第56話 次の座標へ
記録の森での休息を終え、セリナがすべての情報を書き留め終えた頃。
ミリアたちは次の目的地――かつて存在したとされる魔法研究所を目指して出発した。
その研究所は、今では地図にも載っていない旧時代の遺構。
セリナが読み取った思念記録によれば、北東の山岳地帯の中腹、森に覆われるようにひっそりと隠されているという。
目的地までは南から北への大移動。道のりは長く、険しい。
一行はその準備として、道中の小さな村で装備と物資を整えた。
王都からの追跡や伝令の気配はなかったが、念のためソフィアの幻影魔法で姿を隠して行動する。
幻影の持続時間には限りがあるため、滞在は最小限に抑えられた。
荷の整理を終えたころ、シェラが少し心配そうに声をかける。
「団長……お金、大丈夫ですか?」
ミリアは肩をすくめ、軽く笑ってみせた。
「平気よ。北の遺跡に向かう前に、使ってなかった装備を全部換金しておいたから。任務ばかりで使う機会もなかったし……この人数なら一年くらいはどうにかなると思うわ」
冗談めかした口調に、空気がふっと和む。
「ねえ、リリィ。なにか欲しいもの、ある?」
呼びかけられたリリィは一瞬きょとんとしたあと、考え込むように唇に指を当てた。
「……ミリアとおそろいの手袋がいいな」
「手袋?」
「もうすぐ北の山に行くんでしょ? 寒くなると思うし……それに、ミリアの手袋、前に見たときかっこいいなって思ってたから」
照れたように笑う声が可愛らしい。
ミリアは思わず微笑み、リリィの頭を撫でた。
「そうね。防寒着は山に入る前の街で揃えるつもりだったけど……手袋くらいなら先に買っちゃおうか。せっかくだし、おそろいでね」
「……うん!」
ぱっと咲くような笑顔に、場の空気も一気に明るくなる。
「ねえ、これから長くなるしさ――美味しいもの、食べていこうよ?」
ソフィアが楽しそうに言う。
「いや、幻影の持続時間的に厳しいんじゃない?」
ミリアが苦笑まじりに返すが、ソフィアは「そんなに時間かからないよ」と言って、くいっと後ろを指さした。
その先には、村の片隅で湯気を上げる小さな屋台。
香ばしい串焼きと、ふかふかの蒸しパンの甘い香りが風に乗って流れてくる。
「……いい匂い」
リリィが鼻先をくんと動かし、目を細めた。
「いいわね。ねえリリィ、あれ、何個食べられる?」
「うーん……二十個くらい?」
「じゃあ、ふたつね」
「えぇっ!?」
リリィはぷくっと頬を膨らませ、抗議の視線を送る。
その反応に、ミリアはくすくすと笑いを漏らした。
「じゃあ、みんなの分も買って出発しましょう」
湯気の立つ包みを抱え、笑顔を交わす一行。
準備を終え、お腹も満たした彼女たちは、北へ向けて歩き出した。
選んだのは人の目を避ける裏道。街道より荒れてはいたが、静かで落ち着いた道のりだった。
いくつもの朝と夜を越えたある夕暮れ、小さな川辺に辿り着く。
木々に囲まれたその場所は風も穏やかで、水は底が見えるほど透き通っていた。
木漏れ日が川面にきらきらと反射し、あたりはどこか幻想的な空気に包まれている。
「今日はここで野営しよう」
ミリアの声に、全員が頷いた。
それぞれが手際よく動き、焚き火の準備を進める。
火がともるころには寝具も食料も整い、全員が焚き火の輪に腰を下ろした。
ぱちぱちと木が弾ける音が夜気に混じり、虫の声が優しく響く。
リリィはすっかりイレーネやソフィア、セリナとも打ち解けていた。
中でも物知りなセリナのそばを気に入っているらしく、あれこれと質問を投げかけている。
その夜も、イレーネの隣で小枝をくるくる回しながら、リリィはセリナに身を寄せていた。
「ねえセリナ、星ってどうして瞬くの?」
セリナは空を見上げ、穏やかに答える。
「それは――空気の層で光が揺れるからですね。詳しく話すと少し長くなりますが……」
「うーん、むずかしいね……でも知りたい!」
素直な声に、セリナは微笑みを浮かべた。
「では、できるだけ分かりやすく説明してみましょう」
そう言って、やさしく話し始める。
そのやり取りを見つめながら、ミリアはイレーネに視線を向けた。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい? セリナが森で言ってた“思念をのぞける”って、どういう意味?」
イレーネはほんの少し間を置いてから、炎越しに顔を上げる。
「私たちには、生まれつき特別な力がある。ヴェイルの集落で“魔女”と呼ばれていた理由もそれだ」
「ええ、それはエレナから聞いていたわ」
「私は“過去”を見る力を持ってる。正確には、空間に残された“思念の痕跡”を読み取ることができる。だから、痕跡がなければ何も見ることはできない」
ミリアは頷き、ソフィアの方に視線を移す。
「じゃあ、ソフィアも?」
「私はもうわかってるでしょ。空間に干渉して幻影を作る力。――で、セリナはね」
ソフィアはちらりと小柄な少女に目をやる。
「すべてを“記録”する力。あんな小さな体に、すんごい量の知識が詰まってるのよ」
「小さな体は余計です」
セリナがさらりと返すと、場がやわらかく笑いに包まれる。
そして、リリィの方に向き直り、優しく微笑んだ。
「何か分からないことがあったら、いつでも聞いてくださいね、リリィ」
「うんっ!」
リリィの元気な返事に、輪の空気も和らぐ。
夜は静かに更けていき、焚き火の明かりが優しく揺れていた。
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