第63話 街の風景
案内されて歩くうちに、ミリアはあらためて思った――この街は、人間の街とほとんど変わらない。
整った街並みと行き交う人々。広場には、楽しげな笑い声。
もっと冷たく、異質な暮らしを想像していた自分の思い込みに、少し戸惑いを覚えた。
石畳の道の両脇には木造の家が並び、屋根の上では風見鶏がくるくると回っている。
魔力を帯びた荷車や空に浮かぶ灯りが通りを照らし、人の声と笑いが自然に混ざり合っていた。
「魔族って言っても、普通に暮らしてる人ばかりだね。……森に引きこもってなくてもよかったのかも」
ソフィアが軽く笑う。けれどその端に、少しだけ苦みがにじんでいた。
「森には森の良さがあった」
イレーネは前を向いたまま、わずかに首を振る。
「そうですね」
セリナが穏やかな声で言葉を添えた。
「いろんな歴史があって、今があるんです。ご先祖様が森を選んでいなければ、私たちはここにいなかったかもしれませんし」
「冗談だよ、ちょっと言ってみただけなのに……」
ソフィアが唇をとがらせると、三人の間に小さな笑いがこぼれた。
やわらいだ空気の中で、一行の歩調が少し軽くなる。
ミリアはふと足を緩め、通りを見回した。
すれ違う魔族たちは、こちらに敵意も警戒も見せない。
ちらりと視線を寄こす程度で、ただ子どもたちだけが好奇心いっぱいの目を向けてくる。
(……この街の人々は、私たちを“異物”として見ていない)
それは、敵でも味方でもなく――ただの「珍しい旅人」に向ける視線。
これまで触れたことのなかった価値観との出会いだった。
その穏やかな空気を裂くように、通りの先で声が上がる。
「子どもがいないんです! さっきまで手をつないでたのに!」
若い母親が血相を変えて叫んでいた。広場の人混みの中で、子どもとはぐれたらしい。
兵士たちが慌ただしく動くのを見て、シェラがすぐに前へ出る。
「私も探す。あなたはあっちの路地を見て」
短い指示と同時に、彼女は兵士と息を合わせて走り出した。
路地裏、木陰、露店の裏へ――動きに迷いはない。まるでこの街を知り尽くしているかのようだった。
数分後――
「見つけた!」
シェラが小さな手を引いて戻ってくる。
泣き腫らした幼子が「お母さん」と呼び、母親の胸に飛び込んだ。
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
母親は何度も頭を下げ、深く礼を述べた。
シェラは少し困ったような顔をしながらも、低く答えた。
「……無事でよかったです」
その声には、飾り気のない温かさが滲んでいた。
一方その頃、広場の端では――
リリィが魔族の子どもたちに囲まれていた。
「ねえ、その目の色、すごくきれい!」
「髪、さらさらで光ってる!」
「スカートふわふわだー!」
最初は戸惑っていたリリィも、すぐに笑みを浮かべて輪の中へ溶け込む。
追いかけっこやかくれんぼ――魔族の子どもたちの遊びは、人間の子と何も変わらなかった。
笑い声がいくつも重なり、広場にあたたかなざわめきが広がっていく。
「こっちだよ、早く早く!」
リリィが軽やかに手を振ると、子どもたちが一斉に駆け出した。
その光景を、ミリアは通りの向こうから見つめていた。
リリィの背を照らす柔らかな光。無邪気に笑う子どもたち。
目を細めた彼女の顔には、緊張がほどけたような安堵の色が浮かんでいた。
やがて、市場の通りを歩く途中で、ミリアは一軒の露店の前に足を止める。
並べられた棚には、小さな耳飾りがいくつも揺れていた。
淡く光る魔力石が金糸で編まれ、風を受けて静かにきらめく。
そのひとつに、ミリアは思わず手を伸ばした。
「似合いそうだ」
露店の魔族が声をかけてくる。
ミリアは一歩引き、小さく首を振った。
「……でも、持ち合わせが」
店主は、気にするなとでも言うように柔らかく首を振る。
「欲しいなら、何かと交換でも構わない」
ミリアは少し迷ったあと、耳につけていた片方のピアスを外した。
王都の片隅で手に入れた、ごく普通の銀の飾りだ。
それを両手で包むようにして、そっと差し出す。
「これ、ずっと着けてたもの。高価ではないけれど……」
店主はためらわずにそれを受け取り、微笑んだ。
「いい物だ。ありがとう」
そう言って、光る耳飾りをひとつ、ミリアの手に渡す。
手のひらに収まったそれは、思っていたよりもずっと温かかった。
通りを歩きながら、ミリアはふと気づく。
この街には、“魔導器具”と呼ばれるものがまったくない。
王国の都市ならどこにでもある制御装置や清浄機、照明管――そんな機械的なものは影も形もなかった。
屋台の火も、街灯の明かりも、掃除道具も。生きた魔力が使われ、人の手で扱われている。
“魔法と共に生きる”――そんな暮らし方。
それは、かつて夢に描いたものに近かった。
機構や軍事に管理されるのではなく、生活の中に寄り添う力として、穏やかに在るかたち。
ミリアは足を止め、空を見上げた。
高い塔の上で、ひとつの光球がゆるやかに揺れながら、街を照らしている。
(……自分が思い描いていた“理想”って、きっとこんな風景なんだ)
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