第60話 決意
魔法技術開発局・中央議事室の思念記録。
再現が終わると、空間に漂っていた魔力の揺らぎも、ゆっくりと消えていった。
ミリアはその場に立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
映し出されていたのは、暴れる魔人でも、人を襲う獣でもない。
そこにあったのは――奪われ、追われ、それでも生きようとした者たちの姿。
ただ、必死に声を上げる“人”の姿だった。
“魔族=外敵”という構図は、誰かが作り上げた虚構にすぎなかった。
その現実が、静かに胸の底へ沈んでいく。
(私が……信じてきたものは、いったい何だったの)
これまでの戦い。仲間の死。
自分の判断で下した命令。
その命令に従い、戦場で散っていった者たち――
すべてが、誰かに植えつけられた幻想の上にあった。
その思いが、深く胸を締めつけた。
そして、最後に再現された記録。
『王政の意向に異を唱えた貴族や研究者が粛清され、“魔族の襲撃”として偽装された』
五百年前の記録――だが、そのやり方は、今の王政にも受け継がれているのだろう。
ミリアが騎士団の任務で王都を離れていたあの時、一族は魔族に滅ぼされた――はずだった。
けれど、それも王政による粛清の一環で、都合よく書き換えられた虚構だったのかもしれない。
本当の理由は、もう分からない。
自分の過去もまた、操作された記録のひとつにすぎなかった。
……シェラも、同じだ。
南部の小さな貴族邸が襲撃され、一族はほぼ全滅。
生き残ったのは、彼女ひとり。
あの時、彼女が語っていた“黒い影”――
あれは魔族ではなく、人間。おそらく王政の命を受けた工作部隊だったのだろう。
ミリアは無言のまま、部屋を後にした。
廊下で待っていたシェラが、こちらを振り返る。
「……どうでした?」
ミリアは一瞬だけ目を伏せ、答えを探した。
それから、再現された円卓での記録を一通り伝えた。
けれど最後の一件――自分とシェラの過去に関わる真実だけは、言葉にできなかった。
その様子を察したのか、シェラが小さく笑う。
「団長。今さら何を聞いても、驚きません。……全部、教えてください」
ミリアは目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
そして語る。
自分の一族に、何が起きたのか。
シェラの一族に、何が起こったのか。
淡々と、けれど隠すことなく、真実を語った。
シェラはしばらく黙って聞いていたが、やがて短く呟く。
「……そう、だったんですか」
それきり、視線を落としたまま、言葉は続かなかった。
シェラと手をつないでいたリリィが、心配そうに二人を見上げる。
何かを言うわけでもなく、もう片方の手でそっとミリアの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
やがて背後から足音が近づき、魔女たちが現れる。
イレーネが崩れかけた壁に目をやり、低く呟いた。
「この状態……最後の実験の影響だったんだな」
セリナが頷き、足元の石片と焼け跡を確かめる。
「はい。崩れた破片、焼け痕、血痕の跡……再現された映像と一致していますね。これも記録に残しておきます」
その背後から、ソフィアがミリアに声をかける。
「ねえ、これからどうするつもり?」
問いに、ミリアはすぐ答えられなかった。
考えがまとまらず、言葉が見つからない。
しばらく沈黙ののち、彼女はリリィの方へと向き直る。
「リリィ。あなたがこれから生きていくためには――人間と魔族が共に生きられる世界が必要なの」
教育も、制度も、王政の体制すらも、すべては共生を否定するために築かれてきた。
その枠の中では、リリィの未来はつくれない。
リリィは難しそうな顔で、ミリアをじっと見上げる。
ミリアは周囲に視線を巡らせ、皆を見渡した。
「でも、今の国家……いえ、王政のままでは、魔人との共生は叶わない」
小さく息を吸い、言葉をつなぐ。
「本当に戦うべき相手が誰なのかは分かった。……けれど、どう戦えばいいのか、まだ分からない」
イレーネが腕を組み、問いかける。
「それで? どうするつもりだ?」
ミリアは一拍おいて、ゆっくりと答えた。
「魔族と話がしたい。もっと知る必要がある。これから先に進むためには、それしかないと思う」
その瞳には、迷いよりも決意の色があった。
魔族の地へ向かう覚悟――だが、皆を巻き込んでいいのか。
「だから、ここからは私ひとりで――」
言いかけたところで、セリナが遮るように口を開く。
「目的地が魔族領なら、一度ふもとの町に戻るより、このまま山を越えた方が早いかもしれませんね」
ソフィアが肩をすくめ、ミリアに向き直る。
「まあ……私は行きたくはないけど、あなたが行くって言うなら、ついていってあげてもいいかな」
イレーネは無言のまま、小さくうなずいた。
「行きましょう」
シェラはためらうことなくそう告げ、一歩を踏み出す。
「よーしっ、じゃあ決まりだね!」
リリィが弾む声で言い、場の空気が少しだけ明るくなった。
「みんなで行けば、きっと大丈夫ですよ」
シェラの穏やかな声が続く。
こうして、一行の次の目的地が定まった。
「……ありがとう、みんな」
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