だけで続きを促した。
「孤児院のみんなと、また仲良くできるかな……?
さっきの街の人たちみたいに。魔族でも、人間でも……ちゃんと」
その声は小さく、頼りなげだった。
ミリアは一瞬だけ目を細め、やがて穏やかに微笑む。
「大丈夫。絶対に大丈夫。
私が――そうなれる世界にしてみせる」
リリィは目を丸くしてミリアを見上げ、すぐに笑顔を取り戻した。
「ありがとう、ミリア!
――期待してる!」
ミリアは静かに頷き、焚き火に視線を戻す。
夜風が木々を揺らし、炎がふたりの影をゆらした。
やがて夜が明け、霧がゆっくりと晴れていく。
薄明の中、木々の切れ間から姿を現したのは――
山肌に抱かれるようにそびえ立つ、巨大な城塞だった。
“深奥の城塞”。
苔むした外壁は重厚で、まるで大地とともに呼吸しているかのようだった。
正門の前で、ミリアは足を止める。
長い旅の果てにようやく辿り着いたその地を、じっと見上げた。
(――ここで、ひとつの答えが出るかもしれない)
期待と不安が、胸の奥で静かに溶け合う。
やがて門がゆっくりと開かれ、奥から数人の魔族が姿を見せた。
その先に、一行を迎える者がいる。
そして――
ミリアたちは、ついに魔族の王との謁見へと歩みを進めた。
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