表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/75

第55話 セリナの目的

 泉のほとりには、苔むした平たい岩がいくつも並んでいた。

 わずかに湿ってはいるが、腰を下ろすにはちょうどいい高さだ。


 セリナはその一つに腰を下ろし、膝の上で両手を重ねる。

 ミリアたちもそれぞれ岩に腰を下ろし、互いの顔を確かめ合った。


「――お聞きになりたいことは?」

 セリナが穏やかに問いかける。


 ミリアは小さく頷き、言葉を選ぶように応えた。

「魔人の起源について知りたいの。どうして存在するのか、その始まりがどこにあるのか――」


 セリナは微かに目を細め、その問いを受け止めた。

 ミリアは隣に座るリリィへと視線を移す。


「……この子のことなの。リリィはもともと人間の子だったのに、ある日を境に“変わり始めた”の。

 瞳の色、耳の形、肌の痣……今ではもう、魔人と違わなくなってしまったわ」


 セリナは黙ったまま、耳を傾けている。

 ミリアはほんの一瞬だけ視線を落とし、続けた。


「変化が始まる直前、この森のように魔素が異常に濃い場所へ迷い込んだの。

 私は、それが原因だと思ってる」


 短く息を整え、再び顔を上げる。


「それからは、魔族に関する記録を片っ端から調べた。旧軍の報告書も、封印指定文書も。でも、どれも断片的で核心には届かなかった」


 指先がわずかに強張る。


「リリィがどうして変わったのか、どうすれば元に戻せるのか――何もわからない。

 わかっているのは、“魔族”という言葉が記録に現れ始めたのが、約七百年前からだということ」


 ミリアはゆっくりとセリナを見つめた。

「あなたなら、何か知っていると思った。だから、ここまで来たの」


 セリナは視線を落とし、ゆっくりと口を開いた。

「私がこの森を訪れたのは、一冊の古い伝記がきっかけでした。“記録の森”――そう呼ばれる場所が、南東の辺境にあるかもしれない。幾百の記憶が積み重なった地として、伝えられていたのです。はじめは、それを確かめに来ただけでした」


「……その話、村の書庫で目にしたことがあるわ」

 ソフィアが小さく頷く。


「もし本当に存在するのなら、残された情報をすべて記録したい。そう考えたのです」


 リリィが不安げにミリアの袖をつまむ。ミリアは小さくうなずいて、そっと抱き寄せる。


「……ですが、今はまた別の目的ができました」


「別の目的?」

 ミリアの問いに、セリナは短く息を整えて続けた。


「この森に向かう途中で、古い建造物を見つけました。外観は監視塔のようでしたが――中は、何かの研究所のようでした」


 イレーネが低く呟く。

「……私たちも、そこを通ってきた。建物は崩れかけていて、残留思念はほとんど感じなかった」


「おそらく、同じ施設を見たのでしょう」


 セリナはわずかに表情を引き締めて続ける。

「そこで、私は奇妙な標本を目にしました。人でもなく、魔人でもない――その中間にあるような、形容しがたい存在でした」


 ミリアがわずかに身を乗り出す。

「でも、それに関する記録は見つからなかった」


「はい。ですので――これは、あくまで私の仮説になりますが」


 セリナは少し言葉を切り、そっと泉に視線を移した。

 光を受けて揺れる水面を見つめながら、落ち着いた口調で続ける。


「魔人とは、もとは人間だったのではないか。あるいは、特定の要因によって人間が変異――ある種の進化を遂げた結果なのかもしれない。私はそう考えています」


 わずかな間を置き、再び視線を上げる。


「あの施設は、その“変化の過程”を研究していた……少なくとも、私にはそう見えました」


「研究……何を?」

 ソフィアが問いかける。


 セリナは少し考えるように言葉を選んだ。


「それは、記録からしか想像できません。でも――」

 一瞬言葉を切り、目を伏せてから続ける。


「思念の中に、妙な記述がありました。“人と魔人の境界は、不可逆的だった”とか、“適合と分離”とか。いくつかの記録は、魔人という存在が“生まれた”のではなく、“変化した”ことを前提に書かれていたのです」


「つまり……魔人は“人間の進化形”かもしれないってこと?」

 ミリアの声に、わずかな震えが混じる。


「断定はできません」

 セリナは首を横に振った。


「記録の森には、それを裏付ける記録や情報は残されていませんでした。ですが、記録の中で繰り返し言及されていた場所が一つあります。――“五百年以上前の魔法研究所”です」


「場所の特定はできてるの?」

 ソフィアが尋ねる。


「はい。北東の山岳地帯、中腹の森に囲まれた区域にあったようです。現在では地図上からも削除され、民間には知られていません。おそらく、意図的に消されたのでしょう」


 セリナはミリアに向き直り、穏やかに言った。

「もしその場所に、当時の残滓が残っていれば……イレーネの力で、過去の思念を読み取れるはずです」


「ええ、思念が完全に消えていなければ問題ない」

 イレーネが頷く。


 ミリアは一同を見回し、小さく頷いた。

「なら、次の目的地はその研究所跡ね」


「セリナ、あなたも来るわよね?」

 ソフィアが身を乗り出し尋ねる。


 セリナは目を細め、わずかに口元を緩めた。

「……はい。私も行きたいのですが、この森の記録を終えるには、あと三日ほどかかりそうです」


 そのやりとりを聞いていたリリィが、そっとミリアの袖をつまんだ。

「ミリア……ちょっと、休もう?」


 ミリアはその手を包み、優しくうなずき返した。

「……そうね。ここでしばらく体を休めましょう」


 こうして一行は、セリナの記録を待ちながら、森で束の間の休息を取ることにした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ