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第5話 突破の号令

 翌朝。

 稜線が朝陽に照らされ、澄んだ空にくっきりと浮かび上がっていた。


 防衛線は夜を越えても崩れず、《夜禍の牙》の陣地では交代の兵が黙々と巡回し、整備班が破損した魔導装置に手を入れている。鉄と油の匂いが、まだ戦の名残を漂わせていた。


 簡易指揮所の外、ミリアは掌の戦術端末を見つめていた。画面には状況報告が絶え間なく流れ、戦闘記録と配置変更の履歴が次々と更新されていく。


「戦線、よく持ちましたね。あの状況で崩れなかったのは上出来ですよ」


 背後から軽やかな声。振り返らずとも、肩の力の抜けた響きでユーグだとわかる。

 ミリアは端末から目を離し、軽く頷いた。


「みんなが踏ん張ってくれた。それだけよ。……アークの支援も大きかったし」


「まあ、あの人は相変わらず派手でしたね。こっちは煙の中で見えやしないってのに」


「文句なら、あとで本人にどうぞ」


「やだなあ、褒めてるんですよ。……でも、そろそろ“次”が来そうですよ。ほら、端末」


 口元にわずかな笑みを浮かべ、ミリアは視線を戻す。端末には新たな偵察記録と魔族の再配置予測が次々と表示され、緩んだ表情はすぐに引き締まった。


「向こうも昨夜の失敗を踏まえて動くはず。こちらも先手を打たないとね」


「準備はもうばっちりです。いつでも号令かけてもらっていいですよ」


「さすがね、ユーグ。みんなに気を抜かないように伝えておいて」


「了解」


 軽く片手を上げ、ユーグは持ち場へと戻っていく。外では陽が昇りつつあり、張り詰めた空気が戦端を開こうとしていた。


 ――その兆しはすぐ現実となった。


 夜明け前、再編を終えた魔族軍が複数の小隊を整然と戦線へ投入。早朝の光の中、魔力の気配が一気に濃くなる。


 《夜禍の牙》にも間を置かず出撃命令が下った。

 兵たちは武器を握り直し、泥を蹴って持ち場へ散っていく。砲火が交差し、束の間の休息は一瞬でかき消えた。


「左の遮蔽物、使えるぞ! 第三小隊、回り込め!」

「援護射撃、もっと上げろ!」

「……団長、正面の魔力反応が増えてます」

「気にするな、押し切る。――全員、前へ!」


 濃い煙が地表を覆い、魔導砲の轟音と通信機越しの指示が交錯する。焦げた土と魔力燃焼の匂いが鼻を刺し、視界は砂煙と閃光に絶え間なく揺れていた。

 飛び交う命令と応答が鼓動のように響き、隊列は押し出されるように前進していく。


 やがて流れは一つにまとまり、緩衝地帯中央へ。

 王国軍は決死の突破作戦を開始した。

 《白陽の騎士団》と《夜禍の牙》が先陣を担い、左右に展開して見事な連携で敵陣へ切り込む。


 作戦の骨子を提案したのは、《白陽の騎士団》副団長レオナ・バルトネス。戦術卓の戦力図と錯綜する通信情報を瞬時に読み解き、敵の部隊配置や指揮網、補給路の稼働状況までを一息に分析――中央にわずかに生じた“綻び”を見抜いた。


「ここを叩けば、全体が崩れる」


 それは単なる戦場勘ではない。

 地形、兵力、魔力消費、通信遅延――あらゆる要素を数値として捉え、最適解を導き出す。それが彼女の固有“スキル”だった。


 ミリアは左翼部隊の先頭で戦術端末を操り、敵布陣から視線を外さず次々と指示を飛ばす。

「第三小隊、左の遮蔽物に沿って進め! 第二は後衛支援、突撃は白陽のタイミングに合わせる!」


 一方、アークの部隊は右翼から確実に敵本陣へ迫る。左右からの挟撃は中央で交わり、王国軍は雪崩のように敵陣深部へ突入していった。


 魔族軍の指揮は乱れ、命令は混線。足並みは崩れ、小さな綻びが連鎖的に広がっていく。

 統率の崩壊と士気の低下は致命的で――全軍撤退。王国軍は旧監視塔を制圧し、前線拠点の奪取に成功した。


 ◇ ◇ ◇


 戦場の熱が引き始めたころ、ミリアは端末に向かい、指先を動かし続けていた。冷たい風が頬をかすめ、戦の残響が遠くでくぐもっていく。


「……お疲れさまでした」


 背後から柔らかな声。思わず肩をすくめ、振り返ると、いつの間にか戻っていたシェラが立っていた。


「……驚かせないで。ほんと、あなたは気配がなさすぎる」


「習性なので」


 淡々とした口調――けれど頬はわずかに紅潮しているようにも見えた。


「東側は静かです。風も安定してる。……今日は、もう大丈夫そう」

「そっか。じゃあ、少しぐらい気を抜いてもいいかな」

「団長がそう言うとは……意外です」

「たまにはね。油断じゃなくて、休息よ」


 わずかな笑みとともに、張り詰めた空気が緩む。

 シェラは一度だけ周囲を見回し、軽く頷いて背を向けた。


 その背が遠ざかるのを見送りながら、ミリアは小さく呟く。


「――いつも、ありがとう」

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