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第59話 記憶

 王都の北東に建てられた魔法技術開発局・中央議事室。

 円卓を囲むのは、各研究部門の責任者、王政直属の顧問官、そして魔法理論を担う高位貴族たち。

 全員が沈黙したまま資料に目を落とし、室内には緊張が張り詰めていた。


 やがて一人が、議題の番号を読み上げる。


『――第十二項目、“魔素飽和領域の進行状況”について報告を』


 その声に反応するように、いくつもの視線が動く。

 報告を任された研究者が立ち上がり、慎重に言葉を選んだ。


『現行の魔法技術では、魔素の魔力変換効率が依然として低く、変換しきれなかった魔素が空気中に残留しています。

 それらが地形や構造の影響で滞留し、“魔素だまり”を形成していると推測されます』


 隣席の責任者が補足する。


『セイクリア市内で確認された魔素だまりは順次処理を進めていますが、郊外では対応が追いついていません。

 特に北方の〈グレミル旧街区〉、東部の〈フォルダイン山岳工業地帯〉、南東の〈レスタリア商業圏〉――この三地域では濃度上昇が顕著です』


 時間が流れ、再現された記録が次の場面へと切り替わる。

 議場の中央には、魔素濃度の分布図が映し出されていた。

 濃赤に染まった領域がいくつも浮かび上がり、沈黙の空気がさらに深まる。


『……自然界で確認される平均濃度の十倍を超える地点もあります』


 別の研究者が、手元の資料を見ながら低く続ける。


『それらの地域では、“人間や獣が変異したと思われる個体”の目撃報告が相次いでいます。

 特に濃度の高い魔素だまりに落ちた者が、その影響を受け、形態的な変異を起こしたと考えられます』


 その言葉に、誰かが皮肉を交えた声で呟いた。


『……まるで、魔法による公害だな』


 一瞬にして室内が凍りつく。

 その言葉に、上座にいた王政顧問が命じた。


『それが事実なら、魔法技術そのものの信頼が崩れる。

 この件は一切の口外を禁じ、変異が確認された個体はすべて“行方不明”として処理せよ』


 場面が変わる。

 次に再現された記録は、さらに時を経た会議の記録だった。


『――変異に関する研究報告を』


 王政顧問の声に応じ、議場室中央の若い研究員が立ち上がる。

 緊張を押し隠しながら、報告を始めた。


『個体差はありますが、魔素濃度が通常の約五十倍を超えると、人体に明確な変異が確認されます』


 別の研究者が続けた。


『ただし、いくら魔素濃度を上げても外見的な変化を示さない例も存在します。

 そうした個体も、筋力や感覚の鋭敏化、魔素から魔力への変換能力など、“変異体”と同等の特性を示しています』


 短い沈黙のあと、王政顧問が言う。


『この変異を抑制・制御するための研究を開始すること。

 外見に変化をもたらさず、能力だけを引き出せるなら――』


 再び時間が進み、次の記録へ。

 今度は、先の指示に基づく実験結果の報告だった。


『変異抑制・制御については、進展が限定的です』


 研究主任と見られる男が苦い表情で続ける。


『一度変化が生じた個体は、以降は魔素の影響を極端に受けなくなります。

 言い換えれば、二度と変異を起こさない。そのため、新たな研究対象の確保が必要となり――』


 そこで軍高官が口を挟んだ。


『だが、抑制・制御に成功した者たちは、すでに諜報部門および戦術部隊として実戦投入されている。

 能力的には申し分ない。今後の配備拡大も検討すべきだ』


 その発言に重ねるように、別の低い声が響いた。


『……だが、抑制できなかった者――異形化した個体の扱いは深刻だ。

 収容施設はすでに限界に近い』


 そして、記録はさらに後年の会議へと移り変わる。

 そこに集まっていたのは、ごく少数の重鎮と軍の高官、そして選ばれた貴族たちのみ。

 ここで交わされた議論が、後の国の形を決定づけた。


『抑制・制御に成功した個体は、すでに諜報・戦術部門で成果を上げている。

 これらを“スキル保持者”として正式に国家機構に編入することを提案する』


 その提案に、皆が無言で頷いた。


『……ただし、それが“変異の産物”であるという事実は、一般には伏せねばならない』


『当然です。あくまで“特異な才能”として王政の管理下に置く。それが秩序の維持につながります』


 議場に広がる合意の空気。

 だが同時に、それと対をなすもう一つの決定が下された。


『抑制に失敗した個体――異形化したものは“魔人”と呼称し、今後すべて、東方の山岳地帯より外に隔離する。専用の施設を建設し、管理体制を強化せよ』


 そして、次の記録に移り変わる。

 映し出されたのは、これまでとは異なる視点――当時の研究主任による個人記録だった。

 それは、一件の事故報告である。


『魔素密度を限界まで高めた対象に、最終的な適応処置を施したが……制御に失敗。

 設備が暴走し、研究区画全体が壊滅。職員二十一名が死亡、十六名が行方不明……』


 施設は完全に崩壊し、職員のほとんどが命を落とした。

 主任の記録には、その場にひとり立ち尽くす影があった。

 それは従来の変異体とは比較にならぬほどの魔力反応を示していたという。

 この事故により研究施設は封鎖され、実験成果もろともすべて抹消された。


 記録の再現は、なおも続く。


 会議の場では、魔法技術の最大の負の側面――“魔人化”が繰り返し議題に上がっていた。

 王政はそれを、技術発展の信頼を根底から崩す脅威と見なし、徹底的な隠蔽方針を決定する。


 やがて、魔人を人間社会から排除するため、「魔人=外敵」という構図が意図的に作られていった。

 教育、報道、軍事――あらゆる手段を用い、国民意識へと刷り込まれていく。


 追われた者たちは、生存のために組織を結成し、それはやがて“魔族”と呼ばれるようになった。


 こうして、人間と魔族との戦争が始まる。


 以後も会議は断続的に続いた。

 “魔族=外敵”というプロパガンダは次第に、王政維持のための口実へと変わっていく。


 いつしか戦争は「終わらせないもの」となっていた。


 最後の記録が再生される。

 そこに映っていたのは、王政の方針に異を唱えた貴族や研究者の粛清――

 それらすべてが「魔族の襲撃」として偽装されていた事実。


 ――積み重ねられた計画、隠蔽、そして粛清。

 その根底にあったのは、王政が己の権力を守るために下した数々の無慈悲な決断だった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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