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第62話 謎の便宜と再会の扉

 長い山道を抜けると、谷あいの斜面に古びた石造りの門が見えてきた。

 それは、魔族領への正式な国境ゲートだった。


 灰色の石柵と見張り台が並び、門前には数人の守衛が立っている。

 一行は思わず足を止めた。


 イレーネは、まだ戻ってきていない。


 ミリアは斜面の影に身を潜め、門の様子をうかがう。

 唇をかすかに噛みしめ、周囲を見渡す彼女の隣で、シェラが険しい目をして前方を睨んでいた。

 リリィはミリアの背にぴたりと身を寄せ、ソフィアは無言のまま幻影の気配を手元に漂わせている。


「……どうする? あそこを抜けなきゃ魔族領には行けない。賭けるしかないかもね」


 ソフィアが小声でつぶやいた直後――


「あれ……!」


 シェラが目を細め、門の奥を指差した。


 守衛たちの背後――イレーネがいた。

 彼女は黒衣の兵士と何かを確認するように短く言葉を交わしている。

 落ち着いた調子で、ときおり手振りを交える姿が遠目にも見えた。


 しばらくして、イレーネは数人の魔族兵を伴い、門の外へと現れる。

 斜面の中腹へと目を向け、ゆっくりと周囲を見渡した。


「……私たちがまだ到着していないと思ってるみたいね」


 ソフィアが小さく笑い、ミリアが振り向く。


「どうする?」


「私が行くわ」


 短く答えると、ソフィアは口元を引き締め、軽い足取りで斜面を下りていった。

 門兵たちは一瞥を送ったが、誰も何も言わない。


 イレーネがソフィアに気づき、二言三言言葉を交わす。

 その表情には焦りも疑念もなく、ただ淡々と確認をしているようだった。


 ほどなくして、ソフィアがひとり戻ってくる。


「大丈夫みたい。ミリアとシェラも、そのままで問題ないって」


 それでもミリアの足はすぐには動かない。

 その時、門の外に立つイレーネがこちらを見上げ、短く声を張った。


「――早く来い!」


 簡潔で、力のある声だった。説明も合図も、それだけ。


 ミリアはほんの一瞬ためらったが、すぐにリリィの手を取って歩き出した。

 シェラが無言で続き、ソフィアとセリナも後に続く。


 門をくぐる瞬間、ミリアは横目で兵士たちを見た。

 確かに視線は鋭い。だがそこに敵意はなく、よく訓練された警備兵の冷静さがあるだけ。


(……本当に、このまま通れるのか?)


 兵士たちはただ無言で視線を返すだけだった。

 そのまま誰にも咎められることなく、一行は門を越える。


 言葉少なに城下町をしばらく歩く。

 目に映る街並みは、人間の街とそう変わらない。

 市場の喧騒も、道を行く人々の表情も、驚くほど穏やかだった。


 案内された先は、城下の一角に佇む石造りの屋敷。

 外観こそ重厚だが、中に入ると木の香りがほのかに漂い、落ち着いた空間が広がっていた。

 手入れの行き届いた棚には、古い織物や書簡が丁寧に収められている。

 装飾は最小限ながら、温もりを感じさせる調度が整っていた。


 中央には円形の木製テーブル。

 けれど、誰も椅子に腰を下ろそうとはしない。


 ミリアは扉の近くに立ち、静かに周囲を見渡した。

 そして、イレーネへと視線を向ける。


「……なぜ、こんなに簡単に入れたの?」


「ちょっとね」


 肩をすくめ、イレーネはそう答えただけだった。


 はぐらかされた。

 なにか言えない事情があるのだろう――ミリアはそう察し、追及をやめる。

 隣に立つリリィが、そっと彼女の手を握った。


「……まあ、イレーネの“ちょっと”って、たいてい訳ありだもんね」


 ソフィアは小さく肩をすくめ、壁にもたれる。


「でも、ここまで来られたのは彼女のおかげですし」


 その言葉に、セリナが穏やかに微笑んだ。


 やがて、木の扉がきしむ音を立てて、ゆっくりと開く。


 現れたのは――マリスだった。


 その姿を見た瞬間、ソフィアが思わず声を上げる。


「マリス……!」


 セリナも小さく息をのんで目を見開き、安堵の笑みを浮かべた。


 すぐにソフィアがイレーネの方を振り向き、苦笑をこぼす。


「なんだ、イレーネの“ちょっと”って、マリスのことだったんだね」


「お久しぶりです。元気そうで、なによりです」


 穏やかに声をかけたセリナに、マリスも静かな笑みを返した。


「久しぶりだね。みんな。会えて嬉しいな」


 ――だが。


 マリスの視線が、部屋の奥に立つミリアをとらえた瞬間、空気が一変する。

 彼女は歩みを止め、笑みを消した。

 瞳に浮かんだのは、怒りと警戒。


「……なぜ、こいつがここにいるの」


 その声は低く、鋭く、そして冷たかった。


 リリィが反射的にミリアの腕にしがみつく。

 他の誰もが一瞬、息を呑んだ。

 シェラがミリアの前に出ようとしたが、それを制したのはイレーネだった。


 「落ち着いて」と言おうとしたその刹那、マリスの声が強く響く。


「こいつのせいで……森が……エレナが……!」


 その叫びには、怒りと悲しみが混じっていた。

 誰も言葉を返せない。


 ミリアはただ、その視線をまっすぐ受け止めていた。

 否定も言い訳もなく、ただその怒りを受け入れる。


 やがて、マリスは静かに背を向けた。


「……今は、話せない」


 短い言葉だけを残し、扉へと歩み去る。

 振り返らずに兵士へ視線を送ると、兵士が無言で一礼し、ミリアたちを案内するよう手を示した。


 誰も何も言わず、指示に従って部屋を出る。


 重く沈んだ空気だけが、その場に残された。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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