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第64話 夢の残響

 また――あの夢だ。


 何度目かも分からない。ただ何度繰り返しても、それは色褪せない。


 ――エレナ。


 目を閉じれば、胸の奥から思い出が次々にあふれてくる。


 私たちは同じ年に生まれた。

 ヴェイルの森では、まれに特別な力を持つ子が生まれるという。ひとりでも珍しいのに、わたしも、エレナもその力を持っていた。


 同じ年、同じ境遇――仲良くなるのに時間なんていらなかった。

 何をするにも一緒で、幼いころは互いの家を行き来し、ほとんど毎日同じ寝床で眠った。

 朝になれば一緒に目覚め、森を駆け回ってかくれんぼをした。

 わたしが転んで泣きそうになったとき、「ほら、大丈夫?」と差し伸べられた小さな手はとても温かかった。


 森の奥にある大樹の根元。

 ふたりだけの隠れ家を見つけて「私たちだけの場所」と名づけ、木の実を隠したり、宝物を埋めたりして遊んだ。


「ねえ、大人になってもこんな風に一緒に過ごせるかな?」

「もちろん!」

「じゃあ、約束だよ」


 森を流れる小川。

 夏には一緒に水浴びをして、びしょ濡れのまま並んで叱られた。

 でも、エレナと一緒なら、そんなことどうでもよかった。


 広場に寝転がって夜空を見上げた夜もある。

「いつか、あの星の下の街を見てみたいな。きっとすごくきれいなんだろうな」

 そう言って笑ったエレナに、私は必死に返した。

「絶対きれいだよ。……でも、森の外は危ないから……ね?」


 ――けれど、あの日。

 森の外から来た人間が、すべてを変えてしまった。


 エレナが好奇心旺盛で、外の世界に憧れていることは知っていた。

 だからこそ、あの人間に惹かれるのは当然だったのかもしれない。


 森の外(外の世界)――知らないことを次々に教えてくれる人間。

 気づけば、わたしと過ごす時間よりも、そいつといる時間の方が長くなっていた。


「ねえ、エレナ。今日、一緒に森の西へ薬草を摘みに行かない?」

「ごめん。今日はミリアに人間の街のことを教えてもらうんだ」


「エレナ、今日は一緒に小川へ洗濯に行けるかな?」

「ごめん。ミリアに海のことを教えてもらうんだ。また明日でもいい?」


 考えたくなかった。

 (あいつさえ、いなければ……)


 やがて、その人間は森を出ていった。

 元の生活に戻れると思った。――また、エレナと二人で、何でもない日々を過ごせると。


 けれど、そうはならなかった。


「わたしね。外の世界に行ってみたいな」


 その笑顔を前にすれば、否定なんてできなかった。

 エレナの選択は、応援したい。

 けれど、その先に待つのは――エレナの幸せでなければならない。


「……どうして、置いていっちゃったの」


 震える声が漏れた瞬間、涙が頬を伝った。

 胸が苦しくて、腕を抱きしめても震えは止まらなかった。


 ――あの子は、最後まで笑っていたという。


 こんな結末を迎えても、きっと後悔なんてしなかったんだろう。

 その強さが、わたしには何よりも苦しくて、悔しくて。

 どうしようもなく、つらかった。


 エレナだけじゃない。

 そのあと、森までも奪われた。


 人間だけは、絶対に許せない。


 復讐のために生きてきた私を、エレナはどう思うだろう。

 あの子の見た未来で、私はどんな顔をしているのだろう。

 そもそも、その中に私は……いたのだろうか。


 大人になっても一緒に過ごそうという約束は守れなかった。

 けれど、エレナの選んだ未来だけは――守りたい。


 私には、もうそれしか残っていないのだから。


 静かな朝の気配の中、遠くで鐘の音が響いた。

 マリスはゆっくりとまぶたを開け、深く息を吸い込む。

 夢の名残が、まだ胸の奥でくすぶっていた。


 そのとき、部屋の扉が叩かれる。


「マリス様、そろそろお時間となります」


 マリスはしばらく黙ったまま、手のひらを見つめた。

 指をそっと握りしめ、そこに残る温もりを確かめる。


 朝の光が、髪を淡く照らした。

 その光に目を細めながら、マリスは小さく息を吐く。


「……すぐ行くわ」


 静かに告げると、マリスはゆっくりと立ち上がった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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